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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
枯れ草の庭
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第6話 一片

 王子とその側近が、王妃の墓参りについて相談をしに行ったが、王は寝ているようだった。ノックをしたが返事が無いので諦めて帰ろうとした時、扉の向こうで何か物音がした。不審に思って扉を開けた所、『侵入者』と鉢合わせた。いきなり斬りかかってきた『侵入者』に対し、側近が応戦したが、健闘の甲斐無く負傷。その隙に『侵入者』は侵入口と思われる窓から逃げて行ってしまった。所用で席を外していた国王付きの従者が物音に気が付いて部屋に駆け込んできたのがその直後。彼の灯りによって王の変わり果てた姿が発見され、続けて隣室から王の警護にあたっていた二名の騎士の遺体も見つかった。目撃証言と血痕を踏んだためにできた足跡などから犯人は比較的大柄な男とわかったが、その素性や足取りは不明――と、いうのが正式に発表された『事実』だ。

 『噂』ではその『侵入者』が落としていった凶器の短剣から犯人の手がかりが得られたというが、本当の所は誰にも分からない。そして、王子達が王の寝所を訪ねた本当の理由についても、知るものは無かった。



「……と言う訳です」

 ファズは以前と同じ飲み屋で、国王の崩御に関する公式見解をダウィに語った。

 相づちを打つ変わりに、ダウィはカップに注がれた湯気の立つスープを一口すする。急に冷え込んできたこんな日にはクリームの入ったスープがありがたい。

 乳製品特有のほのかな甘さがゆっくり舌の上で溶けて消えるのを味わった後、満足げな表情で口を開く。

「あのお父さんがねぇ……それで彼が忙しいんだ?」

「ダールは後片づけに追われています。ダウィがこの国に来ていると話したら会いたがっていたんですが、どうしても時間が空けられず」

「仕方ないよ、次の王様なんだから」

「まったく、彼が国王だなんて、信じられない話ですよね」

 ダールの悪行を知り尽くしている二人は、顔を見合わせて笑った。

「ところで、彼のお父さんを殺した犯人はわかったの?」

「いえ、全然。

 ……ここだけの話、手がかりはありました」

 ファズは声をひそめた。

「僕ともみ合った時に、犯人は王を殺した凶器を落としました。短剣です。

 そこに、犯人の手がかりがある事にはありました」

「……それは?」

 ダウィも声を落として聞く。

「短剣の握りの所ですね。そこに紋章が入っていました。それが……噂に聞く、東の大国に存在するという例の暗殺集団の物と酷似していると考えられています」

「例の……って、あの、『正義の暗殺集団』って謂われてる、あの?」

「ええ。ただ、存在するかもあやしい『噂』ですから、正式な見解としては認められていませんが……。

 やっかいな話です。もし本当にソレが存在していて、尚かつソレが犯人なら、国際問題に発展しかねませんし」

 言葉の割にファズは困った表情は見せない。むしろ、どこか清々したような顔をしている。

「だからこの国のお偉方は犯人は不明のままで、この件については闇に葬ろうって?」

「犯人についてはあくまで『改革派による犯行として捜査継続中』です。紋章については犯人を締め上げればわかるだろう、というところですね。

 まあ、アレフなんて……あ、アレフというのは僕の叔父です。悠々自適な生活をしている叔父がおりまして。実は先日、暇に飽かせて貴方の居場所を突き止めて来てくれたのも彼なんです。

 その叔父に至っては、『王の暴走が止まったんだからそんなのなんでも良いじゃないか。むしろ俺ならその暗殺者に感謝するね』なんて言ってました」

 笑顔で話すファズに、ダウィは呆れた顔を見せた。

「君といい、その叔父さんといい、この国には不敬罪っていうのは無いものなのかね」

「ありますよ。次期国王陛下は廃止すると言ってますけど」

 ファズはカップに残ったお茶を飲み干し、立ち上がった。

「では、そろそろ失礼します。二人が痺れを切らしている頃だと思うので」

「ああ、また近い内に」

 ようやく包帯が取れた右腕を大きく振るファズに、ダウィは小さく手を上げて答えた。



 * * *



 ファズが店を出ると、入れ違いに黒衣の男が入って来た。

 男は迷わずダウィのいるテーブルに向かうと、やや乱暴な仕草で先程までファズの座っていた椅子に腰を下ろす。

「遅かったね」

「――チッ。あいつがここに入ってくるのが見えたから外で待ってただけだ」

 ダウィの微笑みに舌打ちで返した男は、アレフ――ファズの叔父だった。

「難儀な家族だなぁ」

「それにこんな所でアレと揉めたら目立つだろうが」

 街中を歩けば視線を独り占めできそうな怪しげなマントは目立つ事に入らないのかと、ダウィは思っても口にしなかった。

 しかし、ウェイトレスの不審げな視線に気がついたのか、アレフはようやく目深に被っていたフードを取り、マントを脱いで隣の椅子に放る。

 それを見ていたウェイトレスは目を瞬かせて「きゃあ」と悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げた。

