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近代ファンタジーがもっと普及してほしいと願って挑戦した作品です。
メモ帳に書いたものをそのままアップしたので1行の文字数が44文字なのです。なので勝手ながらこちらで文字の大きさを80%に下げています。
すでに棺の蓋を閉じられ、僕達の世界の下に眠っている可能性をここに目覚めさせようと思う。
それは地球によく似た青い惑星の話である
その星は地球によく似ている。大気の成分、空の青さや浮かぶ雲の白、大地を覆う森林、荒波が
寄せる岸壁、砂嵐が吹きすさぶ砂漠、さらには星に住まう動植物まで、その星は地球と酷似して
いる。だから大陸の形を知らなければそこを地球と思うほどだろう。
でも、そこに生きる人種や形成されている文化・文明、それらを支える技術などは地球とは全く
質が異なってる。
明かりを求めれば光を、潤いが欲しければ水を、真実を覆い隠したければ闇を、みなで暖を囲み
たければ火を、大地を耕したければ土を、術式によって体内や自然に満ちている魔力に形を与え
て望むままを、願うままを叶える技術がその星にはある。
その技術の名を魔術と言い、その星に住まう全ての者が使える力である。
もちろんこの世界にも僕達の星と同じような科学が存在するが、この世界では魔術こそがみなの
生活を支える要であるのだ。
そしてこれは僕達の世界の下で眠り続けている可能性の話でもあるんだ。
僕達の世界にも、実は魔術が花開く可能性を抱いていた時期があったんだ。でも世界がその可能
性を選ばなかったために、僕達は魔術を手にすることはできなかったんだ。
でもこの世界ではその可能性が選ばれたため、地球とは異なる歴史を辿っている。
神霊と対話し、妖精が森で踊り、亜人と共に暮らし、剣は魔力に輝き、魔石に秘めたる力が世界
を改変する光を燦々と放っている。
さぁ……そんな幻想的なもう1つの世界の話をみんなで見ようじゃないか。
そこは電灯の明かりだけに満ちている魔石精製所の無機質な通路だった。
いや、その通路に満ちているのは電灯の明かりだけじゃなく、風のような速さで通り過ぎていく
ブーツの足音もその長い空間に鳴り響いている。
足音の主は魔石精製所にとって最も重要で限られた者しか入れない区域、魔力炉に向かっている。
その細くも強い足を前後に動かし、まだ成長の予感を秘めている身体で無機質な空気を切り裂き
ながら、一心に魔力炉に走って与えられている任務を全うしようとしている。
通路には窓がないためその者の足元に追従する影は電灯によって作られている。
その影は細くて小さく、まるで風に飛ばされている木の葉のようだった。
なぜなら、その影の主たる者はまだ12歳になったばかりの少年だからだ。
その少年の身体は魔力で形成されている漆黒の装甲で覆われているも、最大限の動きを可能にす
るため間接部分は覆われていなかった。ヘルメットも目元から上だけの最小限の物だった。
その漆黒の装甲は完全に機能だけを考えて作られているため、余計な装飾も模様も彫られておら
ず、まさに少年が走る影そのものだと錯覚させるほどだった。
しかし装甲の隙間から除かせる白い肌は少年の年相応のあどけなさを表してもいた。
その魔導アーマーと呼ばれている装甲は、必要最低限の作りなため少年にも苦にならない重さと
なっている。それは少年が全力で駆けていられることが証明になっている。
少年の背中には重たい銀色が輝いており、少年の走りと同期しながら電灯の明かりを不規則に反
射している。無機質な明かりを鋭利な冷たさに変える殺しを少年は背負っている。
