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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
錆色の空
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第15話 戦支度

「サザニア軍が来るとしたら……こちらの方向ですね」

 背後に声をかけつつ、ファズはまだ暗い西の方へと目を凝らした。


 急な坂道を登り、小さな山の頂。

 背後の斜面にはエレナの眠る墓地があった。

 そして正面には 小さな盆地。その向こうの山が国境だ。

 国境を越えこちらへ侵攻してくるというのなら、必ずこの山を抜ける。

 それが最短ルートであり、そしてそれしか選択肢になりえないからだ。他の道はといえば、左手の高山か、右手の川原かだが、草木も生えぬ岩山も巨大な岩がいくつも転がる奇景も、敢えてその道を行く事は無いだろう。少なくとも、馬に跨ったり重い防具を身につけた人間は。


 案の定――


「ファズ、あそこ」

 ダウィが何かを見つけ、指差した。

 木々の繁ったあたりに灯りが見える。


 炎か。


 民家が焼き払われたのだろう。

 あのあたりには小さな集落が点在していたはずだ。


 ――やつらはどこにいる?


「居た!」

 小さく叫ぶ。

 思ったより近い。

 旗印こそ確認できないものの、赤い旗が風にひらめくのがなんとか確認できる。

 すぐにここへも到達するだろう。

 ファズは腰の短剣を確認した。

 大軍相手にたった二人。こんなもので何が出来る。

 わかっていても、それでもあの場所を汚されたくなかった。ただの我侭だ。

 結果、巻き込む形になってしまったダウィには申し訳なく思っている。いや、ここに至るまで何度も「一人で戻れ」と言ったのだ。しかしすべてあの穏やかな笑顔で流されてしまった。そして、この絶望的な状況にも関わらず、彼は笑みすら浮かべながら愛剣の刃こぼれを確認している。

 

「ったく、逃げろと言うたろうに」


 ダウィではない。

 それはよく通る、少ししわがれた声。

「将軍!」

「本当に、儂の周りは言うことをきかん者ばかりか」

 将軍はため息をついて、後ろに眼をやった。

 悪路を上ってくる十数騎。乗り手はどれも将軍の取り巻きである第二連隊の若い兵だった。

「皆死にたがりよ」

 老将軍は苦笑した。

「ひどいなあ、将軍」

「俺たち、ただ心配なだけなのに」

「そうそう、将軍が老体に鞭打ってぎっくり腰にでもならないかと」

 男たちは一斉に笑った。

 そんな中、馬から飛び降りたレオナは一人口を尖らせていた。

「オレなんて、無理矢理連れて来られたんだぜ?」

 お尻も痛いし、手もこわばった。いや、落馬の恐怖におびえ、顔の筋肉すらこわばった。

 それでも、と言って、レオナはよく兵士達がするように唇の端を歪めて笑って見せた。

「まぁ、エレナ姫の墓を見れたんでチャラにしてやるよ」

「――ぶっ」

 ファズが大きく吹き出した。

「レオナにまで話したのですか?!」

 非難がましい眼で将軍を見据える。

「……ダールは『俺は何も聞いてないぞ!』と怒り狂っていたな」

「将――」

「将軍!」

 ファズの抗議の声をさえぎるように、遠くから割って入る声があった。

「ボルディアー将軍!」

「シグマ! お前まで来たのか!」

 跨る馬より大きいのではないかという巨漢の男は第二連隊副隊長――連隊長が負傷し脱落した今、実質的な指揮者であるシグマ。

 やはり将軍の取り巻きの一人だ。

 そのシグマが馬をおり、将軍の脇に立つ頃には、更に数十騎が山頂へと登ってくる。

 それは彼の部下である第二連隊の面々。

「お前ら、何しにきた」

 将軍があきれ返った顔で問い掛けると、シグマは憮然とした顔で髭に囲まれた口をもそもそと動かした。

「将軍を追いかけてウチの連隊の連中が離脱しやがったので」

 シグマに睨まれ、レオナの背後で最初に将軍の後を追いかけてきた者達が首をすくめた。

「ダール殿下に報告したところ、『第二連隊全員を率いて連れ戻しに行け』と」

「あの馬鹿王子め……」

 頭をかく将軍に、シグマは追い討ちをかけるように告げる。

「ついでに『敵軍と出くわした場合には第二連隊副隊長の判断において交戦も許可する』とおっしゃってました」

「しかし、シグマ。

 見てのとおり、敵は数千。儂らは百十。勝てる戦ではないぞ」

「ダール殿下は『耐えろ』とおっしゃいました。

 『一刻耐えれば援軍と合流し、お前たちを迎えにいく』とも」

 また「馬鹿王子めが……」と呟き頭を掻く将軍に、ダウィはいつもの調子で笑いかけた。

「合流しようって分だけ王子らしくなったじゃないですか。

 昔なら一人ででも飛び出してきましたよ」

「ま、まあな――」

「それに、ゲリラ戦は将軍の得意とするところですし」

「奇襲といわんか、奇襲と。まったく人聞きの悪い」

 将軍は愛馬の手綱を離した。

「一刻、だな」

「はっ」

 シグマをはじめ何人かが将軍にならって馬をおり、手綱を離した。

 よく訓練された軍馬たちは腰を軽く叩かれると主人に背を向け、もと来た道を戻っていく。

 将軍はその後ろ姿を見送りながら剣を抜いた。

「本隊到着まで、我々はこの山を守る。

 サザニア軍は一人たりとてこの山を通すな!」

 シグマはうれしそうに敬礼をし、部下に命じた。


「散れ!」


 待ってましたとばかりに誰もいなくなった。

 ある者は徒歩で茂みに分け入り、またある者は馬で山を下り、そしてまたある者は林の中へと消えていく。

 残されたのはレオナ達のみ。

「怒涛の勢いの人たちだなあ」

 そう呟いたのはダウィだった。その言葉に、ファズも大きく頷く。

「だけど今は頼もしい味方です。なにせ、将軍自らゲリラ戦を仕込んでいる連隊ですから」

「こらファズ! 奇襲と言えと言っているだろうが」

「トラップを仕掛けたりする連中がですか」

「罠も戦法」

 将軍はようやくいつものようにニヤリと笑った。

「さて、行くかな」

 坂を下ると道が細くなっている所に罠を設置している連中がいた。

 その更に下……やや平坦になったあたりが奇襲を仕掛けるポイントらしい。道自体はここもあまり広くない。剣を振り回すにはむしろ狭いような気がすると言うと、敵の数に対して味方が少なすぎるからあまり広い所だと囲まれると説明された。

 木々の間に見知った顔がいくつも見える。将軍は道を進みながら次々に指示を飛ばしていく。

 一通りの確認が終わったところでファズが聞いた。

「それで、将軍。我々はどうしましょうか」

「体術の得意なファズは小回りの効くダウィ殿と、儂はレオナとだろうな」

「別れるんですか?」

 一緒に動いた方が良いのではないだろうかとレオナが率直な疑問を口にした。

 すると将軍は口の片端をゆがめながら答えた。

「ああ、レオナは知らんのか。ゲリラっつーのは、前衛と後衛と二人以上で動くのが基本なんだ」

 そう解説する将軍に、ファズが思わずつっこみを入れた。

「やっぱりゲリラなんじゃないですか」



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