閑話 葬列
真っ白な騎士服の、その胸元に添えた茶色の喪章――これは乾いた血の色を表しているのだと親しい老騎士に聞いた。
親子どころか祖父と孫ほども年の離れた男だが、レオナにとっては騎士団の中で最も信頼を置く人物だ。
その一番の理由は付き合いの長さだが、出自から異端の騎士であるレオナと、後遺症の残る怪我によって騎士団の末席に追いやられた男とはどこか通じるものがあるからというのも理由のひとつかもしれない。
レオナはそんな老騎士の元へ馬を寄せ「馬に乗って平気なのか」と一応訪ねてみた。すると彼は、いつも引きずるように歩く左足を叩いて応えた。
「長く乗るわけでもありませんから」
これが慶事であればお披露目も兼ねて長時間になるのだけれど、今回は王家の墓地まで行って帰るだけだ。なんとかなるだろうと頷く。そしてレオナは老騎士に手を振って、他の連隊長たちの並ぶあたりへと馬首を返した。
乾いた風が吹き抜ける午後。
出立の鐘を背後に聞きながら、葬列は静かに王宮を発った。
* * *
騎士たちに先導され、輿が門をくぐる。
その輿の色は生者をあらわすという灰色。担ぎ手たちも灰色のマントを羽織っている。そんな輿の上でやはり灰色のマントで全身を覆ったダールは労わるように隣を見やる。
まったく同じ造りの灰色の輿の上でその人は、ダールの物よりも大きなフードを深く被り、俯いている。
王太子であるダールに並ぶ事を許されるその人は、ダールの兄。父母を同じくし、ダールよりも先に生まれた兄でありながら王位継承権は弟よりも下という極めて複雑な関係ではあるが、兄弟の関係は決して悪いわけではない。
時折ぽつりぽつりと言葉を交わしながら行列はまっすぐ墓地の方へと進んでいった。
彼らの後ろには、死者をあらわす紫色の布と花々で彩られた輿が続く。棺の乗った輿だ。
「――――」
後ろを振り返った兄が小さな声で何かを言ったように思った。
それはもしかしたら祈りの言葉だったのかもしれない。父は、母とそっくりな容姿のこの次兄をたいそう可愛がっていたものだから。
視線に気がついたのか、兄は頭を振り、なんでもないと示す。
ダールにとっては責務をこなすだけの葬儀だが、兄は悲しいと感じているのだろうか。じっと見つめてみても、目深にかぶったフードの向こうの表情を読むことはできない。
「兄上……遠慮はなさらないでください。もう、二人きりの家族なのですから」
そう告げれば、兄は言う。「私も」と。
「私も同じ事を思っていたよ」
いつもと同じ涼やかな声だ。
その声に、長兄の葬儀の時のような取り乱した様子が見られなくてほっとする。
衣擦れの音がして、兄はダールの方へ顔を向けたようだ。相変わらず布の向こうの表情は窺えないが、かけられる言葉は穏やかだ。
「ダール。もう二人きりだ。母上、兄上、父上と――皆いなくなってしまった。
これから王となるダールには多くの困難が降りかかるだろうね。
臣下に下る私には国王ほどに大きな力はないかもしれない。けれども、それでも私は兄としていつまでもダールに寄り添えるものでありたい」
はい、と。肯く言葉が震えないよう、ダールは唇をかみ締めた。
やがて視線の先に王墓が見え始めた頃。
不意に兄が口を開いた。
「クレーブナーのアレとは、上手くやっているの?」
「ファズですか?」
斜め前を行く灰色マントの後姿をちらりと見て、そして頷いた。
「友人に、なれたと思います」
「へえ? ダールの口から友人なんて単語が出る日が来るとは思わなかったな」
少しのからかいを含めた親しげな口調に、知らず口元が緩んだ。
「俺にも友人はおりますよ」
「でも、彼とはずっと共にいたというのに友とは呼んでいなかったよね。何があったの?」
兄の問いはもっともだ。
「ファズと二人で――小鳥を、育てているんです」
その返事が意外だったのか、兄の動きが止まった。
「人懐っこくて、呼べばすぐに飛んでくるけれど、窓を閉め忘れたらどこかへ迷い出てしまいそうな危うい小鳥です」
「それは……鳥篭が必要だね」
「ええ。頑丈な鳥篭の作り方を話し合ううちに、ファズとも随分話せるようになりました」
フードの下からわずかに覗いた口元が、何か言いたげに上下するのが見えたが、気にせず続ける。
「俺は初めての友人に随分執着しているみたいです」
そう言って、何気ない仕草で視線を前に戻す。
ダールの見つめる先には先導する騎士たちの列がある。その多くが黒髪のイーカル族だが、政治的理由から他国から嫁取りをする事もある貴族の子弟には明るい髪色を持つものもちらほらと見える。剣術指南役の息子の、金に近い淡い色などその最たるものだ。
しかし、ダールにはそれよりも明るく輝いて見える髪の色がある。
「友人を囲い込んで雁字搦めにしてしまいたいと思うのは、いけない事だと思いますか?」
「友情の形は人の数だけあるのだと物の本に書いてあったよ」
「ならばこのままで良いのでしょうか。時折、自分の感覚がおかしいのではないかと不安になります」
「所有欲などあってしかるべきではないかな。それが人の上に立つ者なら尚の事」
肯くダールに、聞こえるか聞こえないかという声で兄は呟いた。
「――それに、おかしいと言うなら私だ」
囁くような声は荒れ地を過ぎる乾いた風にかききえる。
「私は……異常なんだろうな……」