1話 少年の死と英雄の誕生
―――西暦2010年12月11日
人の為になる事をしなさい。
そんな事を言われた事のある人間は日本では少数派では無いだろう。
だが、斉藤豊の場合は異常に体裁を気にする母親から毎日それを聞かされ育った。
根が素直だった豊はそれを素直に聞き入れ、その通りに行動する人間になった。
幼稚園では先生が掃除をしていれば遊ぶのを止めて手伝いに行き。
小学校では人がやりたがらなかった美化委員を積極的に引き受け。
中学校では出来る限り多くのボランティア活動に参加した。
その頃には既に母親が体裁だけ取り繕う人間である事も解ってきたが、それでも豊は人の為になると思うことを続けた。
彼が得るものは他人の役にたったと言う自己満足位な物だったが、豊にはそれが何にも変えがたい喜びだった。
その、斉藤豊という少年は今冷たい道路に仰向けに
目の前には若い女が顔を覗き込みながら、何かを叫んでいる。
豊の視界が霞み始め、音も鮮明に聞こえなくなる。
視界が機能を失い、聴覚も動かなくなり、やがて豊の体自体が生命活動を停止した。
*****
―――教会暦733年 春季第3の月9日
豊が次に意識を取り戻したとき始めて見たのは白い天井と自分自身を覗き込む女の顔だった。
しかし、先ほどの女とは違った。
藍色の目に、金髪に近い茶色い髪の毛。
それはカラーコンタクトや染めた髪のような不自然沢無く、女性の柔らかな顔立ちに馴染んでいた。
「奥様、おめでとうございます」
人目で侍女と解る服装をした女が嬉しそうな顔をして女性に告げた。
「ありがとう」
女性は柔らかに微笑む。
その時バンっと大きな音がした。
豊かがそちらの方を見ると肩で息をして額に汗を浮かべた男が居た。
不思議な事にそんな状態であっても男からは気品のような物が感じられた。
それは仕立ての良い服でもなく、調えられた神でも、手入れの行き届いた顎鬚でもなく、男の中からにじみ出てくる何かだった。
「貴方、この子が驚いてしまいます!!」
女が男に対して抗議の声を上げた。
声が大きいわけではなく、厳しいわけでもなかったが迫力がある。
「すまん、すまん、わが子を早く見たくてな」
「もう、子供ではないんですから」
どうやら二人は夫婦のようだった。
会話を聞く限り中も良好そうだった。
男はそっと腕を豊かの方に差し出した。
豊かの視界がいきなりぐっと男に近づく。
「わが子よ、私がお前の父だ」
(我が子ってまさか)
豊かは自分の手を目の前に翳した。
すると、そこには見知った硬い手はなくプニプ二の小さな手が写っていた。
次に夫の目を覗き込むと、そこには呆然とした用事の顔が映っていた。
豊は口を動かし精一杯笑ってみた。
すると、男の瞳に写る赤ん坊も笑った。
「おお、笑ったぞ」
夫の嬉しそうな声を聞きながら豊はようやく現実を受け入れた。
さっきからわが子と言われているのは自分のことで。
豊は今幼児となっていて。
ココは日本ではない。
ここから導き出される答えは……
(これが異世界転生って奴か)
「貴方、名前はどうします?」
妻が夫に聞いた。
夫は自慢げに鼻を鳴らすと答えた。
「もう考えてある、リヒトだ」
「言い名前ですね」
豊に確認が取られないまま名前が決まっていく。
本人の意思など、そこには介入する余地など無いものなのだ。
「リヒト、父はお前がどんな道を歩もうとも、その道に光がさす様に祈っている」
この後、豊は自分のアイデンティーに五日ほど考えた。
そして、彼が出した結論はもう自分はリヒトとして生きるという事だった。
*****
この世界に転生してからリヒトを悩ませたのは、退屈だった。
言葉は理解は出来るように成ってきたが、舌がまだ十分に発達していないせいか、発音はできない。
また足もまだたって歩けるほど足も発達していない。
リヒトの幼少期は一言で表すと退屈に耐える日々だった。
そんな中、リヒトは暇を潰すために周りの話に耳を済ませるようになった。
その暇つぶしからは色々な情報を得る事が出来た。
この世界での暦は一年を春夏秋冬の四つの季節に分けられていて、一つの季節には第1の月から第4の月
の四ヶ月間があり、一月は20日間で一年は4×4×20の320日間ということ。
父親の名前はオットー 母親の名前はカローラと言うらしい事。
どうやら、自分は貴族の家に生まれてきたということ。
そして、どうやら近隣の貴族とは上手く行ってないことなどだった。
だが、ベットの上ではそれ以上の情報を集める事もできなかった。
六年の月日がたった。
リヒトはもう屋敷の中では自由に歩き回る事を許して貰えるようになった。
そんな日々を過ごしているある日、父親からリヒトにお呼びがかかった。
「どうしましたか父上?」
何時も居る書類仕事などを片付ける自室兼仕事部屋に呼び出されるのに、今日は玄関だった。
「ああ、新しい使用人を雇う事にした。
お前も顔を知っていた方が良いと思ってな」
「父上、当家に使用人を二人も雇う余裕など無いと思うのですが?」
貴族の中では貧乏と言えるヴァレンティア家はリヒトの知る限り使用人一人と御者を雇うので精一杯なはずだ。
「ああ、前までいた使用人なら嫁に出た。
話していなかったか?」
全てに置いて初耳だった。
ここ六年間、いや最初の一年間でリヒトはだいたい察しっていたが、どうやらこの父親とその妻である母親には天然が入っているらしい。
家の前に馬が止まりそこから一人の女が降りてきた。
若くまだ背筋は伸びていて、動きも上品と言うよりかはキビキビとしていた。
(軍人みたいな、人だな)
それがリヒトの第一印象だった。
「自分はサラ・ヴェーラーであります」
ただし、流石のリヒトも敬礼と共に女が声を張り上げて名乗ったときには正直おどろいた。
「リヒト、彼女は元軍人で確か所属は……何処だったかな?」
「はいっ、旦那様所属は第43歩兵連隊所属で最終階級は大尉であります!!」
サラ・ヴェーラーという人物のとの出会いはリヒトの人生を大きく変える物になるのだが、この時のリヒトの認識は『変な人が来た』であった。