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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第7話 相棒

 軍部内ならほぼどこにでも自由に出入りできるレオナにも、絶対に近づかない場所がある。

 その内の一つが「軍部図書棟」。

 連隊長執務室などのある建物の隣に建てられた書物の保管庫である。

 理由は単純。


 文字が読めないから。


 日々の努力が実を結び、最近は簡単な文章なら読む事ができるようになって来たが、それでもここにあるような小難しい書物は聞きなれない単語だらけだし、地誌・歴史書・医学書・戦術論――どれをとっても、基礎的な知識がなければ理解し難い物なのだ。

 そういう理由でこの場所を敬遠するのはレオナだけではないらしく、常にここはガラガラだ。識字率の低いこの国の事情を考えれば、当然の事ではあるが。

 

 しかしこの日、レオナは副連隊長であるシグマを伴ってこの建物に来ていた。実に三年ぶりの事だ。その前は入隊したばかりの頃。軍施設の案内を受けた時だった。

 本棚の並ぶ部屋を抜け、更にその奥――資料を調べたり簡単なミーティングをする為の個室にシグマを連れて行く。

 部屋に入るとまず机の上に本を並べた。どれも最新の地誌の本だ。

 そして中央には大きな地図。これは以前シグマに見せたのと同じ、今回の輿入れの為のルートを記したもの。


 準備が一通り終わると、レオナはふと窓の外を見た。 

 広くは無い部屋に一つだけ設置された大きめの窓からは、厚く垂れ込めた雲が見える。

 そろそろ雨が降り出しそうだ。


 ――シア達が雨に打たれなければ良いけれど……


 レオナは、今朝領地に向けて旅立ったメイドたちを思った。

 シアにはある物を託してある。領地内で実務を任せている彼女の兄への手紙だ。今回の経緯と今後の事を、そして謝罪と感謝を伝えるための手紙。

 それにエマまで同行させた理由は、危険を伴う旅に連れ出す事になってしまった二人に家族と過ごす時間を持たせてやりたいと思っていたからだった。

 

 懲罰を受ける覚悟をした今、レオナは誰よりも両親に会いたかった。家族とまたあの田舎の村で過ごしたかった。

 死は怖くは無いが、家族ともう言葉を交わせないという事だけが辛かった。そして……


 ――家族にも懲罰は及ぶだろうか。


 それだけが気がかりだった。

 軍法は何度も読み直した。

 法律に関しては知識がないので拙い理解ではあるが、徴兵の際に身元を偽った事に対する罰は「軍法上は」本人に対して与えられるものだ。

 以前は、見せしめとして血族まで制裁を与える事を国王が推奨していたが、現王ダールはその恐怖政治を踏襲する事を何より嫌がっている。だから両親までもが懲罰の対象になる事は無いだろうが……


 レオナは頭を振って最悪の想像を振り払った。


「よし、始めるぞ。

 この地図に書き出したのは、オレの執務室にあった古い本のデータを基にしたものだから、こっちの本から最新の――って、何やってんだよ」

 机を挟んだ向こう側で、シグマは椅子にふんぞり返るように座り、やる気のない姿勢を見せ付けていた。レオナが睨みつけてもだらだらと本のページをめくっている。

「聞いているのか、シグマ!」

「仔ダヌキ」

「は?」

「似てんだろ、仔ダヌキ。ほら」

 開いて見せたのは、地誌の本の中でも中央山脈付近に生息する動物について記したページ。緻密なイラストで「タヌキ」という名の獣の親子が描かれていた。シルエットは愛玩犬のようだが、目の周りの模様のせいかだいぶ情けない表情に見える。

 シグマは、呆気にとられたレオナを指差して笑った。

「その顔、そっくりだぜ!」

「人が真面目にやってる時に――」

 おもわず大きくなった声を、真顔に戻ったシグマが遮った。

「そう言われたってよ。何をしたいのかさっぱりわからねえ」

「だから、姫の移動経路の警備に必要な情報を地図に落としていこうと言ってる」

「それはまあ、騎士であるお前ならそういう仕事もあんのかもしれねえ。

 だけどな。それは第二連隊(ウチ)の仕事じゃねえよな。なんで俺が駆り出されてる?」

 シグマは椅子に座りなおし、机に肘をついた。

「全体が見えねえんだ。

 俺はな。命令とありゃ逆らわねえ。どんなに無謀な事言われたって何も聞かずに従う。それが俺たち下っ端の役目だと心得てる。

 だが、作戦を立てるってことは上に立つって事だろ。上に立つなら、そこには責任だって生まれんだろうが。

 理由もわかんねえのに、俺みたいな剣振り回すしか能のない馬鹿が大勢の命を振り回す事はできねえ。

 ――おい。正直に言えよ。なんで、第二連隊が作戦を組み立てる段階から入り込んでんだ」

 元々強面だが、凄むと更に凶悪な顔になる。

 だがレオナはそんなシグマに怯む事無く睨み返した。

「イーカル国軍第二連隊副連隊長シグマ」

「……なんだよ」

 急に改まるレオナを訝しげに見る。

「ずっと副官を務めてくれたお前を、オレは相棒だと思っている」

「……なんなんだよ」

 レオナは胸に溜めていた息を全て吐ききった。

 そして改めて目の前の男の顔を見た。

 初めて会った時から変わらない年齢不詳の髭面。癖のあるぼさぼさの髪。その中で強い光を放つ細く冷たい色の目。決して美男子ではない。むしろ鬼だの怖いだの言われる顔だ。だがそれも見慣れてしまえば――常に怒っているのではなく、生まれつきそういう顔のつくりな上表情に乏しい性質なのだという事に気付いてしまえば、落ち着いた表情はむしろ安心感を与える顔と言えなくもない。

 性格だって、時にくそ真面目で面倒くさいと感じる事もあるが、仲間思いのイイ奴だ。

 大丈夫。こいつは大丈夫。何があっても誰かを見捨てるなんて事できる奴じゃない。

 レオナはシグマを正面から見据え、ゆっくりと口を開く。


 長年の相棒に真実を告げる為に。

 

 


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