それは刀身が銀色に輝く諸刃の剣だが、危なくも鞘には収められてはおらず革のバンドにその刃
が縛られているだけだった。だが少年はその剣を使い慣れているため腕を振るっても、足を動か
してもその刃で手足を切ることはなく、一心不乱に目的地に走ることができている。
銀色の剣は少年の腕とほぼ同じ長さの刃なため、彼にとっては扱いやすい長さになっていた。
だから一度その剣を背中から抜けば、手に馴染んでいる重さなため振るって対象を切断すること
など容易なことだった。
しかし今はまだ背中の剣を抜く時ではないため少年は魔力炉にひた走る。
だが、走る通路の途中――まさに向かっている魔力炉と少年の間に1人の男が立っていたためつ
いに少年はその疾走を止めるしかなかった。
数分も全力疾走すれば息切れするものだが、あいにく少年は呼吸を乱すことなく佇んで男の様子
を窺う。頭をヘルメットに覆われているため少年の目は外からは不明瞭なものの、それは特殊な
造りをしているため少年の視界には一切の影響も与えず、睨んでくる男や通路が鮮明に見えてい
た。しかし少年と向かい合っているダークスーツを着ている男は、少年の表情や素性が分からな
いため苛立ちに目を細める。
ヘルメットの下の少年の口は閉じられて横一線になっているため、男には少年が無表情になって
いるようにしか感じられず、それが余計に男の苛立ちを募らせる要因になっていた。
しかし男も少年も、お互いの素性や意図を読み解こうとしていても埒が明かないと分かっている
ため、まずは魔力炉を守る任に就いている男が口を開いた。
「誰だお前?どこの組織の奴だよ?つーかガキかよ」
その口調は苛立ちを隠していなかった。それもそのハズ、男は施設へ何人たりとも侵入させては
ならず、任に就いてから数年、侵入を試みようとした者を全て撃退してきた。
しかし初めての失態を演じてしまい、しかも目の前にいるのがまだ少年だとその体つきやヘルメ
ットの下に見える口元で分かってしまい、男の腸は煮えくり返っていた。
しかし少年は男の問いに答えるかわりに背中に収まっている剣の柄を握る。僅かな魔力を込める
と剣を縛るバンドがその拘束を解いたため、少年は剣を一気に引き抜いてその切っ先を男へと向
ける。その切っ先で輝く銀色は澄んでゆく殺しの気配だった。
切っ先を向けられた男は問いが返されなかったことに……ではなく、少年が握る剣から所属する
組織が判明したため納得のため息をつく。もちろん苛立ちは消えていない。
「そうかよ。フォンターニの工作部隊かよクソが……チッ、メンドくせぇ」
少年が握る剣には装飾は1つも施されていないが、銀色に輝く刀身そのものがフォンターニ製の
ウルメタルの剣だと物語っていた。
男が毒つきながら少年の殺害方法を意外にも冷めている思考で導き出そうとした瞬間、内臓まで
響く爆発音が聞こえた。おそらく施設のどこかで起こり、少年と男がいる通路を激しく揺らす。
しかもそれは立て続けにもう1度起こり、すぐに察しがついた男は揺れる天井を見上げながら大
きく舌打ちをする。しかもぼやきは苛立ちが最高潮に達しており、怒る寸前のものだった。
「1号機と2号機かよ……ったく、使えねぇ奴らだな〜〜後で殺してやる。つーかお前の仲間が
殺しててくれてんのか?だとしたら何人で入って来てんだよ?一番でかい1号機だけでも10人
ぐらいはいんだぞ?それを殺れて魔力炉も壊すって大部隊じゃねぇかよ。そんなのが施設はも
とより、この島に上がったことに俺達が気付けねぇってどんな魔法だよ?オイ」
