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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
錆色の空
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第6話 出会い

 気持ちが落ち着いた頃に、隣室の戸が開く音がした。

 ばたばたという足音と話し声。若い男が数名か。幸い風呂場の方へは近寄ってこない。慌てて髪を拭きなおし身だしなみを整えている間に、再び扉を開け閉めする音がした。挨拶を交わす声が届く。今度入ってきた方には聞き覚えがある。飄々とした語勢と言葉選びが特徴的な将軍の声だ。


 深く深呼吸してからそっとカーテンをめくり、先程の部屋に戻るとそこには将軍の他に二人の客が居た。

 一人はダウィ。もう一人は……

「ああ、成程」

 レオナより二つ三つ年上だろうか。人なつっこい雰囲気の青年だった。

「この子が将軍のお気に入りの子という訳ですね。素朴で可愛いらしい子じゃないですか」

 少し掠れた声。丁寧な口調と相まって、落ち着いた印象を与える。

 しかし、テーブルの上に置かれた胡桃を絶えず転がして遊んでいる様子は子供っぽくもあり、不思議なアンバランスさを備えた青年だった。

「気をつけなよ。こいつ節操無いから」

 ダウィは地べたに座ったまま、レオナを見上げ、にやりと笑う。

「何言ってるんですか。女の子ならともかく、僕は男に手を出すような趣味はありません」

 そういうと、青年は立ち上がってレオナの側まで歩いてきた。

 正規軍のものとは違う黒いシャツと同色のズボンを身につけている。正規兵ではないという事は、レオナと同様に徴兵で入隊した者だろうか。

 そう思ってダウィを見ると、生成のシャツに濃い茶色のズボン。手首に包帯を巻いているので、一瞬怪我でもしているのかとぎょっとしたが、反対の手にもつけているから剣を握るときに手が汗で滑らないようにしているのだろう。とにかく彼もまた正規軍の服ではない物を身に着けていた。

 人数比からすると正規軍の者よりも一般兵の方が多いのだから、彼らが正規兵じゃなくても不思議は無いが、『将軍』などという役職の人間の周りにここまで一般兵が多いというのは、なんだか不思議な気がした。

「初めまして。僕はファズ・クレーブナー」

 黒ずくめの青年はいでたちのせいか随分華奢に見えるが、それでも正面に立つとその上背は見上げる程だった。

「初めまして。オレは……」

「知ってます。レオナ」

「どうして──」

「向こうの天幕ですっかり噂になってましたから。『新兵の一番可愛いのを将軍に取られた』と」

 ファズはいたずらっぽい笑顔で将軍に視線を送った。

 それを受けて将軍もファズと同じ種類の笑みを浮かる。

「別にそんなのではないと言っておろうに」

「そうやって否定なさるから余計怪しまれるんですよ」

 きょとんとしたままのレオナをおいてファズが元いた椅子に戻ると、ダウィが手招いた。

「立ってないで、そこに座ったら?」

 壁際にたたまれた毛布を示す。それがレオナの為に運んでくれたという布団なのだろう。レオナはお礼を言って大人しく毛布の上へ腰を下ろした。

 そしてなんとなく隣に座るダウィの手元を覗いてみれば、彼は見たことのない文字で書かれた本を膝の上に広げていた。レオナは多くの農民同様、母国語の読み書きもできないが、文字を見たことが無いわけではない。町に出れば店の看板があり、墓地の墓石には名前が彫ってあった。何本かの直線を組み合わせてできた字だ。それらと今ダウィの膝の上にある本の文字は明らかに違う。ぐねぐねとした絵みたいな文字だ。

「それ……?」

「ああ、この本? ずっと東の方にあるアスリアって国の本だよ。『貴石文化の開闢』っていう本でね、石の事が色々書いてある。ほら、ここ」

 言われるままに示された場所をのぞき込むが、やはり何がなんだかわからなかった。

「琥珀の話だね。成り立ちから魔法への応用まで延々と書いてあるんだ。装身具から薬まで広く使用できる貴重な宝石だって。ところで、俺は『ダウィ』でしょ。ダウィっていうのは古代の言葉で『石』って意味なんだけど……そういう名前で呼ばれるようになったのも、そもそもは俺の眼が琥珀を埋め込んだみたいだからっていうんだ。イースィル──これは古代の言葉で『琥珀石』っていう意味で──」

