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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
錆色の空
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 閑話 旨くはない酒と渋い実

第三章 錆色の空

  6話 出会い と 7話 救護用天幕  の間の話


将軍の部屋で寝泊りするようになったばかりの頃。

部屋には将軍の取り巻きが毎晩酒を飲みに来る。

自然とレオナもその輪の中に混じるように――

 


 一歩踏み入れればもう足の踏み場も無い。

 レオナはため息をつきながら足で男達を掻き分ける。

「おまたせしましたっとー」

 歓声を上げる男達の真ん中に両手に持っていた皿を置く。その横にダウィが更に二つの皿を並べる。

 どれも大皿だが、腹をすかせた男達の胃袋がこれで満足するわけもなく。


「あー? これだけかー? 足りねえぞ新入りー」

「ついでに酒とって来いよ、酒!」


 口々に叫ぶ男達。

 イーカル国軍の中でも異民族ばかりを集めた第二連隊の面々だ。

 連隊長に副連隊長、中隊長に小隊長……ただの一般兵に過ぎないレオナより階級が上のものばかり。使われるのは仕方が無い。いや、そこは割り切っているから良いのだ。


「でも酒って、竃場と逆方向じゃねえか……」


 肩を落とし、とぼとぼと廊下を進むレオナの肩をダウィがぽんと叩く。

「後二往復ってとこかな」

「……二往復……」

 レオナが世話になっている将軍の部屋は砦の最奥に近い部分にある。屋外にある竃場まではかなり距離があるのだ。昼間の戦闘で疲れた体にはきつい。

「あ。新入り」

 薄暗い廊下の向こうから歩いてきた人影が親しげに声を上げた。

「えーと、ペール中隊長?」

「あったりー」

 ふわふわと体重を感じさせない不思議な歩き方をする男だ。三十代の中堅どころな年齢なのだが、親しみやすい雰囲気があり、一般兵のレオナとも良く話してくれる。

「そろそろ足りなくなる頃かと思ってな」

 両腕に抱えていた酒瓶をこちらに掲げる男。

 そして、レオナの背後からは――

「なんだ。お前が取ってきたのか」

 低く地を這うような声がする。

 見上げるほどの巨躯。副連隊長のシグマだ。

 びくりと背を縮めるレオナとは反対にペールはへらへらと手を振る。

「あ。お前も酒取りに行くとこだった?」

「……便所」

「はいはい。一番近い便所は反対方向だけどな」

 ペールはそう言って酒瓶を一本押し付けた。何も言わずそれを受け取り、踵を返す副連隊長。

 第二連隊の男達は、なんだかんだ言ってぬるい。

 イーカル族中心のイーカル王国において、迫害されがちな異民族の寄せ集めだ。異民族といっても単一民族ではないため仲良しこよしとはいかないが、それなりに助け合う関係ができている。そして所属する連隊は違うとはいえ、異民族らしい色彩を持つレオナもすぐに仲間と受け入れられた。


 遠ざかる二つの後姿を見送ってレオナは思わず笑顔をもらす。

「はは。良いヤツ」

「あれでも外じゃ『鬼』なんて呼ばれてるんだよ」

「オニ?」

「うん。鬼。鬼族。昔中央山脈の辺りに居たっていう巨体の戦闘民族だよ。異界の血を継いでいるとかで人間とは違う見た目と体躯に見合う怪力だったっていう話。絶滅したらしくてさすがに俺も見た事無いけど、あの辺りの伝説では人も襲って食っていたとか? それで今も恐れられてるんだって」

