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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第15話 脱出

 レオナは舌打ちをした。


「多いな」


 坑道に隠れていたのだろう。次から次に盗賊を装った敵が出てくる。ならず者のような服ではあるが、携える武器や剣筋がおかしい。陣形を組んだ動きなど確実に訓練されたものだ。元軍人か、どこぞの貴族の私兵か――

 馬車の周囲を警護していた仲間達は善戦しているが、突然の落石と奇襲に混乱を極めている。道の先にいるはずのファズ達の状況が分らない今、数の上では圧倒的に不利だ。

「坑道は確認させていたはずでしょ」

 血の気がひき、真っ白な顔をしたルティアが言った。

「軍の内部に裏切り者が居たんだろうな」

 ファズは助けに来ようとするだろうが、あの落石の規模だとどれくらい時間がかかるのか分らない。

 考えたくはないが、万が一ファズも下敷きになっていたら――いや、眼に見える範囲より外の兵が全滅していたら、助けは期待できない。

 ならば完全に包囲される前に脱出する他ないだろう。

「殿下。ここから出ましょう。ルティアも――」

 ルティアが唇を噛み締めるのを見て、レオナはそっとその手をとった。

「巻き込んでごめんね。どうか、無事で」

「レオナも」

 レオナは精一杯の笑みをつくり、ルティアの手を離した。

 そして合図をだして一斉に馬車を飛び降りた。



「いたぞ! ユリア王女だ!!」

 賊の声に、血の匂いに、そして初めて見る凄惨な光景に思わず身をすくませる王女。

 だが、立ち止まっている暇はない。

「駆けて!」

 短剣を握り締めたレオナはそう叫び、先頭を走った。



「きゃっ」

 長い裾が足に絡まり、姫君が倒れこんだ。

 慌ててシアが助け起こそうとするが足を痛めたようで立ち上がる事すらできない。

 しかし、レオナは背後の状況に気づかぬ様子で包囲の隙間をまっすぐに駆け抜けた。


 目指すは坑道「No.194」


「レオナ! こっちだ!」

 岩陰に手を振る人影があった。

「ペール!」

「あれはどういうことだよ」

 ペールは先ほどレオナが脱出してきた馬車のほうを睨んだ。

 馬車の傍に蹲ったままの鮮やかなブルー。あれは――

「ルティアだよ」

 彼女は王女のドレスを纏い、怯えたフリをして注意をひきつけていた。

 そして本物の王女はここにいる。

 レオナは背後に隠れる二人を振り返った。

 一人は、ユリア付きの侍女カーネリア。そしてもう一人が……

「ユリア王女!?」

 ペールの問いかけに、特徴ある金髪をモブキャップに隠し侍女服に身を包んだ少女が頷いた。

「おい――」

「説明は後だ。何があった」

「坑道に盗賊の格好をした奴らが潜んでいるのを見つけたんだ。

 お前に報せるために、アルノーとヤンを走らせたんだが、見つかって――俺たちも動くに動けなくなった」

 レオナは二人の顔を思い出し、奥歯を噛み締めた。

 しかし今は惜しんでいる暇などない。レオナはなんとか頭を切り替えた。

「ペール。あの笛はお前だろ。助かった」

「土壇場で悪かったな。あの距離がギリギリだったんだ」

 確実にレオナ達に警告を届けるために、笛の音が届く範囲と敵との距離を図った結果だった。見捨てざるを得なくなった命があった事を心苦しくは思う。だが、だからこそ、王女を無事に王都へ届ける事が彼にできる唯一の償いだと感じていた。

 ペールは背後を指差した。

「動けないからって何もしないわけに行かなかったんでな。

 取り合えず俺たちの隠れた坑道は調べておいた。お前の言っていた、『No.194』って坑道も無事だ。調べられる範囲には罠の類も無かった。お前の剣もそこに隠してある」

 岩伝いに隠れながら行けばその坑道まですぐにたどり着ける。レオナが頷き、動き出そうとした。その時、

「レオナ!」

 ペールに名を呼ばれて振り返った。

 賊が数人、こちらを指差して何か怒鳴っている。

「もう見つかったか」

「女二人を守りながら戦うのは無理だ。どうする」

 ペールの問いに、レオナは最後の手段を口にした。

「坑道を抜けてなんとか王女を逃がす。バシュタ城で落ち合おう」

「中は迷宮だって言ったのお前だろ」

「大丈夫。オレは」

「――出来るだけ時間を稼ぐ。行け」

 そう言ってペールは弓に矢を番える。

 しかし、遠距離専門のこの男が稼げる時間など高が知れていた。

「ペール、生き残れよ」

 レオナは王女の手を引いて、ぽっかりと空いたトンネルに向けて走り出す。

「わかってるよ。連隊長殿」

 緊張を含んだ声と裏腹におどけて見せる言葉を背中で受けて、レオナは「No.194」と書かれた坑道に飛び込んだ。




 坑道の入り口に隠すように置かれていたランタンにはすでに火が灯っていた。ここに潜んでいたというペールが点けたのだろう。すぐ脇にレオナの愛剣も立てかけてある。

「この中は迷路のようになっていますから、入ってしまえば確実に追っ手を撒けます」

 小声で話しながら、レオナは右へ左へ広がる分かれ道の中から迷う事無く道を選択していく。

 その姿に多少の安堵を覚えながらも、王女は問うた。

「私達も迷うということはありませんか?」

「大丈夫です。さっき入ってきた所へ戻る道はオレにもわかりませんが、少なくとも外には出られます」

「え?」

「父と弟がこの採掘場で働いていたんです。オレも良く出入りしていたから、こういった目印のどれを辿れば自分の村へ行けるかだけは頭に入っているんです」

 レオナは壁に数十と描かれたカラフルな記号の中から、真っ赤な円の上に緑の三角を組み合わせたものを指差す。


 ――ひとりで坑道に入っちゃいけないよ。でももし中で迷ったらこのマークを探すんだ。


 ――この記号は私達の血肉であるヴィガの実だ。これを左手で触りながら辿れば、俺達の村に帰れるから。


 それは懐かしい父の言葉。



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