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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第6話 欠陥

 ダールは中庭でだいぶ蕾の綻んだ花を見ていた。

 それは彼が友人達と植えた花。


 彼と、ファズと――そしてレオナと。


 日はだいぶ傾き、そろそろ屋内へ戻らねばならない時間だが、膝をついた姿勢のまま花壇の前から動こうとしなかった。

 思考はあちらこちらへ飛び、気持ちの整理がつかない。

 ファズも同じなのだろう。何も言わず付き従っていた。

 一度、彼らの姿が見えない事を心配した女官が探しに来たが、ファズが片手を振って追いやった。外面の良いこの男にしては珍しい事だ。


 やがて陽の光が消失し、心許ない星明かりの下。すぐ傍に立つファズの姿すらはっきりとしない闇の中でも、蕾から零れだした花弁は自ら輝くように暗闇に浮き上がって見えた。


 心の中のざわめきが、限界を超えた。


「――ッ!」


 ダールは縁石に拳を振り下ろした。

 一瞬骨がしびれるような感覚がして、指の付け根がちりちりと痛んだ。

 

 しかし、彼は奥歯を噛みしめ、再び渾身の力で拳を振り下ろす。

 うっすらと血が滲んだ。


「――っざけんな!」


 震える声が木々の影に吸い込まれて消えた。

 胸の内を怒りが渦巻いていた。


 あいつは親友だったはずだ。

 それも、周囲に宛がわれた幼馴染達とは違う、自ら選んで側に置いた初めての友人。

 ダールにとって特別な存在だった。


 なのに!


 ダールは三度拳を握り締めた。 


 その時、これまで石のように動かなかったファズが息を呑み、飛び退きながら距離を取る気配を背中で感じた。

 振り返ると、道を空ける様に数歩後退したファズが隅で跪いていた。

 そしてその先には、ここに居るはずの無い人がいた。


 暗闇の中でもぼんやりと浮かびあがるような色彩のその人は、僅かな衣擦れの音だけを伴ってダールの前へ至ると、音もなく膝を付き、頭を垂れる。

「陛下……ご機嫌麗しく存じます」

 自分とよく似ていると言われる声が静寂を破った。

「兄上! どうしてここに!?」

 慌てて膝についた土を払い、右手を差し出す。

「いや、まずはどうか顔をあげてください。私達は二人きりの兄弟。臣下の礼など不要です」

 差し伸べた手に導かれ、ようやく立ち上がったのは、離宮に引き篭もったきり殆ど姿を現さないダールの兄――王兄シー・セアルだった。


 いったい何があったのだろう。体の弱い兄が自ら離宮を出て来るとはよほどの事だ。思えば最後に会ったのは戴冠式の時だったが、短い挨拶を交わした程度のもので、それが終わった後は宴にも出ずいつの間にか帰ってしまっていた。その前は先王の葬儀の時だったが、厳粛な式の間に私語を交わすこともできず、会話といえば移動のときに近況を聞かれたくらいだった。そう。二人が最後に会話らしい会話をしたのは……長兄が亡くなった時。もう何年も前の話だ。

 久しぶりに間近で顔を見た。

 よく声はそっくりだと言われるけれど、顔は人に言われるまでも無く似ていないと断じられる。

 兄はとても美しい人だ。


 彼は亡くなった母と瓜二つの優しげな笑顔で、父の若い頃と同じ顔をした弟を見た。

「陛下、この度はご婚約おめでとうございます」

 兄はあくまで臣下の立場を取るつもりであるらしい。だが、ダールの方は年の離れた兄に上からの言葉など掛けられなかった。

「ありがとうございます」

 ダールはそう言って兄よりも深く頭を下げた。

 兄は少し困ったように首を傾げる。美しい白髪がそれに合わせて揺れ、煌いた。

「駄目だよ。誰が見ているかわからない」

 ささやき声での忠告は、どこか嬉しそうでもあった。


 ダールは小さく咳払いをし、姿勢を正した。

「それで――兄上がわざわざ王宮まで来るほどの御用とはなんですか?」

「……陛下は、私が離宮にてクレーブナー家の者と共に生活をしている事をご存知ですか」

 意外な導入にダールは目を瞬かせる。

 慣例に則り、王族の側近兼護衛としてクレーブナー家から派遣された男の事だ。

「確かファズの叔父、でしたか」

 護衛対象である兄がそもそもあまり出歩かない人であるので顔を合わせたのは数回だけだ。甥のファズから甘さを引いたような顔立ちでやはり背の高い男だった事だけは覚えている。

「先程、その者の兄が私に面会を求めて参りました」

 その言葉を咀嚼し、考えをめぐらせる。

 ファズの叔父の兄と言えばファズの父。だが、その人の事ならばそんな回りくどい言い方をせず「クレーブナーの前当主」と言うだろう。ならばファズの伯父または叔父――だが、ダールの記憶に該当する人物は無かった。

 跪いて俯いたままのファズへ視線を向ける。気のせいか、体を強張らせているように見えた。

「兄上の護衛の兄というのは――」

「陛下はご存じないかもしれません。その者はクレーブナー家の次男に生まれながら素行が相応しくないと十代の内に勘当された男です。今はテート家の食客をしているとか……」

 食客、という言葉でようやく思い至った。

「ああ……アレフとかいう。あれは本家筋だったのか」

 ダールが水を向けると、ファズは黙って頷いた。

「なんでもテート家当主のレオナ・ファル・テートという男が、妃殿下になられる方の警護を担当するのだそうですね。

 そのアレフはレオナ・ファル・テートから警備計画の一部を漏れ聞いたのだと言っていました。そして、それを実行するには重大な問題――欠陥があるから陛下に進言して欲しいと言って私の元を訪れました」

「欠陥……?」

「今のままではこの計画は成り立たぬ――と、そう申しておりました」

「どういう事ですか?」

 ダールは問い返し、星明かりを背に白く輝く兄を見上げる。


 男は、赤い目を細く歪めて弟を見下ろした。



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