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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
錆色の空
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第11話 間諜

 ダウィはレオナを将軍の部屋まで送ると、水浴びしてくると言ってまた外へ出て行った。

 会議が長引いているらしく将軍はまだ戻ってきていなかった。それどころかレオナが水浴びをして出てきても、部屋の隅でさっぱりした顔のダウィが本を読んでいる他は誰も居ない。

 膠着状態が人的にも国庫にも負担となっているため、なんとか状況を打破しようとお偉方が毎晩あれこれ話し合っているらしいという事はしがない一般兵に過ぎないレオナにもうっすら伝わっている。

 今晩将軍が戻ってきたら腰でも揉んでみようかと思った。剣の師匠が筋肉のこわばり易い体であったため、マッサージは結構得意なのだ。


 水浴びのついでに洗った服を部屋の隅に干す。

 ぽたりぽたりと落ちる雫が床に敷き詰められた石に吸い込まれていった。

「なぁ、ダウィ」

 濡れた髪を拭きながら、何気ない風を装って聞いてみた。

「さっきさ、お前――眼、緑色っぽくなかった?」

 先程暴漢に襲われた時。ほんの一瞬だったが、緑色に見えたような気がした。

 ダウィは読んでいた本から顔を上げ聞き返す。

「緑?」

「川のところでさ。お前が短剣持ってた時になんかいつもと違った」

 レオナの訴えに琥珀色の眼が柔らかく細められた。それはダウィのいつもの笑顔で。

「なんだろう。光の加減かな」

 どんな加減で金が緑に見えるのか。そう言い返そうとしたが、丁度その時扉の向こうで数人の足音が聞こえた事で機会を逃してしまった。

 会議を終えた将軍が戻ってきたのだろう。そう思って戸口の方へ目をやると同時に「バタンッ」と大きな音を立てて扉が開かれた。

 この乱暴な開け方はダールだ。

 雑なところはいつもどおりだが、今日はどこか違う。無言のままガタガタ音を立てて椅子に腰を下ろす。

 続いて入ってきたファズと将軍も揃って険しい顔をしていた。二人はテーブルに着くことなく、王子の後ろに控えた。

「……どうかしたんですか?」

 いつもと違う雰囲気にレオナも顔を引き締めた。

 しかしテーブルの向こう側に立つ者達は難しい顔をするばかりで誰も口を開こうとしない。

 しばらく、松明の爆ぜる音だけが部屋に響いた。



「――会議で何かありましたか?」

 最初に口火を切ったのはダウィだった。

 ピクリと眉を動かしたのはダール。周囲の視線を集めた彼は一度こくりと喉を鳴らした後、簡潔な言葉で答えた。

「サザニア軍が移動している」

 そしてそれを引き継いだのはファズの強張った声だった。

「ここの所小競り合いばかりだったでしょう。さすがにここまで膠着すると幾許かの不安もあったので僕の手の者に様子を見に行かせました。それが先刻戻ってきたのですが……」

 ファズは言葉を濁し、その先を口にすべきか迷っているようだった。

 それを見て言葉を継いだのは将軍だ。

「結論から言やあよ。儂らが相手にしてたのは陽動だった。敵の本隊は一度撤退し、西に向かって移動したみてえだな。

 それを踏まえて、さっきまでの長ーい会議で話し合った。で、儂らも最低限の兵を残し移動して敵の本隊を待ち伏せようって事になったのよ」

「まぁ、そんな所でしょうね」

 ダウィがうなずくのを見ると、ダールが組んでいた腕を解きテーブルに置いた。

「問題は奴らがどこへ向かって移動したかだ。それがわからないと待ち伏せようにも場所が定まらない。――ダウィはどう思う?」

「西でしょう? ファディア、スラディア、ディッチ――」

 ダウィはここから西方の地名を上げていく。どこもこの国にとっては重要な街であり、そのうちのどれを狙ってくるかはそれだけでは判じかねるところだ。

 指を折りながら街の名を上げ続けるダウィをさえぎったのは将軍だった。

「違うだろ、ダウィ。ダールもだ。この男にそういう聞き方をしちゃいかんのよ。

 ――ダウィ。お前さんなら奴らがどこに行くか知ってんだろ?」

 ダウィは真顔になって眼を細めた。

 視線を上げた先では将軍がダウィの事を睨みつけるように見下ろしていた。動きを止め、しばらくの間将軍と見つめあっていた彼はやがてゆっくりと口を開く。

「……俺に判るのは、サザニア軍が西に向かっていることと、現在はスラディアの国境を挟んだ反対側辺りを通過中って事くらい」

 先程までのどこか力の抜けた声とは違う、感情の篭らない淡々とした声だった。

 しかし、その答えは淀みなく明確で。

 レオナは目を見開いて隣に座るダウィの横顔を見つめる。琥珀色の瞳が松明の火を映し金の光を揺らめかせた。


 ――ただでさえ他国人だってだけでスパイ扱いなのに


 脳裏をよぎったのは、ついさっき彼自身の口から聞いた言葉。


 スパイ……? スパイだからこれだけの事を知っているのか……?


 混乱するレオナを余所に、将軍はなおも問いを重ねた。

「目的地は?」

「それは俺じゃ判りません」

「……さっきな、外で白い鳥が飛んでいるのを見たんだ」

「この辺りは木々も多い。鳥くらい飛ぶでしょう」

「見覚えのある鳥だったな」

「将軍は鳥の固体識別が出来るんですか。凄いですね」

「あんな特徴的な鳥はおらん。白くて羽の先だけが緑色の鳥だ」

「新種の鳥は年に10種は報告されていると聞きますが」

「ありゃ新種じゃねえ。見たことがある。お主の嫁さんが使っている鳥だ。ああ。確かゼロとか言ったか」

 レオナも見たあの鳥だ。

 やがてダウィは嘆息すると本をとじ、ポケットから地図を取り出した。

「……かないませんね。将軍には」

 傍で聞いていてもなにがなんだかよくわからない言葉遊びに決着がついたらしい。

 テーブルに広げられた地図には数箇所に印しが打たれている。彼はそのうちの一つに指を滑らせた。

「ここがこの砦で、こっちがサザニア軍の陣です」

 覗き込む将軍達に習ってレオナも首を伸ばした。

 文字も読めなければ地図の見方もわからなかったが、それでもイーカルの砦とサザニア軍の陣地の位置関係から青いラインが川を示していると想像することはできた。だとすると、サザニア軍の陣地のすぐ後ろに描かれた赤いラインが国境ということになるのだろうか。

 そう信じてダウィの言葉に耳を傾ける。

「サザニア軍の本隊はこの陣を出て、我々に見つからないよう一度国境を越えてます。そして、こう通って、こっち」

 ダウィの指は国境とおぼしき赤いラインを越え、青いラインをなぞった。

「川沿いに一旦北上して、この街道を通って――今はここ」

 それはサザニア国内の谷間の細い道の一地点だった。

 ファズが身を乗り出してその道を更に西へと辿る。

「ここを行くと目的地はディッチかカルティエッタ。もしくは――」


「セイダ……そう言っていたそうです」






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