口汚く尋ねられたこととは関係なしに、少年は男の質問にまたも無言を返す。少年の目的は魔力
炉の破壊であって男と会話することではない。つまり無意味なことなため質問を無視し、だけど
男は無視できない存在なため突破する方法を考える。
今すぐに斬りかかってもいいのだが、男はその口ぶりからおそらく3機ある魔力炉の警備主任に
近い存在なんだろう。だとしたらその実力は相当なもののはず。
3号機は予備として設けられているため普段は稼働していない。稼働しているのは1号機と2号
機だけだが、それもさっき破壊されてしまった。つまり予備の3号機の前に立つこの男はまさに
魔力炉の最終防衛線そのものなのだ。その防衛を部下を交えずたった1人で行おうというのは自
分の実力によほど自信があってのことに他ならない。施設に侵入する前に頭に叩き込んだ施設の
情報からその推察は間違っていないだろう。
たとえ苛立ちに青筋を立て、殺意を露わにしていて平静さを欠いていそうだとしてもだ。
だから少年は迂闊に飛び出すことができず、男が使う魔術、もしくは武器を確認するまで動くこ
とができなかった。だから切っ先と共に男の動きを見破ろうと瞳を向けている。
だが、無言で佇むだけの少年についに男の堪忍袋の緒が切れてしまい
「聞いてんだから答えろクソガキぃぃ!!」
激昂しながらついに懐から武器を取り出して少年に向ける。それはこの魔力炉を建造したジェラ
スト製の魔法銃だった。グリップに翠の鹿の紋様が刻まれているのがその証だ。
一見すると魔法銃はただのリボルバーの銃に見えるが、弾倉は空で銃身も太くて長い。男は銃口
を向けると同時に引き金を絞ったため、銃口から魔力で形成されている弾丸が少年を貫かんと発
射される。
銃弾に貫かれる寸前に少年は手にしている重たい剣を振るい、迫りくる閃光を弾いた。
だが男も一発では昂った気は静まないからと何度も引き金を絞る。絶え間なく襲いかかる銃弾を
少年は何度も剣で払い落とし、また少年独特の身軽さで飛び跳ねてかわした。
単調な攻撃では少年を仕留められないと覚った男はいったん攻撃を止め、グリップの中に埋め込
まれている魔石に魔力を込める。
この魔石こそがその中に魔力を蓄えることができるジェラスト社の独占商品に他ならない。
魔法銃はその銃身の内部に術式が刻まれているため呪文詠唱を必要とせず、また魔石に溜められ
た魔力によって撃ち出される銃弾の威力、大きさ、弾数、連射速度を使用者の意思1つで変える
ことを可能としている。
男が魔石に魔力を蓄えているとすぐに理解した少年は左の前腕を前にして、魔導アーマーに追加
の武具展開を申請しながら、男と同じように左手首にはめられた腕輪に魔力を込める。
《魔導アーマー、左前腕、シールド展開》
魔力と共に申請を受理した腕輪が輝きを放ち、身体の前に出された左前腕に魔力で作られた盾を
装備させた。盾は少年の身を守っている装甲と同様、光を飲み込みそうな黒色だった。
盾は機動性を考えられて装甲と同じように最小限な大きさだったが、前にすれば少年の細い上半
身を隠せるほどには幅広く、多少の攻撃では傷がつかないぐらいに厚かった。
少年の左腕に現れた盾を目にした男は眉をしかめるも、魔石には相当な魔力を注ぎ込んでいるた
め、撃ち出される高威力の銃弾の前には無意味だと胸中で嘲笑した。
無意味な盾をかざして自分に立ち向かおうと考えてる少年の姿に、男は燃え上がるような苛立ち
が薄まってしまい、代わりに勝利の確信と憐れみに近い情が浮かんできた。
しかし少年が哀れだと感じても、彼を殺すことには変わりなく、躊躇なくその銃口を向けた。
