旦那と息子は渡さねえっ!!!
クレオドール伯に“勇者”の兆候が現れない。
その噂を聞いた私ことセズ侯爵令嬢ミシェンナは全力で支度を始めた。
何の支度かって?
夜逃げにきまってんだろ!!?
「え?ちょっ、お嬢さま、どうなさったんですか?」
私の剣幕に使用人のテオが慌てふためく
「なに呑気な事言っているの、テオあんたも逃げるのよ!!」
「はいっ!!?」
「やっぱり“勇者”だったのよ!!!フィリオも、あんたも!!!」
さすがのテオも目を向いた。
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話は約30年前、魔王と呼ばれる侵略者をとある男が討伐したことがきっかけだった。
モンスターと呼ばれる狂獣どもを使役し、異様な力によって大陸中の国々を滅ぼした魔王。
そして、そんな魔王をしのぐ力を持った男。
我が国は、男に“勇者”という称号とクレオドールという領地。そして王女を与えた。
“勇者”は王女との間に一人の男子を授かった後、急な病に倒れ、その生涯を終えたとされている。
されている、だ。
どうも初代勇者は国王により暗殺されてしまったらしい。
亡国の末裔だの、神話の世界から顕現した神人だのと言わてれる“勇者”は、能力だけではなく思想の方も常人離れしていた。
やれ農地に糞を撒け、やれ民による自治だ、いろいろフルスロットルにヤバい思想を打ち立てたために、国王へ危機感を抱かせてしまったのは仕方ない事だと思う。
幸いにも勇者の子供が娘である王女の腹にいる。
それに他の女達に種をばら蒔かれ勇者の希少価値を下げられるくらいなら……
と、早々いろいろ片付けてしまったらしいのだ。
これで初代勇者の話は終わってしまう。
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話を勇者や我が国のことではなく、私と、我が家の召し使いテオの事に切り替える。
私とテオの出会いは15年前の冬。
我が家にやって来た、やつれ果てた母子がテオとその母マリーだった。
話をきくと、マリーは私の父の乳兄妹であり、テオは彼女と勇者の間にできた私生児なのだという。
魔王討伐に向かう旅の途中、我が家に宿を求めた勇者にマリーは一目惚れ。
逗留中に愛を育み、テオを宿した。
まだ勇者という称号を得る前ではあったが、彼はそれ抜きにしても破格のイケメンだったそうで、旅の折り折りに現地の乙女たちと恋やら何やらを山のように育んだ事実を言及しておく。
かくしてマリーはテオを生んだ後、幼い彼を連れ王都に旅立った。
勇者として成した偉業と権力を当てにして、養育費をせしめるか、あわよくば愛人にでもなって左うちわで暮らしたいという魂胆だったらしい。
しかし、王都につく頃には勇者はとっくに死んでおり、認知のしようもなかったそうな。
それでなくとも過去が不詳な事をいいことに、自称勇者の兄弟や自称愛人。
もしくは自称勇者の私生児達がクレオドール伯の屋敷に山と詰めかけていたそうだから仕方のない事だろう。
当てが外れ、失意のままに帰路についた母子に待ちうけていたのは【勇者狩り】の凶刃だった。
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【勇者狩り】―――――魔物と魔族の復権を願う魔王の残党が、勇者の血脈を絶やすべく行ったとされる凶行。あくまでも魔王の残党であり王の暗躍などではない悲劇的な事件だ
これにより、勇者の私生児とその母たちは一人、また一人と消えて行き、マリーとテオだけが辛くも生き残り我が家にたどり着けたのだと言う。
苦難の日々だったのだろう。
マリーは屋敷で暮らすようになって直ぐ体調を崩し、春を迎える前に息をひきとった。
テオは唯一の肉親だったマリーも失い、知人や親しんだ人もいない我が屋敷に取り残されてしまった訳だが、誰もテオに同情しなかった。
なぜならテオは同情したくなくなるほどに不細工だったからである。
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テオはどうしようもなく不細工だった。
苦しい生活ゆえ、ガリガリに痩せた手足、がさがさに痛み荒れた肌は吹き出物でぶつぶつ。
髪はきれいな緑色だけれど、あまりに鮮やか過ぎて草木のそれではなく、毒液じみた印象。
小さな鼻と大きめの口、やたら離れた位置にあるギョロっとした目は、金と泥が混じったような鈍い光沢があり、なんだか不気味。
全体的に言うならばカエルっぽい人間。
痩せたイボガエルっぽい貧相な子供。
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褐色の肌に、紅玉の瞳と白銀の髪を持っていた勇者は相当イケメンだったらしい。
そんな勇者を誘惑できたマリーもなかなかの美人だったのに、その間の子はカエル。
勇者狩りで辛くも生き残ったとか言われたが、テオを勇者の血統だと思う暗殺者など馬鹿でもいなかったのだろう。
そんな勇者の私生児(笑)なテオの我が家での暮らしは苛烈を極めたようだ。
ありとあらゆる嫌な雑用を押し付けられ、嘲笑され、汚い物のように扱われ、殴られる。
馬糞掃除や生ゴミ処理。発酵させた尿を使っての漂白洗濯係などを経て、最終的に私、セズ家の長女ミシェンナの従者になった。
従者としての初顔合わせ。再び会ったテオは凄まじい姿に成り果てていた。
確か屋敷に来て半年程度なのに、細かった体は更に痩せてしまっており、うす汚れた髪はもつれてフケだらけ。
すりきれた服は垢まみれで所々に赤黒い血が散っており、そこから覗く手足は打ち身で紫と緑のマダラ模様。
体からは馬糞と生ゴミ、発酵した尿が混ざった悪臭が漂い、死んだ魚のような虚ろな目がある顔は、ぶつぶつを通り越しイボイボ。
…とりあえず、従者になってしまったテオの初仕事は、お風呂場で身綺麗にして養生する事になったぐらい、酷かった。