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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
秘密の花園
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第5話 兄弟

 いったい何が起きたのか。

 侵入者の報告はあの日を境にぴたりとやんだ。


 不思議には思いつつ、そしてそこへ第二王子の関与を感じつつも、一介の騎士に過ぎないレオナにそれを確かめる術もなく、ただ諾々と護衛の任務をこなしていた。

 それから更に数日。しばらく安寧が続いた事と、新国王の即位式が無事終了して王位継承問題が一段落した事、それに騎士達の疲労も極限に達していた事――様々な事情を鑑みた結果、今後は少しづつ通常の警備に戻して行くと決定された日。

 レオナは第二王子から王兄となったシー・セアル殿下の住む離宮に招待された。

 断る理由もなく、むしろ話を聞く好機だと、招待状を持って現れたアレフに着いていった。アレフに指示されるまま馬車ではなく徒歩で訪れたのだが、門番も侍女も特にいぶかしむ様子なくすんなりと通された。


 今日も美しい白い花々の咲き誇る庭園。それをテラスから眺めながら月明かりの下で白い貴人は「朝食」を取るのだという。

 思わず聞き返してしまったが、太陽に嫌われた体を持つ彼の君は昼夜逆転生活をなさっているから、この離宮では主に合わせて所謂「夕食」を「朝食」と呼ぶのだそうだ。

 レオナとアレフもそれをご相伴に預かり、当たり障りのない会話をしながらの食事は食後のイーカル茶まで至った。

 湯気の立つお茶を「ズズッ!」と音を立てて吸い込むアレフと対照的に、王兄殿下は陶器のカップを揺らして優雅に香りを楽しんでいる。

 だから油断していた。


「そうそう。ミラティスの花は咲きましたか?」

 殿下はなんでもない事のようにさらりと問う。

「い、いえ――まだ」

 レオナは少し面食らいながら答えた。

 殿下とはまだ先日の侵入者についての報告とダールに関する他愛も無い話しかしていないはずなのに。

「そんなに驚いた顔しないで。僕はそこにいるアレフから聞いただけ」

 口元で笑みを象って、殿下は続けた。

「ミラティスの事も、そこにかけられた約束の事も――貴女の生まれの事も」

 レオナに向けて発せられたのは、女性を意味する代名詞。

 それに気がついたレオナは一瞬眼を丸くする。

 そしてのんびり茶菓子に手を伸ばしていたアレフを睨みつけ――

「お、おいおい! 手! 手を剣から放せ!」

 抜刀寸前のレオナを見て、アレフは焦って腰を浮かせた。

「俺は別にあんたを陥れようとして言ったんじゃないぜ!?

 むしろあんたを心配してだなあ」

「心配?」

 レオナは剣の柄に添えた手を放さなかった。

 例え女に生まれ、十七まで田舎の村娘として育とうと、それ以降のレオナは戦場で手柄をあげて一般兵から騎士へとなりあがった剣士である。眼力だけでも気の弱い者なら逃げ出す程だ。

「心配していたらそんな話を軽々しくするのか?」

 

 ――カチ


 鍔鳴りが静かな庭園に響く。

「お前、この間『ファズにも話してない』とか言わなかったか」

「お、おい! レオナ! 俺の話を聞け! シー! 助けてくれよ!」

 及び腰で後ずさりつつ、必死の形相でアレフは叫んだ。

「おい、シー!」


「本当ですよ」


 それは静かな声。しかし確かな声。

 白い貴人は動じることなく言い。そして湯気のたつお茶を一口含んだ。

「イーカル茶も良いけど、やはりアスリアの青花茶はまた一味違って良いね。

 ええと――何の話だっけ?」

「シー……」

「ああ、そういえばアレフの言い訳」

 アレフは恨みがましい眼を貴人に向けた。

「あれは確か、レオナの戸籍を確認してくれとか言う話だったね」

 ちらりと紅い瞳がレオナに向けられる。

「オレの戸籍?」

「父が殺された日の明け方に、私の所へ押しかけて来たんですよ。

 ダールの配下にいる貴女が一番に疑われるだろうから戸籍をいじってくれ、と。

 貴女の場合、いくらアレフがアリバイを証明したとしても、調べられて女だと知られたら別の意味で危なかったでしょうから」

 殿下はこともなげに言う。

 しかし、レオナがその話を咀嚼するのには、随分な時間を要した。

「じゃあ――」

 アレフを見た。

 いつも軽薄そうな男は、いつもよりさらに軽薄に笑い、そらみろ、と言った。

「シー・セアル殿下。それは本当ですか」

「ええ」

 シーが頷くと、純白の髪が一房肩からすべり落ちる。老人の白髪と似た色なのに、艶はまったく違う。月明かりを跳ね返してきらきらと輝いた。

「……ありがとうございます」

 剣から手を離したレオナは殿下に深々と頭を下げた。

 貴人は大した事ではないという様に首を横にふり、顔をあげるようにと言う。

「書き換える必要はなかったので、私は確認させただけです」

「やっぱり」


 ――でも、そうだな。戸籍をちょっといじるくらいならできる――って言っておこうかな。


 あの日のダウィの声が頭をよぎった。

「貴女は、知っていたんですか」

「そうじゃないかと、思っていました」

 あの全てを見透かしたような目をした男が書き換えたのか、それとも……

「なんだなんだ」

 アレフが割って入ったがレオナは無視した。

 殿下が代わりに囁いた。

「ただの誤謬だよ。多分ね」


「それで、ミラティスの花にはどんな願いをかけたのですか」

 また話が元に戻った。

 特に隠す必要もない。レオナは正直に答えた。

「この国に、真の平和を」

「この国は――平和になりますか? イーカルは戦いの国。平和が訪れてもすぐに戦が起こるでしょう」

 イーカルは戦いの国。それはただこの国が戦に強いと言う意味の言葉ではない。

 この国は不毛な土地で生き抜くために絶えず他国と争い続けなくてはならない国である、という意味だ。豊かな土地を侵略し、搾取し、賠償金をせしめ、時には反乱を潰す事でその土地の全ての財産を奪い取る。そうして成り立ってきた国だから戦いをやめたら国民全てを生かす為の食料を賄う事が出来ず、国は崩壊してしまう。

 やはり王家の方は山積する問題をきちんと理解なさって現実を見ているようだ。

 レオナは椅子に座りなおして王兄に正対した。

「恒久的な平和はまだ少し先になりそうです」

「先、ということは」

「ダール陛下は、きっとそれを成すと信じています」

 レオナの言葉に王兄は満足そうに笑った。


 今晩、食事をしながらダールの幼い頃の話を聞いたりして気付いた事がある。それは、ダールと王兄殿下は――レオナの思う、所謂「普通の兄弟」とは違ったのだろうが、それでも二人の間に兄弟愛が存在するのだという事だ。

 この方は年の離れた弟の事を褒められると嬉しそうな顔をする。

 それは母と長兄を早くに亡くし、父を殺そうと思うほど厭うていた親友にも「家族」が居たとわかった瞬間でもあった。

 だから殿下につられて思わずレオナも相好を崩した。

「レオナ。これは秘密ですよ」

 そうふっておきながら、殿下はもったいぶってお茶を飲み、庭園に眼をやり、月を仰ぐ。殿下は「秘密の話」に身を乗り出すレオナを見て楽しんでいるようだった。

 焦れてきたのが伝わったのかまた満足そうに微笑んで、殿下は口を開いた。


「ダールは結婚します。ヨシュアの姫君と」


第4章 「秘密の花園」 終

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