第14話 留守居
あと数日に迫った王妃の輿入れに沸く王都で、老兵ガルドーは一人燻っていた。
第二連隊が王都を留守にする間、足が悪く戦力となれない彼は自室待機を余儀なくされていたからだ。
しかし、じっとしてもいられなかった。
何が出来るわけでもないが、何かしなければならないという焦りが彼を駆り立てた。
脚を矢で射られた時に一度は軍人を辞めようとした。だが、それでも軍に残ったのは未熟な連隊長を陰から支えるため。
そうだ。今こそ、レオナを支えなければならない。今役に立たずにいつ役に立てというんだ。
年を経た身に抜きん出た物はもう残っていないが、彼が他と違う物があるとすればそれは――彼が、レオナの前に第二連隊長を務めていた者だ、という一点に尽きる。
だからこそ彼は第二連隊長の執務室へ忍び込む事を決めた。執務室の扉の鍵を開けるのには少々手間取ってしまったが、中に入ってしまえばこちらのもの。金庫の鍵の隠し場所もダイヤルの番号も彼が連隊長を勤めていた頃と変わっていなかった。この時ばかりはレオナの朴訥さに感謝する。
勿論これは立派な軍法違反だ。
それが分っていても、ガルドーは人気のなくなった夜に金庫の中からこっそりと封筒を抜き取ることを選んだ。
蝋燭の揺れる光の輪の中にそれを置く。
軍内部で、通常の書類のやりとりに用いられるあまり質の良くない封筒。封のされていないそれからそっと書類を引き出した。
今回の護衛任務に関する全てがそこに書かれている。
薄暗い中、老眼の入ってきた目で文字を追うのはなかなか大変な作業だった。特にレオナの書いた文字は暗号のようで解読に時間が掛かる。それでも一枚一枚丁寧に捲っていった。
中ほどに挟まれていたのは調査報告書。レオナのものではない字で書かれた報告書が数枚あった。今回の行程で通過する町に関するもののようだ。その地域を管轄する各連隊長の名前でサインが入っている。
その内の一枚に、目を留めた。
一見なんの不備も無い。全て異常無しと書かれている点も他の報告書と一緒だ。
しかし、ガルドーは違和感を覚えていた。
最初は日付。
その土地へ行った事は無いが、「親友」から聞いていた話からするとこれはあり得ない。
平坦な砂漠地帯でも無いのに調査を求めた日から記入までの時間が短すぎるのだ。「親友」の言う通りの場所なら、きちんと調査していればもっと時間がかかる。
ガルドーは一度書類を脇に置き、金庫から別の封筒を探した。
レオナはいつも真面目にやろうと努力しているが、実務的な事以外ではあまり気が回らない。特に書類や数字に関しては、文字を読むのに極端に時間がかかる為、整理が追いついていかないのが実情だ。案の定、目当ての書類は仕舞い込んだきり一度も出してないであろう封筒の中にあった。
予算。長期計画。半期計画。月次報告。再編案――どれも直接第二連隊に関係しない部分は折り目も書き込みもなく綺麗なままだ。おそらく目を通してもいない。
ガルドーは杞憂に終われば良いと願いながら3年分の書類について目当ての部分だけを拾っていった。
キーワードは「第五連隊」。
最初の違和感さえなければ見落としていたくらいの些細な不自然さ。それは先の王が暗殺された頃から現れ始める。
ガルドーが将軍の部屋の扉を叩いたのは深夜の事だった。