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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第19話 出口

 薄暗い倉庫での僅かな休憩を終えると、レオナ達三人は再び迷宮のような道を進みだした。

「急ぎましょう。馬車の襲われた場所が制圧されたら、賊は主な出口を塞ぎにかかるはずです」

 敵に手駒がどれくらいあるのかわからないが、自分ならどんなに遅くても目標が逃走した事に気づいた時点で出口に見張りを立てるくらいはする。

 手遅れでなければいい。

 さっき倉庫で確認した地図によれば、ここから脱出するための難所はあと一つ。


 不意にレオナが口を閉ざした。

「……広い場所に出ます。様子を見てくるので少し隠れていて下さい」

 細い横穴の出口の所に二人を潜ませ、レオナ一人、静かにそこへ踏み出した。

 ランタンの灯りが闇に吸い込まれていく。

 天井の見えない大きな縦穴。


 ――物音一つしない。他に灯りも見えない。


 抜き身の剣を右手に下げ、そこに繋がるほかの横穴を確認していく。

 もし自分が賊であったなら、多くの道が集まるここを真っ先に押さえる。つまり、ここが押さえられていないなら、ひとまず安心して良い。

 身を縮めていた二人の下へ戻ると、手を差し伸べた。

「大丈夫そうです。急ぎましょう」

 横穴からまっすぐ中央に向かって進む。

 最初にそれを見つけたのは侍女のカーネリアだった。

「……あれはなんですか?」

 広場の中央に設置された大きな鉄製の手すりと、巨大な縦穴。そして鎖で中空に吊るされた大きな箱――

 ここまで来る道程には無かったものだ。

 ずっと王宮で暮らしていた二人はおそらくこんな物を見たことがないのだろう。

「ここは鉱石を地上に運ぶための場所です。あれで上がります」

「上がる……? 乗り物ですか?」

 訝しげにそれを見る二人を安心させるため、レオナは笑顔を作った。

「ゴンドラという昇降装置です」

 レオナは吹き抜けの中央に設置された箱に乗り、父に教えられた通りストッパーを確認する。それからそこに詰まれていた木箱を押し出した。

 おそるおそる乗り込んできた王女は不安げに手すりを握り締めている。

「大丈夫なのですか?」

「本来は鉱石を積載するものですから、この籠も滑車も頑丈にできています」

 むしろ問題は、上の安全確認ができない事だ――と思っていたがこれ以上不安を煽る事はできなかった。

「まずそこにベルトがあるので体を固定して下さい。それから、舌を噛まないようにハンカチか袖を噛んで」

 二人の安全を確認すると、レオナは剣先でストッパーを外した。


 宙に浮くような感覚と、突然襲い掛かる重力。碌な緩衝装置もついていない荷運び用のゴンドラだ。それも進む先は明かりの届かない闇の中。何度か経験して覚悟を決めていたレオナですら内臓がせりあがる感覚を覚えた。予備知識すらない王女達の恐怖はいかばかりか。

「んんんんん――!!!」

 乙女の悲鳴は噛み締めたハンカチによってくぐもったものになった。

 永遠とも思われる一瞬は、突然のガクンという衝撃とともに終わりを告げた。


 ガラガラガラガラガラ――


 虚を反響する滑車の音だけが長い事響き渡っていた。


 レオナは立ち上がり周囲を確認すると、ゴンドラの安全装置をかけて、女性達の前に跪いた。身を硬くしたままの二人を宥め、ベルトから開放する為だ。

 一人づつ手を貸してゴンドラを降り、足が地面に着いた瞬間――二人は崩れ落ちた。

 レオナは、荒い息を吐く背中をゆっくりとさすった後、彼女達を助け起こした。

 あと少しで外に出られるからと励まし、先に立って歩き出す。

「ここを抜ければ、もう地上です」

 指し示す先には溢れる光。


 足を踏み出すとそこは暗い坑道から一転して、小鳥のさえずりの聞こえる山の中。

 鉱山として知られる「鉄の谷」のすぐ裏手はこの国でも貴重な「森」を持つ緑の多い豊かな土地なのだ。

 三人はまぶしさに目を細めた。

 

 日の角度からすると坑道に入って数時間だろうか。なのにもう丸一日はさ迷っていた気分だ。

 出口周辺に置かれた木箱を利用した椅子で少し休憩していきたい気もするが、背後から追っ手が迫っているかもしれない。

 レオナは二人を促し、また歩きだす。

 鉱石を運ぶため、馬車でも通れる大きな道もある。だが、それはかなりの大回りになるし追っ手と遭遇する確率も高い。レオナはまっすぐ山頂へ続く細い道を選んだ。


「この坂を越えれば村があります」

「はい……」

 その返事に、疲れきった様子がにじみ出ていた。

 レオナは歩を緩めた。幸いな事にすぐ先に座るのによさそうな倒木があった。

「そこで少し休みましょう」

 そう言うと王女は心底すまなそうな顔をして謝った。

「すみません……ご迷惑をおかけしてしまって……」

「いえ、オレこそ気がつかなくて」

 田舎育ちな上に軍で鍛えたレオナと、ティーカップより重いものを持った事がないであろう深窓の姫君では体力が違いすぎた。

 弱音をはかずに付いてくるからすっかりそれを失念してしまっていたのだ。

 ようやく腰を落ち着け、ゆっくりと息を整える二人を見ながら、レオナは深く反省した。確かに急いで約束の場所へ向かうべきで追っ手も撒かなくてはならないが、無理をさせる事のないようにしなければならないと心に刻む。


 その時、レオナは何かに気がついて顔を引き締めた。

「静かに!」

 目を閉じ、耳を澄ませた。

「馬の足音です。……一頭じゃないな……二頭か三頭か」

 どうやらこれから三人が向かおうとしている先――山の上の方から近づいてきているようだ。

 王女と侍女は互いに手を取り合いながら立ち上がった。

 

 ――普通なら馬は表の大きな道を使う。わざわざこんな所を通るのは……


 レオナは辺りを見回し、道からは見えにくい岩の隙間を指差した。

「あそこに隠れて下さい」

 そう言うとレオナも近くの木の陰に身を隠した。

 高鳴る心臓を鎮める事数秒。

 山道を下ってきた二頭の馬は、レオナ達の傍で止まった。



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