すると少年が跳び下がって男から距離を取ったため、男は蔑みからつい口元を緩めてしまった。
「おいおいビビってんじゃねぇよ。まぁでもガキだから仕方ないわな、うん。ならこうしね?お
前はおそらくこの先の魔力炉を破壊するつもりなんだろうが、それを諦める。そしてお前の部隊
のことを話せばまぁ……腕一本で許してやるよ。予備とは言え1機でも魔力炉が残ってればまだ
機能することができる。それを守れて侵入してきた部隊を潰せれば、まだ本社に対して面目を保
つことができるからな。幹部連中の前にボコったお前を連れていくから、フォンターニに無理や
り働かされてたって言え。きっと許してもらえるよ。なぁ?だからそうしろよ」
少年が跳び下がったのは恐怖からくるものだと思っている男は勝利を確信しているため、その口
調は先ほどと違ってかなり柔和だった。さらに実際には腕一本を奪うだけで許すつもりはないの
だが、命を奪うことはさすがに可哀想だと思えるぐらいには怒りが静まっていた。
しかし男はそもそも大きく捉え違えている。それは少年が跳び下がったことをだ。
少年は恐怖に駆られ、安全を確保するために男から距離を取ったのではない。ただ単にこれから
男に仕掛けようと考えている攻撃方法ゆえに跳び下がっただけなのだ。
つまり、少年の胸には僅かの恐れも浮かんではおらず、静かな闘志に満ちているだけなのだ。
それを男は大きく、愚かにも、思い込みから勘違いしていた。
だから少年が盾を前にしたまま腰を落とし、男には見えないように切っ先を真後ろに向けて身体
で隠すと、男は自分が勘違いしていると知らされ再び苛立ちが沸き上がってきた。
その動作、男から見ると最大限に身を縮めて銃弾の攻撃範囲を狭め、突撃の構えを取った少年に
は自分の提案を受け入れる気がないと分かると、苛立ちから男の額には青筋が浮かぶ。
そして最高潮に達した怒りから、握りしめてる魔法銃に向かって怒鳴る。
呪文詠唱を必要としない魔法銃で唯一、呪文詠唱によって発射可能となる魔弾を求めて。
《孤城の門を開け!橋を下ろして遠征に出よ!磨き終えた大砲は討伐を望む!》
それは魔法銃が持っている最も殺傷能力の高い銃弾を放つための省略呪文。術式が内蔵されてい
る魔法銃は詠唱に従い、普段は銃身に収められている術式を空中に展開する。
さらに銃口の前に高密度の魔力が光弾となって現れる。人の頭ほどの大きさの光弾に展開されて
いる術式が巻きついて圧力をかけて物理的な固さを高め、さらにある魔術的な性質も加える。
それはもはや銃で撃ち出される威力を越え、大砲に匹敵する破壊の力が宿っている。さらに物理
的な破壊のみならず、全ての物の魔力付加を削る力も宿している。
つまり魔術による防御は弱まり付加魔法も薄まり、対象を最大限に破壊する魔術無効攻撃弾なの
だ。それはジェラスト社の技術が結集している最高級の魔法銃のみが有している機能。それによ
って作られた光弾を突撃の構えを取る少年へと向け、苛立ちに歪む目で睨む。
「俺が言ってることが理解できない馬鹿なんだな、テメェはよぉ……なら両手両足潰して色々聞
き出してやるからな。泣き叫んでも許さねぇからな。それはもちろん覚悟の上だよな?」
少年の沈黙を答えだと受け取った男は最後の許しとして引き金を絞る。突風を越える速度で少年
に襲いかかる光弾。すると少年も光弾に負けない速さで跳び出して男との距離を一気に詰める。
盾を前にしたままの突撃、風の速度で跳んだ少年はまさに生きる砲弾そのものだった。
光弾と少年はその速度ゆえ一瞬で衝突し、宙でその疾走を止めた。
光弾の破壊力は少年の速度と盾の強度によって相殺されているが、その盾は光弾によって見る見