「へー。あの副連隊長でかいもんな」

「それくらい強いって事だよ。ええと、俺がこの軍に出入りするようになって五年かな。その間に出会った軍人の中で最強はあいつだと思うよ」

「そんなに」

 確かにあの骨格や筋肉は只者ではないと思わせるものがあるが。

「へー……最強、ねー」



  * * *



 三往復目にようやく座る許可がでて、料理を盛った皿と酒を両手に持って部屋を見回す。

「座って良いって言われても座る場所ないな」

 それなりに広いはずの将軍の部屋だが、これだけの人数が入ると人いきれする。

 殆どが第二連隊の幹部たちで、下っ端もいくらかいるようだ。

「レオナ、こっち」

 ダウィに導かれ、部屋の隅に積み重ねられた毛布の影に向かう。

 多くの者が将軍を囲むように座っているおかげでその辺りだけはなんとか空いていた。

 膝を抱えるようにすわり、二人で小さく乾杯する。

「今日も夜を迎えられた幸運に」

「幸運に」

 口をつけた酒はあまりおいしいものではないが、ないよりマシだ。寝つきが良くなる。

 肉は血抜きのあまい獣肉を焼いて塩を振っただけだし焼きすぎ。スープの具は刻んだ緑の葉っぱで味付けは干し肉の塩味のみ。

「不味い」

「手厳しいね」

「この葉っぱ苦いんだよ」

「具があるだけ良い方。戦況が悪くなるとこれすらなくなるから」

「なんていう葉っぱ?」

「釘葉草。裏の川の周りにわさわさ生えてるよ。強肝作用があるって」

「ダウィは何でも知ってるねー」

「この辺りは知らない植物だらけで最初の頃に調べまくったんだ」


「なんだまた難しい話か」


 横合いから口を挟んだのは王子ダール。

 王子といっても想像していた王子様像とはだいぶ違って、普段は村にいる悪ガキとそう変わらない。数日一緒にいればそれなりに支配者階級らしい一面を見ることもあったが、本人がそう扱われる事を望んでいないのでこの部屋の中でだけはただの少年として扱う。それが暗黙の了解であるようだった。

「難しくないよ。食べられる植物と食べられない植物を分けただけ。兵糧が足りなくなった時に必要でしょ」

「確かにな――この辺りにも毒のある植物は生えているのか?」

「あるある。砦の入り口の脇に生えてる黄色い花とかね。後は紅小樒の実みたいに渋すぎて食べられないのも」

「あー、川の近くで見た。赤い実だろ。あれ食えないのか。うまそうなのに」


「え、あれ美味しいよ?」


 レオナの言葉に周囲の視線が一斉にこちらに向く。

「口に入れた瞬間に吐き出すだろ、あれ」

「毒だよ、毒!」

「いっくら水飲んでも歯茎がしびれたみたいになってなー」

 試しに食べてみたものは一人二人ではなかったらしい。

「あれは、酢か酒に一晩浸けておけば渋みが抜けるんだ。そしたら甘くなる。そのまま食べても良いけど他の果物と一緒に煮てジャムやソースにしたり……あ、こういうさ、堅い肉を煮るときに入れると柔らかくなる」

 皿に盛った肉をつついて見せた。

 この辺りの森に居る獣の肉だ。ペールたちが仕掛けた罠で取れた貴重な新鮮な食材だが、家畜ではないので工夫をしないと堅くて食えたものじゃない。

「へえ……それは知らなかったな」

 ダウィが感心したように言い、荷物から取り出した帳面にさらさらと何か書き付ける。複雑な異国の文字だ。きっとその変わった形のペンも異国の何かなのだろう。

「あの植物はこの西側地域にしか生えてないからさ。誰も食べられるなんて思ってなかった」

 なるほど。レオナの生まれた村はここから馬車で二日ほどの場所だから同じものが生えていたが、そこから更に十日は行かなければならない王都には生えていないという事か。

 そういえば王都の辺りまで行くとそもそも草木が殆ど生えないほど水が少ないと聞いたことがある。

「浸けておく時間が無い時や酒が無い時は茹でるんだよ。皮が破けるくらいまで茹でてからお湯を捨てると少しは渋みが抜ける。後は潰して暫く肉を浸けてから焼く。サラダに混ぜても良い」

「なるほどなあ……」

 ダールが腕を組み、真剣に考え込む。

 悩むような内容の会話だったろうかと首をかしげた。


「それが、その地に生きる者の知恵よ。大陸中の本を読みつくしたダウィ殿でも知らぬことを当たり前に身につける」


 ふらりと現れた将軍が王子の肩を叩いた。

 やだなあ俺なんてまだまだ、と笑うダウィを余所にダールはまだ思い耽っている。

 将軍はそんな様子に気にも留めず、背後の男達へ呼びかけた。

「おい、明日の調理担当はどこだ?」

「ウチです。後で試してみるように伝えときます」

「任せた」




 毎日のように繰り返された、そんな飲み会。

 そこに集まる顔ぶれもあの戦いで――



「おい、レオナ!」

 ついたぞと肩を叩かれてはっと顔を上げる。

 目の前には墓石が三つ。

 若くして死んだ令嬢と、奥方と、それから……将軍と。


 もうすでに墓参りに来た者があったのだろう。花や酒瓶が墓前に並んでいる。そこにレオナは故郷の果実酒を加えた。

 赤い花に白い花に黄色い花、果実酒に穀物酒に蒸留酒に……決して定番のものに捉われず、色も産地も値段もばらばらなその供え物を見ていると、あの日の飲み会を思い出す。

「ほんっと不思議な人だったよなあ……」

 このバリエーションに富んだ供え物のように色んな人間が居た。

 生まれも育ちもばらばらなのに彼を中心に集まった者たちは、少なくともあの場所では仲間だった。

「求心力のある人だった」

 背後からの声に笑った。

「そうだね。凄い人だった」



「――お前も、立派に跡を継いでるよ」



 振り返れば、ぽんと頭を叩かれる。

 そうか。少しは近づけたのだろうか。あの人に。




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