2話 魔術の門
複雑になりすぎた設定を単純にしたので、この話は短めになってしまいました。
サラが屋敷で働くようになってから一月以上がたった。
リヒトの不安とは裏腹にサラは使用人としての仕事を手際よくこなした。
使用人が変わったところでリヒトの暮らしは変わらず屋敷の中から出ずにやることは本を読むぐらいしか無い日々が続いた。
そんな、ある日リヒトは父親の書斎に来ていた。
漫画以外の本をまず読まなかった彼の前世から考えるとありえない行動だったが何か面白い本は無いかと探しに来たのだ。
そして、彼のめにある本が止まった。
魔術大全、向こうの世界でもありがちだがこっちの世界には本当の魔術が存在しているのだ。
リヒトの中では漫画に良く出てくるロマンあふれる魔法が脳裏に浮かんだ。
だがそこに書いてあったのは。
『星辰の動きが魔力伝達に与える影響に対する論文』
『負極色の存在に対する考察』
『光による星辰の人工的再現』
『クレメール関数に対する反証テスト』
『魔導コイルから考察する魔力色の対応』
題名からは予想がつきそうでつかない目次だった。
リヒトは無言で本を閉じるともう一度背表紙を見る。
そこの著者のランを見るとそこには帝立魔術学会と描いてあった。
「なるほど、魔術にも学会が有るのかー」
いきなり、ファンタジーらしさがうすれ、リヒトは何とも夢を潰された気分になった。
「魔術に興味がおありですか?」
リヒトが後ろを振り返るとそこにはサラがたっていた。
「うん、まあ……」
「しかし、それはリヒト様には難しいかと、僭越ながら私が基本から教授いたします」
「いや、別に良いよ」
リヒトは基本的に難しい者を理解して区無かった。
「いえ、興味を持ったときこそ魔術の門を叩くべき時だと愚考いたします」
向こうの世界では間違えなくカルト宗教の言葉だったがこの世界ではそうではない。
結局、リヒトはサラに押されるがままに引きずられていった。
*****
リヒトを屋敷の庭に連れ出したサラは、何処からとも無く色々な物を詰め込んだ、木の箱を持ってきた。
彼女はそこから一本の木の棒を取り出し、屋敷の庭に線を引く。
幾つも図形が組み合わさり複雑な魔方陣が書きあがった。
さらは器とビンを取り出すと、器の中にビンの中の液体を注いだ。
それから、サラは動かなかった。
リヒトが何秒そうしているつもりか気になり数え始めてから百秒たっても、千秒たっても、ついにはサラは動かなかった。
「サラ?」
「いかがいたしましたか? リヒト様」
「何をしてるの?」
サラは西の方向を指差して言った。
「日没です」
しばらく待っていると日が沈んだ。
夕日がサラの書いた図形を照らした。
すると、湧き出るように青い光の粒子が発生した。
サラは静かに手を掲げる。
光の粒子は引き寄せられるように器の中に吸い込まれていった。
「出来ました」
サラは器の中に手を入れると何かをリヒトに差し出した。
そこには、赤い水晶が二つ乗っていた。
リヒトは水晶を明かりに翳した。
「これは?」
「液体を結晶化させました」
今のが魔術のようだ。
「この世界には本来マナと言うのは存在しません」
リヒトには意外だった。
魔術もあるのだから、当然存在するものだと思っていた。
「私達、魔術師は使いたい種類のマナがある先とゲートを開いて、マナを取り出します。
今回使ったのは秩序のマナ、形が無いものに形を与えるマナです。
本来はマナを取り出す機構全体をゲートとよびますが、実際にはそれを開くために書いた図形や補佐をするための道具を指すことの方が多いので覚えておく事を推奨します」
「何処に?」
マナは何処からか取り出されているというのか?
それはリヒトはそんな疑問を抱いた。
「そうですね、そこに明確な名前は存在しません。
そもそも、観測が難しくそれが何なのかも解らないんです」
「でも、マナは取り出せてるよな?」
「これは、私の師匠の考えた例えでは有りますが……
黒く塗られたガラス瓶がそのゲートを開く先だとすると、その中に入っている液体がマナです。
中の液体は取り出せば調べる事も使う事が出来るが、ガラス瓶内部の構造はわからないと。
この問題は、今まで多くの魔術師が挑戦しても解けなかった魔術における難題の一つです」
サラの説明が終ると同時にリヒトが右手に持った水晶が解けた。
驚くリヒトにサラは注意して見ればギリギリ解る程度に僅かに笑った。
「この世界の物質には強弱の差はある物のマナによる変化に抗おうとする力が働きます。
ですから、物質は完全に変異しないとこうして戻ってしまいます」
リヒトは、左手の水晶をまじまじと見つめた。
これが、リヒトが初めて魔術に触れた日だった。