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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
枯れ草の庭
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第2話 限界

 城壁の向こうは茶色く乾いた世界。

 その内側は異国の花すら咲き乱れる楽園。


「限界……だな」


 窓際に立った彼は、そこから見える景色に何を思っていたのか。

 扉の側に控えた二人は黙ってただ頷いた。


 大陸の中央部に位置し、海の幸に恵まれるでもなく、山の獣が棲むでもなく、ただ広い荒野を乾いた風が吹きぬける国。この国に何か取り柄があるとしたら、それは強大な軍事力。

 ただ、それだけ。

 例え戦に強くとも、そこに住む民にとってこの国は決して良い国であるとは言えなかった。そしてその原因を問えば、誰もが「王の所為である」と答えるだろう。いや、実際にそれを口にすれば次の日には王への賛辞すら口にできない体にされるだろうが。

 十八年前に即位した王は完全な専制君主制をとった。そこへ、この数年続いた天候不順だ。王は食料が足りないとなれば、豊かな近隣諸国へ手を伸ばす。若い者は戦に取られ、働き手のない所へ重税に次ぐ重税。

 人々は、そう、限界だった。

「ダール殿下」

 扉の側に控えた、背の高い方の男が窓際に立つ青年の名を呼んだ。

「それで貴方はどうするんですか?」

 彼……ダールがゆっくりと振り向く。その表情は、緊い。

「他に道が……あるのか?」

 答えは問い返すようで、それでいて断定的だった。背の高い男も、その隣で黙ってダールを見つめるレオナも、それ以上何も言うことが出来なかった。

 お互い、判っているのだ。それぞれの立場も信念も……そして性分も。

 やがて、ダールは顔面の筋肉をゆるめた。

 そして付き合いの長い二人の友人にもまだ見せた事の無いような優しい笑顔で言った。

「大丈夫。お前達を国賊にするような真似はしないよ」



 * * *



「ファズ! 待てよ、ファズ!」

 レオナは先を行く友人の後を小走りに追いかけた。

「ファズ、お前どこ行くんだよ。どうする気なんだ!?」

 長い廊下を抜け、中庭に出た所でファズは立ち止まる。やっと追いつくことのできたレオナが、上背の高い友人を見上げるような姿勢になりながら再度彼の名を呼ぼうと息を吸った。その時、

「レオナ。僕達に選択肢は三つです」

 友人は振り返る事も無く、冷徹とも言えるくらいに淡々としていた。

「殿下に付いていくか、殿下を止めるか、何も見なかった事にして部屋に戻って寝るか。

 後は、貴方が選ぶんです」

 そう言い捨てると、ファズはレオナをおいて光溢れる中庭へと歩を進めた。

 取り残されたレオナはただ、友人の背中を見ている事しか出来なかった。



 * * *



「……おい、ファズ。いいのか?」

 レオナと別れ、中庭の真ん中辺りまで来た時、ファズに話しかけてくる者があった。

 植木の蔭に置かれたベンチに黒い影。全身を覆うマントに顔を隠すように深く下げられたフードという、怪しいといえばこれ以上無いくらいに怪しい人物。声の調子からすれば年は三十前後だろうか。男である事は確かだが、それ以上の情報は掴み取る事の出来ない出で立ちだった。

 男はファズの後を一歩おいてついてくる。

「お前にしちゃ珍しいじゃねえか。女の子を放っておくなんて」

 チラチラと後を見ながら冷やかすように言う男に一瞥をくれ、ファズはさっきレオナと話した時と同じような冷たい口調で……それでいてどこか楽しそうに答えた。

「あれ、男ですよ」

「何!?」

 思わず振り返るマントの男の慌てた様子を見て、ファズが小さく笑う。

 黒衣の男は唖然とした。男の視線の先ではレオナが未だぼうっと彼らの方を向いている。

 男が瞬きをしたその時、ちょうど吹きぬけた秋風がレオナの長めの髪を揺らした。夏も過ぎ、だいぶ柔らかくなった光を受けて、枯葉色の瞳が揺られて見える。

「……本当に、男なのか?」

 そう言われてみれば、十六、七の少年にも見えない事も無い。そう言われてみれば。

「ええ、男ですよ。しかも、あれで騎士様なんだから」

「は――!?」

「噂くらい聞いてませんか? 第二連隊長レオナ・ファル・テート。若干二十歳にして次の騎士団長などと噂されているようですが」

「あ、あれがあのレオナ・ファル・テート!?

 筋肉なんてどこにも付いてないみたいじゃないか!」

「機会があったら手合わせでもしてみたらどうですか? 勝てるかどうかは知りませんけどね。僕だったら本気の彼に正面からぶつかるような真似しません」

 自嘲ともとれる笑みを浮かべてファズはまた歩き出した。マントの男は慌ててファズを追い掛けながら、それでもまだ納得がいかないように首をひねっている。

「アレが未来の騎士団長様ねぇ」

「なんですか、まだ信じられないと?」

「そりゃそうだよ。ありゃどう見たって……」

「そんな言葉が殿下の耳に入ったら王宮へ出入りできなくなりますよ。

 なんせ彼は殿下の――我らが敬愛すべき王子様のお気に入りなんだから」

 そんな会話をしながら、二人はなお足早に中庭を横切って行く。

 そしてレオナから十分離れ、声が聞き取れない程になった頃、ファズは真顔に戻って声を潜めた。

「で、判ったんですか?」

「ああ、勿論」

「それで、彼はどこに? ……ダウィは」

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