る間にその強度を失っていく。
光弾がただの魔力弾としか考えていなかった少年は、衝突してから徐々に形を失ってゆく盾に驚
き、瞬時にその性質を理解した。だから魔力を失ってゆく盾に魔力を注ぎ込む。
光弾に削り取られる魔力を越える量の魔力を注がなければ、盾は形を失ってしまい光弾に撃ち倒
されてしまう。いくら魔導の装甲で守ってるとは言え光弾は易々とそれを撃ち砕くだろう。
だから魔力を注ぎ続けるも、光弾は威力を弱めることなく盾の強度を削り、少年を今すぐにでも
撃ち破らんと盾に力を加え続けていた。
だから少年は2手目に繰り出そうとしていた決定打、後ろに回していた剣で光弾を貫かんとする。
「おあぁぁああ!!」
裂ぱくの気合いとともにその切っ先を光弾に突き刺す。盾の強度と跳躍を合わせた突進力はすで
に光弾に相殺されている。でもこの刺突はその後に繰り出された攻撃なため光弾を打ち破れるか
もしれない。そして剣にもありったけの魔力を注ぐと、ついに根負けした光弾が形を失い、高密
度の魔力が爆風となって通路に広がった。
間近での爆発に少年は避ける間もなくその細い身が吹き飛ばされる。いっぽう光弾を撃ちだした
男は爆発から距離があったため、魔力を帯びた突風から顔を守るだけで事足りた。
「うおぉっ!マジかよ?あれと引き分けたのかよ?信じらんねぇ、まだガキだろ?」
まさか光弾が破られるとは思っていなかった男は驚きを隠せなかったようだ。しかし床にうつ伏
せになっている少年を見ると、勝利の喜びに笑みを浮かべる。
「つっても、ゼロ距離で爆発されちゃぁさすがに魔導アーマー着ててもダメージがあったみてぇ
だな。まぁでも、大したもんだよお前」
少年がうつ伏せで指一本も動かさないため、気絶していると思った男は上からの物言いで敗者た
る少年を賛辞する。もちろん少年が立っていたらそんなことは言わないだろう。
そして気絶してても起きた際に抵抗されたら厄介だからと、手足を潰しておこうと少年に歩み寄
ろうとした瞬間、
気絶していた少年が起き上がると同時に体勢を整えないまま前方に跳躍し、さっきよりもさらに
低く、地面を滑るように超低空から迫ってきた。
だから咄嗟に銃弾を撃ちだして仕留めようとしたが、少年が盾を前に出していたためその猛威は
少年の身体に届くより前に阻まれてしまった。そして体重と推進力を乗せた盾が男の腹に届くと、
「ごぉ…っ!」
呻き声を上げながら男は少年とともに後方へと吹っ飛んでゆく。
少年が喰らわした突進は技と呼べる物ではない。盾と跳躍力による突進なため単純な攻撃としか
呼べない。しかし何物をも防ぐ盾と跳躍が合わさると少年自体が1つの砲弾へと変容する。
単純でありながらまさに攻防一体の突進に男は為す術なく、通路の曲がり角まで吹っ飛んでゆく。
「がっ、ぁ…」
そして壁に背中を強打し、痛みから気絶しかけている男に間近の少年は追撃を振り下ろす。無防
備に開いた胴体を斜めに走る一閃。肩から脇腹にまでできた切り傷から鮮血が吹き出る。
「あ…ぐぁ…」
男が痛みに悶絶する、より前に少年が剣を横一文字に振るい、斜めの傷と交差する傷を作った。
致命傷を二太刀浴びたにもかかわらず、男は絶命することなく床に崩れ落ちて少年を見上げる。
仰向けに倒れ、断末魔の呻きを上げながら最後の力を振り絞って銃口を少年に向けようとするも、
その手は激痛のせいで力を奪われ持ち上げることすら叶わなかった。
だから少年も急くことなく男を跨ぎ、剣を逆手に持ちかえて男の胸に必殺を突き立てる。
銀光の剣が深々と男の胸に突き刺さる。死を迎えるまでの数瞬の時間、男の瞳は劇痛に開かれて
