イケメン教育実習の先生
「悠紀ちゃんオハ♪」
「おはよー♪」
昇降口でクラスメイトたちと挨拶を交わす。
通学路で起きた衝撃のパイタッチ事件も、挨拶合戦で気にする余裕は無くなる。
……ありがたい事にね。
下駄箱から上履きを出すと、履いていたピンクのスニーカーをしまい込む。
多数の生徒に混じって校舎へと入っていくウチを、異端だと思う人は誰も居ない。
教室に入ると、一足先に到着している姫乃と大地が、それぞれの友達と楽しそうに話してる。
姫乃はウチの姿を見つけると、トテトテと駆け寄ってきた。
「悠紀ちゃん! もう大丈夫! 仇はとったからね!」
と、得意げにガッツポーズをみせる。
「あ、あは……。ありがとぉ」
姫乃の肩越しには、仇である大地が、今週のジャンプがどうのこうのとか、楽しそうに話してるのが見える……。
あれは今朝のパイタッチのコトなんか、露程にも考えとらんだろ……。
気にしてしまうウチの方が負けだわ……。
「それより悠紀ちゃん、昨日から来てる教育実習の先生って、どぉ思う?」
「どお? って……」
昨日のことなんて知らんがな……
教育実習のことが書いてあったのか?
ちゃんと日記を読んだ方がよかったか。
「あたし、ちょっとイイかなーって思ったんだけどさー、メガネのセンスがねー。 クールでカッコイイのに、なんか台無しって感じで……」
どうやら、姫乃はイケメン実習生にご執心のようだ。
この年代の女の子なら、だいたいこんな話題で盛り上がるものだろう。
女の子って、おませさんだよね。
「そ、そう……だね。……あのメガネはちょっと無いよねー」
顔も知らないイケメン男子について、曖昧に感想を述べておく。
姫乃はバチクリと瞬きしながら首をかしげる。
「……」
「……」
沈黙……。あれ、なんか変なこと答えた?
「……悠紀ちゃんってさ、なんかコロコロと性格変わるよね-?」
どきっ。
姫乃が首をかしげながら覗き込んでくる。
「昨日は、『あのメガネが博士っぽくてイイ』とか言ってなかったっけ??」
どきっ。どきっ!!
曖昧に返事をしたつもりが、ピンポイントでズレてた……
「あ……いや、その……メガネの形とか、その……全然覚えてなくて……」
目線を逸らして、ドギマギとしながら取り繕う。
「昨日のことおぼえてない?? ひょっとして朝に弱いタイプ? 低血圧?」
「えーっと……その……」
YESと答えたいところだが、昨日の自分がどんな会話をしてるか分からない以上、下手なことは言えない。
「それとも、もしかして、多重人格とか!?」
姫野さん、ストライク正解です。
あえて補足するなら、体が多重なんですけどね……
じとーっとした疑うような目つきで見つめられる。
「えっと、その、昨日のウチ的には、あのメガネが先生の本体だと思ったわけで……今日のウチ的には、オプションパーツのイケメンボディもイイかなーと思い始めたりして……」
「……」
真っ直ぐな目線を、必死に横に逸らしながら、あたぶたと答える。
苦しい……
「……つ、つまり、全体的には好きって事なんだけど、なんかこう、好きって感じがよく分からないって言うか……」
取り繕うように話してる自分が、なんとも滑稽で恥ずかしい……
うーん。姫野さん……めっちゃ首かしげてらっしゃる。
長い睫毛をまばたきで揺らしながら。
そんな見つめられると、しどろもどろの説明が疑われてる気がして、もう心臓バクバクなんですけど……
「ほら、友達の好きみたいな……そんな感じなの!」
バンっと結論付けるように、しどろもどろの説明を完結する。
長々と意味の分からない説明をしたと思っている。が、もうこれ以上無理……
「……」
一瞬驚いたような顔を見せた後、姫乃の頬が恥ずかしそうにピンクに染まる。
……何ですかその反応は……?