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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
花嫁の騎士
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第4話 我が主

*メイド視点

 空にはぽつりぽつりと雲が浮いている。

 雨の殆ど降らないこの地域の空は、いつでも快晴だ。だからこのようにふわりふわりと丸みを帯びた雲が浮いていることはとても珍しい。


 ――もう雨の季節がやってきたのだろうか。


 そんな事を思いながら、テート家に仕えるメイドの一人、シアは王宮へ向かう主人を見送る為に玄関ポーチで主人が出てくるのを待っていた。

 空を見上げ、雲を払う方法なんてあったかしらと考える。

 いつもならありがたいと思う荒地の雨も、今日ばかりは遠慮して欲しかった。


「夕方には降りだすかしらね……」



 * * *



「じゃあ、後の事よろしくね」

 レオナ様は笑って屋敷を出た。

「夕方には帰ってくるつもりだから、全員帰省の荷物を作っておいて」

 そう言うと、レオナ様はすらりと長い腕で見送りに出た二人のメイド――私とエマを抱きしめ、執事のシュタンさん、御者兼庭師のモーリッツさん、料理人のケヴィンさんと順に握手を交わした。

 これが今テート家にいる全員だ。

 以前は有力貴族らしくもっと大勢が仕えていたのに、その殆どをレオナ様が解雇してしまった。

 自分の給料じゃ雇いきれないといって。


 レオナ様という人は変わった貴族だった。

 

 私は父が先代の補佐を勤めていた関係で子供の頃からこのテート家にお世話になっている。だから自然と主の親族や家に出入りする方々のお名前を覚えていった。

 しかし、前の主の死の報せと共に齎された新しい主人の名には聞き覚えが無かった。なんと親族でも隠し子でもなんでもない少年を養子に迎えたというのだ。破天荒な人だったが、まさか遺言で死後に養子を迎えるなど――

 その後、前の主人がその新たな主人の手によって謀殺されたという噂すら流れてくるに至って、新しい主人に対しては不信感しかなかった。


 ――初めて顔を合わせるまでは。


 領地からここまで送ってきた兄の陰に隠れる大人しげな少年。彼は使用人たちの好奇と不信の交じった目に怯えていた。

 一目でわかった。

 この人は謀殺などできる人ではない。

 前の主がこの子を『何か』から守るために養子に迎え入れたのだと。

 『何か』が何かは分らなかったし、使用人ごときが詮索することでもない。

 ただ、お世話になった前の主人の遺志を継ぐ事が自分の務めだと察した。

 その日から、私は迷わず新しい主人に傅いた。


 レオナ様は大人しいが頑固な人だった。

 身の回りの事は自分でやると言って聞かない。

 軍人生活の長い前の主人も身支度などは一人でしていたから、着替えや入浴を手伝わない事には異論は無かった。だが、問題はそれ以外だ。初めて深夜に帰宅した時など、まるで泥棒のようにこっそり屋敷に入り、自分で夜食を作っていたのだ。レオナ様は「寝ている者を起こすのは忍びない」と言って聞かない。だがこっちだって「今日は帰れないかもしれない」と言って出て行った主人がいつ帰宅しても対応できるようにと玄関脇の部屋で制服のまま仮眠を取っているわけだし、夜食を作る事を含めての仕事の対価として給金を貰っているのだ。三日三晩続いた議論の末、最後には「メイドの仕事を取らないで下さい」と怒鳴ってしまった。それ以来、申し訳なさそうにではあるが、夜食を用意することを許してくれる。


 そして頑固の最たるものが、使用人の給料は自分で払う、と言い出した事だった。

 これはテート家の財産管理を任されている私の兄とも随分言い合いをしたらしい。

 結局、王都の屋敷には執事と御者に料理人、それにメイドが二人。それが妥協点とされた。それより少なければ来客に対して家格に対応した持て成しが出来ず不都合が生じるし、それより多ければレオナ様のお給料を超えてしまう、という事で。

 その為、古くからテート家に仕える五人を残して全ての使用人が新たに紹介された勤め先へと移っていった。

 後で兄から聞いた話では、できる事なら領地の屋敷に勤めるものたちにも自分で給料を出したいというような事も言ったらしい。さすがに軍人の給料ではそこまでは賄えないし、そこまで来ると個人の問題ではないからと兄が突っぱねた。

 だが、代わりに彼が領地に税金を納めるという事までは止められなかったという。

 

 私はこの頑固で不器用な主が結構好きだった。


 だから。


「――御武運を」


 遠ざかる主の背中に向かって、戦に送り出す時のように祈り、深く頭を下げた。








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