いた。そして命の灯が消された男は力を無くして浮かしていた腕を床に落とす。
少年は男の絶命を確認すると剣を胸から引き抜いて血を振り払い、再び剣を背中に収める。
男を死体という物に化してしまったことに感慨すら抱けない少年は目的地、魔力炉に再び向かお
うと走りだそうとする。だが気にかかることがあったため走り出す寸前、男に振り返った。
いや、男が気になったから振り返ったのではない、男が死後も握る魔法銃が気になったのだ。
そして身を屈めて男の手から魔法銃を奪い、グリップを握って様々な角度から見て
「かっけぇ…」
少年ならではの感想を呟き、腰とズボンの間に差し込んだ。もちろん自分のズボンの間にだ。
そして戦利品の重さに満足すると、今度こそ魔力炉に向かって走り出した。
とは言え魔力炉への扉はすでに見えていたため、小走りで扉に近づいた。そして関係者以外立ち
入り禁止と書かれた扉を見て間違いがないと分かると、その重たい扉を開け放つ。
扉を開いてまず目に飛び込んできたのは、高い天井の広い部屋の真ん中に居座る魔力抽出装置だ
った。装置の高さは少年の10倍近くもある。そのため見上げてその全貌を窺おうとするも、ど
うやら大人であっても無理そうだと辺りへ視線を移した。
装置からは幾本ものパイプが伸びて装置の周りにある小さな機械や床と繋がっている。だがどの
機械がどんな機能を有しており、無数にあるパイプの一本一本の役割の違いなど、魔力抽出装置
の知識を持たない少年には分かるはずもなく、どこから破壊したらいいか見当がつかなかった。
だけど中央の巨大な装置と、その装置から伸びるパイプの中でも特に太い数本のパイプを破壊す
れば機能しなくなると同僚から教わっている少年はまずは装置を破壊しようとする。
だから背負った剣を抜き放ち、振るって宙に三角形を描きだした。切っ先を斜め下に、横に、再
び頂点に戻ろうと振るうと、魔力の光線が宙に三角形を残した。
刃による簡素な術式。詠唱のいらない剣字術式と呼ばれるそれは、魔法剣士が戦闘の効率化、詠
唱妨害を防ぐために編み出された簡易武具強化術式なのだ。
もちろん武具に魔力を込める程度ならこの剣字術式すら使うまでもない。実際に少年が光弾を突
き崩そうとした先刻がそうだった。だが魔力を込めてもそれでは剣を覆うだけで、切れ味や耐久
力を高めることはしない。
だが剣字術式によって宙に描かれた三角形は剣に求める基本的な性能、主に切れ味を向上させる。
基礎図形が三角は刃体強化で、他にも帯びた魔力の形状・性質変化の円形、間合いの外にいる敵
に攻撃を加える斬撃射出の四角と、剣字術式は3つの基礎図形に分類されている。
三角の術式が刃に力を与える。剣が魔力を帯びると少年は身を屈めて力を溜め、先刻は突進に使
った跳躍力を縦に使おうと跳び上がった。
大ジャンプにより少年は装置をやすやすと越え、装置のみならず部屋全てを眼下に収める。
ビル4階分はあろう魔力炉の天井すれすれまで跳び上がり、真下の装置を真っ二つに裂いてやろ
うと両手で柄を握り締め、振りかぶって全身に力を溜める。
「おぁぁあああ!」
そして気迫とともに全身の筋肉を駆使して生まれた力を刃に乗せて、装置へと振り下ろす。
気迫も、体さばきも、剣さばきも見事に一致した、まさにお手本のような一太刀が装置を切り裂
く。剣さばきによって装置を斬り裂く刃はまさに銀光の流れ星と化している。
まさに一刀両断。装置に縦の直線が走る。
ほぼ抵抗なく装置を切り裂き、床に着地した少年は装置から伸びるパイプを斬ろうと刃を抜かず
