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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第25話 到着

 ダールが城門を抜けると、青鹿毛の馬の手綱を引いたファズが出迎えるように奥から出てきた。


 ――やつれている。


 まずそう感じた。

 徹夜の続いた襲撃事件の時の様相に近いが、あの時と明確に違うのはその顎に髭が伸び始めている所だ。身だしなみに煩いこの男にしては珍しい。

 ファズは余程疲れているのか、最後にはふらつくようにダールの前に膝をつき、そのまま「王女の行方については手がかりすら見つかっていない」と、第一報と変わらぬ報告をした。

「先ほどまで捕らえた者の尋問をしていましたが、計画の全容を知っている者はいないようです。雇い主の名もまだ出て来ていません。幾人か貴族の私兵らしき者が混じっていますから、そちらの素性からあたった方が早そうです。

 それから、襲撃者とは別に軍内部に間者がいます」

「ガルドーが報告してきた件だな。そっちは捕らえたのか」

「特定できたのは第五連隊の中に十二名。捕縛に向かわせた所、いずれも襲撃の前後に姿を消していました。おそらく他にも」

 ダールは厳しい顔で頷いた。

 そして背後に控える将軍を見る。

「第五連隊長は――余程の無能か、知っていて黙したか、どっちだと思う?」

 答えはなかった。

 将軍は苦渋の表情でただ頭を下げる。


 今責任の所在を問うたところで埒が明かぬと思ったのか、ファズが立ち上がった。

「僕はまた捜索へ出ます。くれぐれも身辺に注意して下さい」

 一礼して出て行こうとする背中に、ダールは最後の問いを投げかける。


「レオナが、一緒なんだな」


 ファズの足が止まった。

 感情の抜けた顔で振り返り、それが何か、答える。

 彼の、いや『彼女』の、レオナという名に未だに身構える姿を見て、ダールはわが身を省みる。

 正直に言えば裏切られたと感じる気持ちもある。だがそれは、それまでの信頼の裏返し。

 ダールは乱れたままの髪を更にかき回し、冷え切った色の瞳をまっすぐに見つめて告げた。

「あいつは『鉄の谷』の近くの生まれらしい。土地勘はあるだろう」

「……そうなんですか?」

「お前も知らなかったか」

 口角が上がるのはただの自嘲だ。

 レオナが王国の西部地域の生まれという事は知っていたが、詳しい場所など聞いた事がなかった。知らなかった。聞かされなかった。生まれた村の名も、育った環境も、家族の事も、何もかも。


「調べたんだ。あれから」

 ファズの眉がぴくりと動いた。

「レオナの生まれた村は『鉄の谷』の労働者が住む村だ。村のすぐ裏手にも『鉄の谷』へ続く採掘坑がある。おそらく退避にはその採掘坑を利用したんだろう。

 あいつの剣の腕は確かだし、土地勘があるなら追っ手からは逃げ切れる。探すならレオナの生まれた村からまっすぐここへ向かう道を――そうだな。地図には載らない、例えば地元の者しか知らない抜け道のようなものは無いのか」

「あなたは、レオナを信じるんですね」

「あの程度。疑う程の理由にはならない」

「……考慮します」

 ひらりと馬に跨るファズの後を更に数騎が続いた。

 それを見送るダールは、最後尾の駁毛の馬に目を留めた。

「あんたも行くのか?」

 思わず声をかければ、手綱を引く老兵は唇の片端だけを上げてにやりと笑った。

「この通り、私も馬も爺だが、姫様は我らの希望。探し出して見せますよ」

 そう言ってガルドーはよっこらせと愛馬に跨り、ファズの後を追った。



 * * *



 最初は一列に連なっていた馬の列だが、次第にスピードを上げていくうちに最後尾の一頭が徐々に遅れだした。

 後列の若い兵が振り返り声をかけるが、老馬にこれ以上の速度を出す事は難しそうだ。

「私の事は気にせず、先に!」

 老兵がそう叫ぶと、どんどんその差が開いていく。

 やがて他の馬の姿は弧を描く道の向こうに消え、老馬は次第に速度を落とし――そして止まった。


 何も無い、ただの森の外れだ。

 しかし老兵はそこで馬を降り、丁寧に膝を折る。

「お待たせ致しました。

 イーカル国軍第二連隊第一中隊中隊長ジアード・イザッコ・ガルドー。謹んでお迎えに参上致しました」

 呼びかけに応じて森の下草が揺れ、老兵の視線の先に羊革の靴が現れる。

 ガルドーが跪く先に立つのは、村娘の姿に窶していてもあふれる気品を隠しきれない麗しい女性。彼女の小さな唇を開き、閉じ、また開きと繰り返し何かを告げようとしているようだったが、そのうちに言葉の代わりに嗚咽が漏れだし、長い睫の眦から涙が零れ落ちた。

 言葉を失った王女の代わりに、傍らに立っていた金色の瞳の青年が微笑んだ。

「ガルドーさん。ご足労をお掛けしました」

「あなたこそ」

 泣きじゃくる貴人にはまだ発言はおろか顔を上げることすら許されていない。

 だが、ガルドーは青年に縋る様な目を向けた。

「レオナ殿は無事なのですか」

「夕刻までには御前に上がると。……逃げたりできませんよ、彼女は」

「私が、あの人を拉致して連れ帰ってくれと頼んだら」

「俺には出来ません。これでも今回は、出しゃばり過ぎました」

「変わりましたな……」

「多少は、ね」

「神に祈るしかないのか……」

「最善を尽くしたら、祈るか信じるか。それが人間の出来る事です」

 達観したようにそう言って、やけに老成した目の青年はいつもと変わらぬ笑みを浮かべた。

「ほら、早くユリア王女を城へお連れして安心させてあげて下さい」

 青年は、まだしゃくりあげる王女とそれを労わるように抱きしめる侍女に別れを告げて、再びガルドーを見た。

「俺はもう帰ります。皆にはくれぐれも」

「内密に、ですね」

 老兵は跪いたまま、また森へ消えていく青年に深く頭を垂れた。




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