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荒地に咲いた一輪の  作者: 井波
東方の花
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 閑話 花束

過去web拍手お礼SSです。


「……なんでいんの?」


 思わず問えば、「息抜き」とたった一言の返事が来る。

「いやいやいや、おかしいだろ? なんでオウジサマがオレの部屋いんの?」

 そう、ここはレオナの部屋。正確に言えば軍部棟に割り当てられた第二連隊長執務室だ。

 王家の権力をもってすればいくら鍵をかけていたって無駄な事はわかるが、だからといって王族がふらふらとこんな所を歩いていて良いわけが無い。

 しかし当のダールはへらへらと笑いながら答える。

「最近お前が遊びに来ないから来てやったんだ」

「また北の国境がきな臭いっていうんで忙しいんだよ」

「なんだ、お前たちも出るのか?」

「いや、あっちは平原で戦も騎馬中心だからな。ウチの出る幕はなさそうだ」


 レオナたち第二連隊の真価が発揮されるのは入り組んだ地形での戦いや奇襲だ。しかし見晴らしの良い平原ではそれも難しい。そして騎乗しての戦闘は他に得意な連隊があるのだ。

 今レオナが忙しいのは、その北の戦に出て行った連隊の抜けた穴のフォローやそれに付随する調整会議の方だ。


「でも逢引の暇はある――と」


 ダールはレオナの腕に抱えたものに目を留めて言った。

「違う。これはここに来る途中で押し付けられたの」 

 ばさりと音を立てて置かれた花束に、ダールは口角を上げる。

「また貰ったのか?」

「男にな」

 レオナは顔をしかめて見せた。

「受け取るから気を持たせるんだろう」

「花に罪は無い」

 上着をコートハンガーにかけていると、執務机を占領したファズが書類をめくる手を止めて呟いた。

「その花」

「ん?」

「花言葉を知ってますか?」

「知らない」

「『真実の愛』『あなたが私の全て』『私の全てをあなたに捧げる』」

「げ」

 さすがにそんなに重いとは思わなかった。

「でもさあ。そんな悪いやつじゃないんだよなあ」

「エッカー家の嫡男ですか」

 今までに何度も贈り物を持ってきた男の事だ。

 花と食べ物以外は受け取らないという姿勢を貫いた結果、もっぱら花束が贈られるようになったのだが――それはそれで、彼は時に王宮の中庭で、時に軍施設のまん前で、衆人環視の中大きな花束を差し出してくものだから、最近ではすっかり求愛する彼の姿も、それを手ひどく振るレオナの姿も、誰もが知るところとなっている。


「彼はとても優秀ですね。

 家柄からしても財務の長官などしていてもおかしくないのですが、家督は弟に継がせるからと次席に甘んじて――いえ、昇進を断り続けています。

 それでもその秀でた能力故にエッカー公が後継から外れる事を認めないでいるというほどの人です」

「マジで」

「だから、人目もはばからずレオナに求婚し続けるのは、評判と父君の心証を落とすためであるとか男色家であると周囲に思わせることで相続の問題をスムーズにさせたいという思惑があるのではないかというのがもっぱらの噂です。

 レオナなら婚姻を結ぶ相手もいなければ婚約者もいない。その上平民出身で悪い評判がたったところで今更ですから良いターゲットになったという事です」

「ふむ……」

 なるほど、確かにそういう見方もあるか。

 しかし、

「なんで家を継ぎたくないんだろうなあ」

 跡目を巡って骨肉の争いを繰り広げているなんていう噂は貴族の世界でよく聞くことだが、継ぎたくなくて揉めるなど聞いた事がない。

「さあ。そこまでは知りません。僕としては家柄ばかりの狸よりああいう使える男が財務を仕切ってくれる方が良いんですけど」

 そう言ってファズはまた書類に目を落とす。

 いつの間にか長椅子で昼寝の姿勢になっていたダールに呆れながら、レオナは貰った花を窓際の花瓶に挿す。

 こうしておけばそのうち誰かが生けなおしておいてくれるだろう。

 残念ながらレオナに花を美しく生ける才能などない。


 乾いた風が白い花弁を撫で、爽やかな香りを届ける。


 革命の日まであと一月という晩夏の事だった。





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