に真横へと駆ける。一瞬で装置とパイプを横一文字に斬り裂くと走る刃が銀糸の軌跡を残した。
だけど少年が立ち止まると同時に真逆に駆けて装置を切り裂き、大きな口を開かせる。
またしても銀光の残滓が横一直線に走る。少年が着地してからまだ1秒ほどしか経ってない短い
時で装置には十字の傷が造られてしまった。
しかし十字の傷を与えても装置の破壊に確信が持てない少年は、刃を引き抜いて跳び退り、決定
打を与えようと剣を振るった。
魔力の光線が宙に図形を描く。ただし今まで刃の切れ味を高めていた三角の剣字術式ではない。
斬撃射出の四角を描いて魔力の光刃を剣に装填させる。さらに光刃に魔力を込めて破壊力を高め
る。ただし射出される光刃にいくら魔力を込めても切れ味は変わらない。大きさが変わるだけだ。
魔力を圧縮する術式を使ってれば高密度の斬撃を放てるが、少年は広範囲の攻撃を求めているた
め魔力量に応じて大きくなる基本の光刃を剣に宿した。
そして光刃に十分な魔力を蓄えられたと確信すると、少年は剣を大きく振りかぶり、足、腰、肩、
腕、全ての力を駆使して光刃を横薙ぎに射出した。
まるで大剣が振るったほどの巨大な光刃が装置を斬り裂かんと、地面を滑るように飛ぶ。
そして少年が付けた横一文字の傷から光刃が装置へと侵入すると、光刃の魔力と装置内部で生ま
れた火花が融合して爆発を起こし、装置を崩壊へと導く。
爆炎が十字の傷だけに限らず、装置の至る所から発生してその形を奪ってゆく。連鎖しているよ
うに爆発が次の爆発を呼び起こしてゆく。だからもう少年が手を加えるまでもなく装置、つまり
魔力炉が機能を失っていくのが理解できた。
だから少年は剣を背中に収め、爆発に巻き込まれるより前に魔力炉から離れようと廊下へと駆け
出した。爆炎と爆音が背中に届くより先に、風のような速度で廊下を駆け抜ける。
任務が達成したために少年の口元に初めて小さな笑みが浮かぶ。
曲がり角に倒れている男の死体には目もくれず、廊下を全力疾走で駆けてゆく。やがて通路の終
わり、つまり魔力炉の施設への出入り口が見えてきた。
扉から飛び出ると、満天の星空が少年の頭上に広がっていた。
潮風に混じって炎の匂いが少年の鼻をかすめる。少年が侵入していた施設よりも一回りも二回り
も大きな施設が、予備の3号機が収められていた施設から離れた場所にある。
ただしその施設は山火事と見紛うほど巨大な炎に包まれている。施設の大きさが大きさだけにそ
の被害も相当なものだった。そしてその火事こそが男と対峙した際に起きた爆発の結果であり、
少年の同僚が引き起こしたものだった。
炎に包まれている1号機と2号機の施設を見てあちらも仕事を終えている。だから急いでこの場
所から、予備の施設はもとよりこの島から退却しなければと視線を反対へと向ける。
視線の先には転落防止のフェンスが設けられている。そしてその先には星ほどの明かりも無い、
底も深さも分からない黒い海が広がっている。
だからそちらに向かって少年は駆け出す。そしてフェンスの上へとジャンプし、その足元に広が
っている切り立った岸壁に目を向ける。押し寄せた波が岸壁にぶつかると白い波が打ち上がる。
正確な高さは測ることができないが、おそらく数10メートルはあるだろう。転落して岩礁に当
たりでもしたらまず命は助からない。即死してしまうだろう。
だが……
その波立っている海へと、少年は迷うことなく飛び込んでいった。
まるで不可視の大きな力に引っ張られるように、少年の体が夜の空気を切り裂き海へと向かう。
すると少年を追うように2つの影が後に続いて海へと飛び込んでゆく。そして少年と2つの影が
