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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第9話 暖炉

 夢を見ていた。

 ファズとダールと、それからルティアと。

 順に浮かぶ顔はどれも笑顔だった。


 不意に風が吹いてヴィガの葉の匂いに包まれる。

 それは実家で育てていた果実の木。

 懐かしくて落ち着く、そんな匂い。


 ゆっくり浮上する意識の中で誰かに抱きしめられているような気がした。


 その人はおそらく背が高い。女性としては大柄なレオナよりも、かなり。

 だから今、レオナの頬はその人の胸に押し当てられていた。

 先程から感じているあの匂いは、その人の匂いだったと気付く。

 目の端に映るその人の髪はこの国では最も多い黒。

 そしてレオナをすっぽりと包み込むほど広い肩幅に長い腕。

 

 レオナはその胸を、その腕を……その匂いを、知っている。

 それなのに何故か名前が出てこない。

 背が高くて黒髪なんて、レオナの周囲には該当する人物が何人も居た。


 ――アレフ? シグマ? 


 ――それとも……




「グウィン!?」



 レオナは自分の声で目を覚ました。




 * * *



「毛布はある!? 客室の暖炉に薪をくべて! それから着替えを――」


 最初に聞こえてきたのはてきぱきと指示を出す女性の声。

「……ルティア……?」

 なんで彼女ががいるんだろう。

 ぼんやりと考えながらゆっくり瞼を持ち上げた。

 最初に目に入ったのは見覚えがあるようなないような、そんな天井。色彩豊かに描かれた天井画。素人目にも豪奢なそれは庶民の家ではないだろう。しかし、自分の屋敷のものではない。

 はて、どこで見たのだったかと考えていたら、脇からぱたぱたと近づいてくる足音が聞こえた。

「気がついた!?」

 そう言ってレオナを覗き込むその顔は今にも泣き出しそうだった。

 戸惑いながら周囲を見回すとそこは……


「ルティアの家……?」


 見覚えがあるような気がしたのは、そこが幾度か入ったことのあるルティアの家の母屋だったからだ。レオナは毛布にくるまれて、ブラント家の玄関ホールのソファの上に寝かされていた。

「中央通りにティトっていう軍人と一緒に居たのよ。覚えてる?」

 そう言われて、うっすらと思い出した。

 熱が出て、病院へ向かう途中でティトとシグマに遭遇したんだった。話をしているうちに限界を感じて……気を失ったのか。その後の事は覚えていない。

 ルティアが言うには、その直後――ティトが途方に暮れていた所にルティアが馬車で通りかかったのだそうだ。

 そのティトはこのホールのどこにも見当たらない。聞けばすでに軍に報告に戻ったという。


 そこまで話を聞いたところで、慌しくメイドが駆け込んできた。 

「お部屋の用意ができました!」

「レオナを運んで」

 ルティアの指示で、いつもルティアの馬車の御者を務めている体格の良い男性が、レオナを抱えあげる為に近づいてきた。

「大丈夫……歩ける」

 せめて肩を貸すという言葉を必死で辞退している所に、今度は執事が現れた。

「客室に着替えをご用意いたしました。私めはこれから医院へ参りましてお医者様をお連れしようかと」

「わかったわ。任せます」

「あ、ちょ、ちょっと――」

 診て貰いたいのは山々だけれど、普通の医者を呼ばれるのは困る。

「医者は、大丈夫! 大丈夫だから!」

「でもすごい熱よ?」

「医者は――苦手なんだ」

 いつか肩を怪我した時の女装医師以外には、まだ素肌を見られたくない。ややこしい事になって輿入れの警備から外されてしまっては元も子もないのだから。

 かといって訳ありのあの人をこんなお屋敷に呼び出す訳にもいかない。

 だからレオナは医者を断り続け、医者に診せないといけないと主張するルティアと何度も同じやり取りを繰り返した。


 最後は、頑ななレオナにルティアが折れた。

「でもね。せめてお薬だけでも飲まないと」

 薬自体は構わないというと、黙って控えていた執事が名乗り出た。

「私が薬局へ行って熱さましを買って参ります」

「すみません……」

 雨避けのマントを羽織って出て行く執事を見送った後、レオナも毛布に包まったままルティアに付き添われて客間へ向かった。

 暖炉の側に置かれたソファに腰を下ろす。

 時期はずれではあったが、暖炉では火が赤々と燃えていて冷え切った体をじんわりと温めてくれる。

 すばやく部屋の中をチェックしたルティアが、後からついてきたメイドに着替えを指示した。

「いいよ。一人で着替えられる」

 一度体を休めたからか、意識はもうだいぶはっきりしていた。

 自分の力で立ち上がりベッドの上に置いてあった寝巻きらしい衣類を手に取った。

 その際の足取りを見て安心したのかルティアも口出ししようとはせず、メイドに暖かいスープか何かを持ってくるように言って下がらせた。

 そして慎み深い令嬢も、病人相手とはいえ『男性』の着替えに同席したりしない。

「じゃあ、私も部屋を出てるから――」

 扉に手をかけようとするルティアをレオナが呼び止めた。

「少しだけ話してもいい?」

「唇真っ青よ。着替えてからじゃ駄目かしら」

「ここは暖かいから、大丈夫」

「だって貴方、ずぶ濡れなのよ?」

「ルティアに、どう伝えたら良いかわからなくて。雨の中ずっと考えてたんだ」

「……私に? 何を?」

 ルティアは訝しげにこちらを見た。

「どう伝えようとしても卑怯な言葉しか出てこないんだ」

 きっとどう言っても、優しいこの子が否と言うことはないだろう。それを分っていてなおも頼もうというのだから、やっぱり自分は卑怯者だ。

「あ、あの。話が長くなるようならやっぱり先に着替え――」

 本当は逃げ道を用意してからと思っていたけれど、結局何一つ思い浮かばなかった。

「ルティア」

 彼女の名前を呼んで、レオナは笑った。 


「着替えさせて……」



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