第27話 処断
バシュタ城はこの地域の領主の居城であると同時に、砦でもある。深い堀と高い城壁に囲まれた堅牢な石造りの城だ。
見張りのための高い塔。戦に備えて入り組んだつくりの廊下。
広間ですら華美な装飾はなく、机さえ運び込めばすぐにそのまま司令室になるのだという。砦としての役割を強く感じさせる城だった。
その広間は今、しんと静まり返っていた。
正面に掲げられた国旗の下にはダールが。傍らにはファズに支えられたユリアが。入り口の側には顔面蒼白になったルティアが。皆一様に顔を強張らせて立っていた。
全員の視線の集まる中央で、乾いた血に塗れたレオナが跪いている。
村娘のような質素なスカートは大きく破けて太ももまで露になっていた。そして左肩は斬りつけられたようにぱっくりと裂け――そこは返り血などでは無いのだろう。まだ乾ききらぬ血が赤褐色に滲んでいた。
「本当に戻ってきた事は評価する」
ダールのいつもより一段低い声が石造りの床に反響した。
「しかし、罪は罪」
「はい」
応えるレオナの表情は誰の位置からも窺えないが、声はとても落ち着いていた。
「待って下さい!」
ユリアが割って入った。
「この方は私をここまで――」
レオナの前に躍り出ようとするその細い肩をファズが掴んで止めた。
その姿をダールは表情の無い冷たい目で見下した。
「これはこの国の法律です。
法を犯すことは王に背く事と同じ。厳しく罰しなければ国を纏める事は出来ません」
「そんな!」
「レオナ・ファル・テート――軍法に基づき死罪とする」
ダールはスラリと腰に下げた剣を抜き放った。
「友の情け。私が自ら引導を渡してやる」
頭を垂れるレオナの元に静かに歩を進めた。
「顔を上げろ」
レオナは首を擡げ、まっすぐにダールの目を見つめた。
白い喉元に剣先が触れる。
冷たい感触に眉がピクリと動いた。
「何か言い残す事はあるか」
「ありません」
ダールは狙いを定めると、ゆっくりと腕をあげた。
ユリアの声にならない叫びと共に、剣が振り下ろされる。
「陛…下……?」
静まり返った室内に、レオナの掠れた声が響いた。
見開いた瞳の中で、ダールの姿が揺れた。
ダールの剣はレオナの首元を掠め、髪の先を僅かに切り落としただけでレオナの体には傷一つついていなかった。
「……今回の警護計画の為に軍法が改正されたのを知っているか?」
ダールは唇だけを動かして軍法を諳んじた。
それは、引き篭もりの王兄がわざわざ王宮に出向いてまで指摘した警護計画の欠陥。ルティアらを一時徴用という形で警護に引き入れる為に障害となった箇所。
ダールはこの警護計画の為に「軍に徴用されるのは男性に限る」という部分を削除させていたのだ。
「今の軍法では女性であっても軍に入隊できるとされている。
更に――お前は入隊した時から『レオナ・ゲウィル』と名乗り、一度も自らを『レオナ・ビル・ゲウィル』と称した事がない。レオナという名が本名である以上それは他人の名を語ったとは言い難い。従って処罰の対象にはならない」
「あ……」
「さっさと着替えて部屋で休め」
そう告げるとダールは再びレオナをその眼に映す事なく、足早に広間を出て行った。
「王の――王の御為に……」
レオナは深く頭を垂れた。