第3話 出征
「どうしましょうか……」
イーカル王国北西部の小さな村の夫婦の間でそんな会話が交わされたのは、たった数日前だった。
「俺がこんな身体じゃなけりゃ良かったんだが……いや、せめて家に男の子が居れば……」
「あなたが軍隊に入れないと私達はどうなるんでしょうか」
妻のこわばった声に、男は粗末なベッドに横たわったまま白髪交じりの頭を抱えた。
「俺達全員が罪人として牢獄に放り込まれるか、見せしめとして打ち首か……」
「────」
「そうなる前に、お前とレオナだけでも家を出て遠くへ逃げろ」
妻ははっと顔を上げると涙の混じった瞳で夫を見つめた。
「あなたは……あなたはここに残るつもりなの?
だったら嫌よ。私もここに残るわ!」
「そうしたらお前、あの子はどうなる! まだ十七だぞ !?」
「…………」
夫婦は沈黙した。
それはイーカル王国に隣国であるサザニア帝国が侵攻を始めた年の秋。
イーカル王国は大陸の中央部に位置し、海の幸に恵まれるでもなく、山の獣が棲むでもなく、かつては広い荒野を乾いた風が吹きぬけるだけの国であった。しかし、その強大な軍事力をもって周辺の民族を征服し、領土をひろげ、大陸の国々の中でも大きな発言力を持つ国となった。
それ故に軍事には多くの費用があてられ、有事の際に発布される徴兵令においてもまた、それに背く者に厳しい処分がなされた。
そして、この日。王国の西の外れのこの小さな村にも徴兵令が下った。十五歳以上の男子を一人以上兵に出せという国からの令状が各家に届けられたのだ。しかし、一家の主は寝たきりで、この家に息子はいない。いるのは、十七になるレオナという名の娘だけ。
「父さん、母さん!」
その娘が果樹園の仕事から帰ってきた。
お帰り、といいつつ振り返った夫婦は目を丸くした。いつもならば籠いっぱいの果物や野菜を抱え、スカートやエプロンに赤紫の果汁を付けて帰ってくるというのに──
「ど、どうしたんだ。その格好は……」
狭い玄関には、薄汚い防具を身に付け片手に剣を握った少年兵がいた。
否、少年兵ではない。
それは倉庫の奥から引きずり出してきた父親の鎖帷子を着た娘の姿だった。
長かった髪もばっさりと切り落とし、別人の様になった娘は笑顔で――それでも決意を秘めた声で、きっぱりと宣言した。
「父さん。あたしが軍に入るよ」
唖然。
夫婦はあまりの事にしばらく口が利けなかった。
「れ、レオナ、あなたは女の子なのよ !? 」
慌てる母親に娘はやはり笑顔で答えた。
「だから、男として軍に入ろうって言ってるの」
「男としてって……そんなの無理よ。ねえ、あなた」
「ああ。門前払いに決まっている。馬鹿な事を言うのは辞めてさっさとその防具をしまって来い」
それでも娘はひるむことなく両親の顔をまっすぐに見つめた。
「やってみなくちゃわかんないじゃない。
だいたい、父さんが出兵出来なかったら、あたし達殺されるんでしょ? だったら戦争に行った方がマシよ」
レオナは短くなった髪を振って何かを振り切るような仕草をし、そして真顔で両親を見つめた。
「あたし、決めたから。止めたって無駄よ」
両親は必死で説得しようとした。
しかし、一晩かけて話し合っても娘はの意志は固く、頑として親に従おうとはしなかった。そして次の日、少し大きい鎖帷子を身につけ、白い柄の長剣を担いで村を後にする『少年兵』の姿があった。
『彼』の乗り込む戦地へ向かう馬車が、自陣に着く前にサザニア帝国軍に襲われるとも知らずに──
短いので夕方もう1本UPします