 その目はフードの下から現れたアレフの横顔に釘付けだ。

 鍛え上げられた体つきの割に、なかなか端正な顔をしているのだ。その上、どこかファズとも似た、顔立ちの甘さが野卑な振る舞いすら危うい魅力に変えてしまう。

 アレフはカウンターの向こうから送られる秋波にも舌打ちした。

「相変わらずの色男っぷりだね」

 楽しげに笑うダウィに半眼で応える。

「手前ほどじゃねえよ」

「こんな髪と目、この国じゃ誰も寄ってこないって」

 そう言ってダウィは自分の髪をひっぱって見せる。

 黒髪黒眼が殆どを占めるこの国では滅多に見ることのない金の髪。そして緩やかな弧を描くその眼は琥珀色。

 明らかな異国人の特徴を備えた彼は、どんなに整った顔をしていたとしても警戒の対象にしかならないようだ。


 一頻り笑った後、ダウィは声を潜めて聞いた。

「で、何の用?」

 アレフはちらりと店員の方を覗った後、懐から布で包んだモノを出す。

「忘れ物だ。お前んだろ?」

 ダウィが包みを開くと、中からむき身の短剣が出てきた。握りの所には細かい装飾が施され、その中央に片羽の翼の紋章が鈍く輝く。

「……お前、わざと置いてきたな」

 アレフは、ファズとよく似た楡の葉色をした目で睨んで見せた。

 しかし、ダウィは動じる事なくその包みをしまい込む。

「君がそう思うなら、そうかもしれないね」

「あー。これだから! 俺は今、思いつく限りの罵詈雑言をこれでもかって程ぶつけてやりたい気分だ!」

 アレフが何を言おうとダウィはただにこにこと観察するように彼をみていた。

 何を言おうが表情ひとつ変えないのはいつもの事なので、アレフもすぐに諦めて深く息を吐く。

「……だけどまぁ、今回ばかりは感謝しとく。ファズは『暴漢』に襲われたから疑われずに済んだし、ダール殿下も父殺しの汚名を被らなくてすんだ。珍しく足跡なんか残してったのも、あいつらのためだろ」

「結果的にそうなっただけだよ。

 ……知ってる? ダールのひいお婆ちゃん。つまり彼のお父さんのお婆さんなんだけど。その人は、ここから遠く離れたアスリア=ソメイク国の王家から嫁いで来た人なんだ」

「へぇー。あのいかれた国王や馬鹿王子にも聖アスリアの血がねぇ。

 ──だから、お前は国王をヤったって訳か?」

「さぁね」

 すました顔でスープをすするダウィを前に、アレフは呆れたような溜息をついた。

「まったく歪みきった愛情だよ。

 で? ダールもいつかヤる気なのか?」

 ダウィはそこで初めて、困った表情を見せた。

「──もし、彼が変わっちゃったら、ね」

「その時はお前の大切なオトモダチのファズもレオナもお構いなしって訳か……って、あ! そうだ! レオナだ、レオナ!! お前、騙しただろ!」

「何が?」

 周りを気にせず大声を出すアレフを見て、ダウィはまたいつもの笑顔に戻る。

 一方のアレフは、またウェイトレスに好奇な視線を寄せられている事に気がつき、一度口を閉じた。

 そしてそちらには聞こえないよう声を潜めて――それでも怒りをこめた声で言った。

「アレ、女じゃないか!」

「あー。気が付いちゃったか」

「お前等が揃って男だ男だって言うから、そうかとちらっと思ったりもしたんだけどな。抱き上げりゃ誰だって気が付くっつーの。やたら軽いし、柔らかいし!

 男だって信じてたから本気で殴っちまっただろうが!」

「見ただけでわからないだなんて、君もまだまだだなぁ」

 ダウィが楽しそうな笑みを浮かべるのを見て、アレフは溜息まじりに呟いた。

「……その台詞、俺はファズに言いたいよ。

 大体なんで、ファズの奴と殿下は毎日あいつと一緒にいて気が付かないんだよ」

「戦場でのあの子を見たら、君もわかると思うよ。まるっきり別人だし。

 それに、君の甥っ子たちにも、あの子が男だと信じ込むようにちょっと情報操作をね」

「──俺、お前だけは敵にまわしたくないわ」

「仕方ないよ。今までの政治じゃ、あの子が女だってバレたら殺される所だったんだから。

 ……これから、だね。これから新しい王がどう出るか」

 その時ダウィの浮かべた笑みは、今までとは少し違った。


 その意味を、アレフは知っていた。


 それは彼のもう一つの顔。


 アレフが小さく身震いしたのを知ってか知らずか、ダウィは話を逸らした。

「ところで、ねぇアレフ? あのミラティスは咲いたの?」

「なんだよ、お前あそこまで行っておいて見てこなかったのか?」

「そんな時間無かったよ。こっちだって掴まったら洒落になんないし」

 ダウィは口をとがらせて見せる。

「で、咲いたの? 咲かなかったの?」

「……まだ後少し、らしいな」



 * * *



 庭木もすっかり裸になり、乾いた土は所々にヒビを見せる。そんな中に一本だけ広がる緑の葉を、枯葉色の髪の娘はじっと見つめていた。

 すっと伸びた茎の先端についた固い膨らみが少しだけほつれて、白い花弁が一枚溢れ出る。


 ……後少し……もう少し……



第1章 「枯れ草の庭」 終


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