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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
錆色の空
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第4話 砦

 ──気が付くと、周囲には誰もいなかった。


「生き残っちゃったの……?」


 所々で馬車の残骸と思しき物が煙を上げ、時折どこからか木片のはぜる音がする。

 吹き抜ける乾いた風には木の焼ける匂いとは明らかに別の、鼻の奥を酸っぱくする臭気が混じる。

 人肉の焦げる匂いと体液の匂い──

 自身の体も血塗れだった。

 痛みは殆ど無い。太股の後ろと右肘がひりひろするが、これは転んだ時の物だろう。

 全身をべたつかせるこの血液は、返り血。

 自分が殺した誰かの……


 こみ上げる吐き気を懸命にこらえ、レオナはよろめきながら人を捜して歩き出した。

 戦いはいつの間にか終わっていた。

 敵は全滅したのか、それとも退散したのか。辺りを見回しても動くものの影は無い。味方すら。

 味方こそ、全滅してしまったのだろうか。それともレオナの気が付かない内にどこかへ撤退したのだろうか。

 どちらにしても、誰かを見つけなければならない。レオナには、ここがどこだかすら判らないのだから。


「おう、生きていたのか!」

 声のする方へ振り向くと、破壊された馬車の陰からあの老兵が出てくる所だった。老兵もまたレオナと同様に血と泥で汚れていたが、大きな怪我は一つも無いようだった。飄々とした足取りで近づいてくると、レオナの怪我を確認するように上から下までじっくりと観察する。

「お前さんが生き残るとは少々意外だったな。いや、しかし大した怪我も無いようで良かった」

「あなたこそ、ご無事で」

 やっと人に会えてほっとした瞬間、ガクっと足から力が抜けた。

「おいおい、大丈夫か?」

「はい……」

「立てるか? 疲れているのはわかるが、歩いてもらわなくちゃならん。もうすぐ移動するってぇ話だ」

「大丈夫、です」

 レオナは剣を杖代わりにして立ち上がった。そう言えば鞘はどこで無くしてしまったのだろう。

 探しても無駄だろうが、父の大切にしていたものだ。少し心残りはあった。

「それで、他の人はどこに──」

「着いて来い。向こうに集まっている」



 老兵について橋を渡ると、その向こうに二〇人ほどの男が座り込んでいた。

 落ちていく夕日に照らされる男達に表情は無い。皆一様に血と泥にまみれ、中には赤黒く染まった布を腹に巻き付けぐったりしている者もある。見覚えのある顔はひとつもないようだ。

 一人立っていた中年の正規兵──階級は判らなかったが、他の者達よりも頑丈そうな鎧を身につけている──に近づくと、老兵は片手を上げて挨拶しながら言った。

「この小さいので最後だと思うよ。念のため若いのを何人か見に行かせてくれんか」

「──はっ」

 男は小さく敬礼し、すぐ側に居た兵士にもう一度周囲を見回って生き残りが居ないか確認するよう指示を出す。

 すぐに数人の兵が橋を渡って駆けだして行った。

 続けて、中年の兵士は全員に注目するよう命じた。

「これから我らの陣まで移動する。遅れずに着いてくるように!」

 傷つき疲れ切った男達は肩を貸し合ったり、動けなくなった者を背中に担いだりして歩き出した。レオナも渡された荷物を抱え、最後尾に続いた。


「『十七歳』──名前はなんてぇんだ?」

 茂みをかき分け、獣道を辿りながら老兵が尋ねた。

「第十八連隊第一中隊所属、レオナ・ゲウィルです」

「レオナ・ゲウィル――?」

「……なにか?」

「いや、うん。レオナ。レオナか。顔だけじゃなくって名前まで女みてえだ」

 人好きのする笑顔。この老人の周りだけは、戦いを終えた後とは思えない空気だ。知らずレオナも疲れ強ばった頬が緩む。

「儂はな、ボルディアーっつーんだ。ジアード・ボルディアー・ファル・テート将軍」

「将軍── !? し、失礼を!」

 将軍なんて、ただの農民に過ぎないレオナの話して良い相手ではない。まして名前に貴族の称号である『ファル』のつく方など。

 慌てた為、両肩の荷物がずり落ちそうになる。

 そんなレオナを見て老兵──ジアード・ボルディアー・ファル・テート将軍は楽しそうに笑った。

「良いんだよ。儂ぁ名ばかりの将軍でな。とっくに一線は退いた。それに今回は将軍として来ている訳じゃなくってな」

「……?」

「今回はな、お目付役ってぇ役職よ。だから馬に跨って重たい鎧なんぞ付けて威張ってるんじゃなくてこんな格好をしてるんだ。

 ──他の奴らは良い顔しないがな」

 将軍は、他の正規兵とそう変わらない防具を身につけた体をさしてまた笑った。

 確かに、よく見ると胸元に剣と花とを模った紋章が刻印され材質も少し違う物に思われるが、その他は色も形も軍で支給される物とそう変わらない。

 偉い人がこんな格好をしていたら、その下の人達は気を使うものなのかもしれない。

 レオナは階級社会というものをまだ知らなかったが、それでもこの将軍が破天荒な事をしているという事だけはわかった。

「おう、見えてきた見えてきた」

 将軍は荷物を持っていない方の手を上げて林の奥を指し示した。

 眼を懲らすと、木々の隙間に灯りが揺れているのが見える。

「あれは──」

「儂らの陣よ。あそこには古い砦があってな。そこに天幕をはっとる。

 そうだ。レオナ、儂から離れるなよ」

「はい?」

「……あの砦もお前さんにとっちゃ、そう安全とは言えんからの」


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