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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
錆色の空
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第16話 一刻

「引け! レオナ!」

 敵兵の繰り出す剣を避け、レオナは一歩退いた。

 次の攻撃を避けて、更に一歩。

 ――と、茂みの中から影が飛び出す。

「ぐあっ !!」

 将軍の剣がサザニア兵の腹へと斬りつけた。止めにレオナが喉仏を切り裂く。サザニア兵は地面につっぷし、痙攣した。

 俄かの連携であったが、しばらく寝食を共にしてきたお陰か巧くいっている。二人は目で合図を交わし、残党を探して奥へと進んだ。



 奇襲は成功し、今のところは将軍の計算通りに進んでいる。

 シグマの率いる第二連隊の主要中隊は狭い道を塞ぐように陣取り、サザニア軍とぶつかっている様子だ。

 こちらの人数が圧倒的に少ないとはいえ、何せ細い山道。一度に相手をする敵の数は限られている。少人数での奇襲という行為自体は賭けであったが長時間にならなければ無茶なものではない。

 勿論サザニア軍は山の中を分け入ってサイドから攻撃しようとしてくるだろう。レオナを含む第一中隊の役目はそんなサザニア兵を見つけては潰していく事だ。最初に見つけたのはイーカル国軍で言う小隊二つ分位の規模のグループだったろうか。それ自体は第一中隊による総攻撃でその殆どを叩くことができた。しかし、残党が散り散りになりながらまだ足場の悪い斜面をうろついている。レオナ達はそれを殲滅するために木々をかき分けて走っていた。


「居た! 三人!」

 レオナは茂みの向こうの獣道を行く人影を見つけた。

「オレ、行きます」

 将軍に断り、右側から回り込む。

 そして敵兵より少し手前の低木をわざと鳴らし、奴らの前に姿を見せる。

「あっ」

 レオナは慌てて立ち止まる。

 そしてはっと我に帰り、背を向けて逃げ出す――演技。

 思った通り、敵兵は『怯えて逃げる少年兵』を嬉々として追い掛け回し始めた。


 最初のうちこそ団子になって着いて来る男たちだったが、落ち葉で滑る急坂と左右から突き出す木の枝が邪魔になってすぐに一列となった。

 追っ手一人一人の間に少し距離が開き始めた頃レオナは最後のダッシュをかけた。

 そして、追い詰められたかのように奴らに剣を向ける。

 少し内股な所や剣先が震えているのも勿論演技だ。

 先頭を駆けてきた男が勝利を確信した笑みで切りかかるのと同時に、迷いの無い太刀筋で剣を振り上げる。

 男の叫び声と重なるように、後方でも悲鳴があがった。茂みに隠れていた将軍が一番後ろの男に背後から切りかかったのだ。

 突然の出来事に一人残された男がおろおろと辺りを見回すその隙を、レオナは見逃さなかった。迷わずその喉笛を斯き切る。

 そして首から鮮血を撒き散らしながら呆然と立ち尽くす男を蹴倒し、将軍の元へと駆け寄った。

「お怪我は?!」

 剣にこびり付いた血を木の葉で拭いながら将軍がニヤリと笑う。

「これしきの事で。お前さんこそ」

「まだいけます」

 走った事で多少息はあがったが、大した事はない。

 汗を拭いながらそう告げると、将軍は血に濡れた木の葉を投げ捨て、レオナの背後に剣を向けた。

「それは良かった。次は大勢さんのようだ」

 先程の叫び声を聞きつけてきたのだろうか。

 十人ほどの兵士が林の向こうに見え隠れする。

 こちらに気づくのも時間の問題だ。

 レオナは迷わず駆け出した。


「レオナ! 『人間が一度に相手できるのは一人』だぞ!」


 手近に居た男に切りかかるのとほぼ同時に、斜め後ろから将軍の声が追いかけてきた。

 ――と思ったら、右手の岩の陰から一人見逃していた敵兵が飛び出してくる。

「くっ!」

 不意打ちはなんとか交わしたつもりだった。

 しかし、最初に切り結んだ男の剣が左腕を掠める。

「――っ !!」

 思わず剣を取り落としそうになる腕を意思の力でなんとか押さえつけ、数歩下がった。

 ちらりと目を走らせると、将軍は別の男と切り結んでいる。援護は期待できそうにない。

 そして目の前には二人。その後ろからは更に四人ほどがレオナの方へと向かってきている。

 レオナは覚悟を決めた。

 剣を握りなおし、不意打ちを仕掛けてきた男へと向き直った。その左奥でこちらの隙を伺う、最初に切りかかった男が見えるが、意識から排除する。

 道場で剣の訓練を受ける時のように目の前に立つ男だけをしっかり見据え、レオナは地を蹴った。

 渾身の力を込めた最初の一撃はあっさりと弾き返された。舌打ちをしつつ、首を狙ってきた剣を屈んで避け下から剣を突き上げる。

 喉笛を狙ったつもりだったのだが、わずかにそれて頚動脈が切れた。

 熱い血の雨がレオナの視界を遮る直前、左側から繰り出される刃を見た――ような気がした。



  ――どうっ!



