悪夢に見るクマさんパンツ……
真っ暗な部屋の中に居る。
……いや、部屋なのかどうかすら分からない。
自分の体すら見えやしない。
北も南も前も後ろも……天と地の方向すらわからなくなる暗闇。
意識はハッキリしているのに、自分の存在すらあやふやになる。
「いつもの夢だ」
孤独な世界。
心の声が、つい口を突いて出てしまう。
慣れたつもりでいるけど、全然怖くないかと聞かれたら、少しは怖い……。
「そう……。いつもの夢だよね」
ウチと同じ声で、ウチとは違う誰かが応える。
気付くと、ウチの傍らに鏡が現れていた。
これは見たくはないものが見える鏡。
声は鏡から聞こえた。
どうやら、夢の終わりが近づいているようだ。
ウチは鏡の中を覗き込む。
鏡の中には、笑顔を浮かべる自分がいた。
何が嬉しいのだろう?
鏡の前の自分が夢の終わりを喜んでいるのだろうか?
それとも、鏡の中の自分が夢の始まりを喜んでいるのだろうか?
「おはすみ♪」
鏡の自分はニコっと笑って“おはよう”と“おやすみ”を一緒にしたこの言葉を発する。
「おはすみ……」
やや不機嫌に、鏡の前の自分は応えた。
何度も交わしてきた言葉だが、どうもしっくりこない。
鏡の中の自分と、鏡の前の自分。
ウチらにとって“おはすみ”とは、よく出来た挨拶だと思う……でも、なんか嫌だ。
「今日からまた、よろしくね」
不機嫌な自分を無視して、鏡の向こうの自分が、こちらの世界へと飛び込んでくる。
閃光と共に鏡が割れ散る。
……いや、違う。
鏡が割れたのでは無く、周りの暗闇が割れていくのだ。
暗闇だったこの世界 、まばゆいばかりの光が差し込み、ウチはその光の世界へと引き出される。
夢の終わりだった。
■■■
体が重い……
目覚めるときは、だいたい、いつもこうだ。
眩しさを堪えて瞳を開く。
東の窓から差し込む光が目に痛い。
差し込むと言うほど太陽が見えているわけでもないのだが……
今日はどのくらい寝ていたのだろうか?
空の白み具合からして、今はまだ早朝。多くの人は眠ってる時間だろう。
目が慣れるまで、しばらくこのままでいよう。
手の指、足の指をグー・パー・グー・パーと動かしてみる。
手足の自由はちゃんと利くらしい
この様子だと、それほど寝ていたわけではないだろう。
寝ている時間が長いと、間接が固まって動かすことも出来ないからだ。
薄目を開けて机の上にある日めくりカレンダーに目をこらすが、太陽の光が明るすぎで全然見えない。
遮光カーテンでもつけるべきだろうか……
……ま、そんな必要も無いか。
それにしては、この異様なまでの胸の重みは何だろう……
目覚めの憂鬱感がそこまで酷いのだろうか?
体を起こそうとして異様な重さに気付く。
……ウチの体の上に、何かが乗っかっとる。
頭だけを持ち上げて、眩しさをこらえて、うっすらと開いた。
眼に薄青色のフサフサとした毛並みの塊が映る。
その塊からシャンプーの香りが漂っている。
なんだか無性にイラっとする、女の子っぽい香り。
「……」
目を閉じたまま、その塊をぞんざいに押しのけて起き上がる。
ウチの目覚めを最悪のものとした要員が、ドサッという音と共に傍らに倒れ込んだ。
傍に押し退けた、少女の形をした有機物の塊から、小さな寝息が聞こえてくる。
部屋の明るさにようやく慣れてきた視界に、悲惨な格好で眠りこける少女の姿が見えてくる。
「……おいおい、勘弁したってよ……」
パジャマを着ている途中で眠ってしまったのだろう。
パジャマのズボンは膝の辺りまでしか上がっていない……
……つまり、パンツまるみえ……
おしりのとこにクマのプリントがされてるのが見える。
薄い水色の長い髪。
小さく開かれた血色の良い唇は、スウスウと寝息を立てて、長く整った睫毛は、閉じられた瞳を飾る。
世間一般ではカワイイ部類に入るであろう女の子。
そんな子が、無防備にもパンツ丸見えで眠りこけてる。
だが、思春期“前”の健全な男子にはどーでもいい事。
むしろ気に入らない……
この子が自分と瓜二つの姿で、夢の中、鏡に映った自分の姿が、まさしくこの子である事が……。