「こらこら。それくらいにしてやらんか。レオナが吃驚しているだろう」

 ほうっておけばいつまでも話していそうなダウィを将軍が嗜めた。

「ああ、ごめんね。つい夢中になって。『琥珀』って名前じゃなくて『石』って名前をつけるだなんて、ウチの親父もへそ曲がりなヤツだったんだなって言いたかっただけなんだ」

 ダウィが本を閉じたのを確認した後、将軍はファズに眼を転じた。

「そういえば、一人足りないな。ダールはどうした?」

「そちらに」

 ファズが示したのは、将軍の位置からもレオナの位置からも死角になる部屋の隅。

 将軍が使っているものらしい毛布の影に少年が一人丸くなって寝ていた。

「ほら、ダール。そういうだらしない格好はそろそろ隠して下さい」

 揺り起こされた少年は寝ぼけ眼で周囲を見渡し、レオナを指差して言った。

「何、この子。ファズの女?」

「いいえ。ほら、将軍の──」

「ああ、 第三連隊長が悔しがっていたアレか。

 へぇー。話以上の美少年だな。年は?」

「十七、ですけど……」

「は? それ誤魔化していないか?! 俺より二つも上?! そうは見えないよなあ」

 随分と失礼な事を言われているのだが、少年のコロコロかわる表情を見ていると何故か怒る気になれない。

 ただただ唖然とするばかりのレオナに将軍が声を掛けた。

「レオナ。怒らんでやってくれんか。こいつも悪気は無いんだ」

「はぁ──」

「こいつはダール。第三王子ダール・サングオム……この軍の最高司令官様な」

「え?!」

 今度はレオナが少年をじろじろと見る番だった。

 真っ黒なコシの強そうな髪は手入れをしているのかしていないのか。寝癖も相まって毛先があちこちを向いてしまっている。身につける物もレオナとそう変わらない麻のシャツに寝間着のようなだぼだぼとしたズボン。

「ええと……」

 王子様だ最高司令官だと言われてもまだ信じられないレオナを見て、ファズが同情するように頷いた。

「そうは見えないかも知れないですけれど、これでも本当に王子様です。そうは見えないでしょうけれど」

 ファズの台詞に『王子様』は半眼で突っかかる。

「おいこら、どういう意味だよ」

 顔色一つ替えずファズは言い返した。

「普段の行動を省みてください。立派な王子だと胸を張って言えますか?

 そもそも今回の戦だって、本来は王族の慣わしに従って箔をつけるために出陣してきただけのお飾り総大将のはずでしたよね?」

「随分な言い草じゃねえか」

「あなたがずぼらで大雑把でいい加減な癖に戦となれば先陣切ってつっこんでいく性格じゃなければ、僕も世話役なんて任されずに楽ができたはずです」

「何を言う。お前だって――」

 放っておけばこのまま喧嘩にでもなりそうな雰囲気だったが、将軍の言葉でそれも一瞬で霧散する。

「その世話役が王子と一緒になって暴走するようなヤツじゃなきゃ、儂もお目付役なんてせんと隠居していられたんだがな」

 軍配は将軍に上がった。

 申し訳なさそうにするファズをみて将軍は愉快そうに笑う。

「はっはっは。お前らも良い年だ。いい加減一人前にならんとな。

 ……さて、儂も風呂に入って来ようか。ああ。そうだ、ダウィ」

「はい?」

「レオナに防具の手入れを教えておいてやってくれ」

「はい」

「剣は、ありゃもう駄目かな」

 将軍は壁に立てかけられたレオナの剣を見やる。

「斬るのにはもう向かないでしょうね。刃が痛みすぎてる。

 この剣の形とレオナが西の辺境の出身という事を考え合わせるとやはり、諦めた方が良いんじゃないかと思います。あの地域の剣術は『斬る』剣ですから」

「武器庫にこれに近い剣はあったかな」

「今回は西側地域からの増援という事だったので相当数用意されていましたよ。むしろ鈍器や槍の方が品薄らしいです」

「すまんが、後でそれも取ってきておいてくれんか?」

 ダウィが頷くのを確認すると、将軍は飄々とした足取りで風呂場へと入っていった。



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