 音を立てて倒れたのはレオナではなく、左手から掛かってきた男の方だった。

 何事かと首を廻らせると、そこには白い影。

「タイ?!」

 一昨日川原で襲われた時のように、あの白い大きな犬が体当たりでレオナを救ってくれたのだ。そして次に襲い掛かってきた大柄な男の腹を、突然現れて横薙ぎにしたのは――

「ダウィ!」

 ほっとしたのも束の間、タイに突き倒された男がうめきながら起き上がってきた。

 レオナは慌てて剣を持ち直すと、未だふらついた様子のその男を、かった。


 いつの間にか囲まれていた。

 レオナはダウィと背中を合わせるようにして隙を減らし、辺りを見回した。

「ファズは? 一緒じゃないのか?」

「すぐに追いつくはず」

 ダウィは応えながら剣を捨てた。そして腰から短剣を抜き、構える。

 将軍は――無事なようだ。敵兵の壁の外で剣と剣のぶつかり合う音や剣が防具に当たってはねる音、それに男たちの悲鳴が響く。

「一点突破するよ。俺が援護するからレオナはまっすぐ正面。走って!」

 言葉に背中を押され、レオナはジリジリと迫ってくる男たちの一角を崩しにかかった。視界には入らなかったが、ダウィがすぐ傍に張り付いていてくれるのを感じる。

 なんとか壁を崩し、包囲を走り抜けると右手からファズが飛び出してきた。

「レオナ!生きてますか?!」

 横目でレオナとダウィの姿を確認し、ファズは手近にいた男を引き倒した。そして声をあげる暇すら与えず、その首をナイフで掻き切る。

 鮮やかな手つきだった。

 ダウィが冷やかすように口笛を吹く。

「さすが、クレーブナー家」

「それ、褒め言葉ですか?」

「褒めてんだよ」

 息ひとつ乱さない二人の短剣使いの応酬の間にも、いくつもの悲鳴があがった。それは一方的な殺戮。

 あっという間に地面が血に染まり、折り重なった死体が辺り一面に散らばった。

「将軍は?」

 最後の一人を地面に静めたファズが聞いた。

「あっち!」

 山の中へ消えていく獣道の前にタイが居た。ついてこいという様に背中を向けて茂みの中に入って行く。

 三人はタイを追って獣道を辿った。


 時折血の滴った跡や朱房のついた剣、それに『本体』なんかが転がっているのは、将軍が善戦した跡だろう。

 やがて林の途絶えた広場に将軍は居た。

 倒木に腰かけ、レオナ達が来るのを待っていたようだ。

「遅かったじゃねぇか」

 唇の片端を歪めて笑う。

 足元には二つの死体。

「ご無事で!」

「あんなもの大した事無いわ。それよりも、ほれ」

 将軍は右手の崖下を指差した。

 風になびく旗は緑地に黄色の聖獣。ダールだ。

 援軍と合流したダールが山を登って来ている。

「あの馬鹿、真っ先に斬り込む気だな」

 先頭を走るのは間違いなくダールの愛馬。その脇がファズの兄で、すぐ後ろをおいて行かれまいと食いついていくのが第七連隊長らしい。

「まったく。あれで次期国王だってんだから自覚が足りねえよなあ。

 ――ファズ。迎えに行ってやらんか。アレを守るのはお前の役目だろ」

 将軍の言葉にファズは頷き、崖下に下りる道を転がるように下っていった。

「約束の一刻は守りきれたようだな」

 将軍は燃えるような朝焼けに目を細めた。


 直後。


 どさっ!


 老将軍は崩れ落ちるように地面に倒れた。

 慌てて駆け寄ったレオナが助け起こす。

「――え?」

 半乾きになった返り血とは明らかに違う、生暖かいぬめり。

 見ると将軍の背中が真っ赤に染まっていた。

「将軍――っ!」

「だから言ったろ? 『人間が一度に相手できんのは一人』なんだよ」

 将軍は苦しそうに呻く。

「悪いが、そこに座らせてくれねぇか?」

 レオナは言われるままに、倒木に背を預けて座らせた。

「ダウィ殿……儂ぁ、死ぬなぁ」

「魔術か何かで血を止めない限り、死ぬでしょうね」

 ダウィは将軍の前に跪いた。

「残念ながら俺は魔術なんて使えないけど、もしここに血を止める術を持つ者がいたら。将軍は助かりたいと願いますか?」

「いーや、思わねぇなぁ……

 だってほら、見ろよ。あそこにフィリスとエレナがいるんだぜ?」

 眼下に広がる景色は一面、林の緑。その中に一箇所だけ黄色の点がある。

 それは将軍の家族の眠る墓地に咲く花。

 あの黄色い花を咲かせる背の高い木。

「あれが見える所で死ねるなんざ、最高じゃねぇか……」


「ああ……そうだ……さっき渡し損ねたもんだ……」

 将軍は震える手で懐から折りたたんだ紙の束を取り出した。

「国王宛の手紙だ……あの馬鹿王に渡せって…ダールに、言ってくんねえか……」

 最後の方はもはや消え入りそうな声だった。

「なぁ………ダウィ殿………

 あん時もし……あんたらの誘いを…受けてたら…なぁ……儂ぁ……別の死に方…してたのかなぁ……」

「大して変わりませんよ。職業や称号程度じゃ、人の生き方まで変えられません」

「そうかぁ……」

「だけど、ファズやレオナとは出会わなかったかもしれませんね」

「…………そうかぁ………」

 将軍は唇の片端をわずかに歪めて、笑ったようだった。

 そして、将軍は遠く響く鬨の声を聞きながら、静かに息を引き取った。


 しだいに冷たくなっていく老兵の後ろで、朝焼けが鉄錆の色に染まっていた。



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