第1話 春告風
この章(2話で終わります)には、下世話な会話が含まれます。
苦手な方はこの章を飛ばして、3章目の「錆色の空」からご覧下さい。
ストーリーの進行上は影響がありません。
今日も咲いてない。
その日もレオナはいつものように花壇に水をかけていた。
中庭は全て庭師の管理になっているので、本来はそんな勝手な事は許されないはずなのだが、この場所だけは特別だ。何せ王子が直々に種を蒔いてしまったのだ。いくら頑固な庭師達とはいえ、その草を引き抜いてしまう事も強く非難する事も出来ない。その為、この場所に一本だけ、周囲とバランスの取れない背の高い植物が成長する事になってしまった。
その植物の名は『ミラティス』。遠い東の国の花だという。
土が合わないと言う事もなく、すぐに芽が出て葉が広がり、蕾まで出来たのだが、一向に花の咲く気配が無い。
「このままなのかな……」
冷たい風に身震いしながらレオナは呟いた。
それに応えたのは、この植物の種を植えた張本人である王子──即位式は来月だが、国王不在の今、事実上の王──だった。
「ここまで育っておいて咲かないなんて事はないだろう」
蕾の隙間から僅かに白い花弁が覗いている。明日にでも咲きそう……なのだが。
「ダールはそう言うけどさ、もう二ヶ月もこのままだぞ」
そうなのだ。
咲きそうだ咲きそうだと思わせておいて咲かないのだ。この花は。
レオナが溜息をつくと、若い国王はそれを笑い飛ばした。
「咲くよ。次に『春告風』が吹く頃には」
脳天気にそう言って、ふらふらとどこかへ去っていく。
「『春告風』ねぇ……」
レオナはダールの後ろ姿を見送りながら、大きく伸びをした。
常に乾いた風の吹き抜けるこの国に『春告風』なんていうものは無い。そもそもこの辺りの季節には『春』すら明確な境はなく、ただ冬の終りの砂嵐が増える頃を周辺の国々にならってそう呼ぶようになったというくらいだ。『春告風』という言葉に至ってはもうダールの造語である。
「もう一年経つんだなあ……」
レオナは、まだまだ寒さの抜ける気配の無い空を仰いだ。