海に落ちるたった数秒の時に、影の1つが海に向かって叫んだ。
《5つの海を旅する旅人は灯台に導かれて帰郷を叶える。鞄に詰め込んだ苦難と異国の歴史を帰
りを待っている母へと語れ!》
少年が海へと落ちるより先に、呪文が波打つ海に届いて形を与える。編み込まれた海水が海中で
それの胴体を模る、尾びれと背びれは白く泡立つ波によって作られた。
やがて少年と2つの影が海へと落ちる。と思いきや、3人はなんと海面に着地して海にその身を
落とすことはなかった。
魔術でできたソレは3人が乗ったことを理解すると、その頭を海上へと出して主達を運ぼうと泳
ぎ出した。身体の下半分を海中に残しているそれは――鯨を模った海水だった。
海水でできた鯨は中位の水系操作運搬魔術で、主に大型の荷物を運搬するために使われているた
め、先頭の少年にはたった3人だけしか乗っていない鯨のその頭はかなり広く感じられた。
海水の鯨は3人の島から遠ざけようと尾ヒレで海を押す。つまり任務完了による帰還。
少年が後ろにいる2人に話しかけようと振り向くより先に
「てゆーか俺の魔法が間に合ってたからよかったけど、間に合わなかったら海に落ちてたぞ?
そうなってたらどうしてたんだよ?泳いで帰ったのか?」
3人を運んでいる鯨を作った男が少年に半ば呆れてる口調で尋ねた。だけど少年はその男も、隣
にいる男も信頼しているため
「たぶんリコットさん達が先にいて、海の中に隠れてると思って…」
話しかけてきた男、リコットに振り返った。
リコットは少年と同じ魔導アーマーを着用しているが、ヘルメットは被っていなかったため彼の
人種の特徴、金髪から覗かせている尖った耳が潮風に揺れる髪の中、見えていた。
そう、リコットはエルフであるため樹木や水を扱う魔術は全ての人種の中で最も優れている。だ
から今まで彼等が侵入していた魔力炉があった島への移動の際に、要となる船の代わりに今と同
じように海水の鯨を作る役を任されている。
リコットは少年の言葉が予想外だったため、ないないと手を振りながら
「あんだけ波が激しい岩礁の近くで隠れるなんてただの自殺願望だっつーの。待つんならこれの
上で待機してるよ。そしたらすぐに見つけられるしな」
「なるほど」
確かにそうだな。侵入する前ならともかく脱出する時は追っ手を施設もろとも破壊した後なため、
水の鯨を見えるようにしといた方が味方からは見つけやすくて助かるな。リコットが語った考え
は自分のと違って賢く、自分は割と馬鹿だったんだなぁと少年は感じた。
そう自分の頭の出来の残念さを感じていると、リコットの隣に立っているもう1人の男、身の丈
ほどの大剣を背負っている男――ゼイネルが尋ねてくる。
ゼイネルもリコットと同じように魔導アーマーを着こんでいるがヘルメットはすでに外している
ため、剛毛で尖った金髪が潮風に揺れていた。
ただしゼイネルはエルフではなく金髪碧眼のシギリア人だ。
「3号機は完全に破壊したのか?」
静かでありながらも厳しさはなく、固さを感じるようでも深みがある声色で話しかけられ、ゼイ
ネルに信頼を越えて尊敬まで抱いている少年は自信を持って答える。
「はい。斬った後にもブレードショットを撃ちこんで。そしたら爆発しました」
少年が使った四角の剣字術式によって剣に宿った光刃はブレードショットと呼ばれている。それ
は少年がゼイネルから教えてもらった技の1つでもあった。
ゼイネルが報告を確認しようと遠ざかってゆく島を振り返ると、1号機と2号機がある施設は当
然ながら、予備施設からも炎が昇っているため3号機の完全な破壊が成功したと確信した。
「みたいだな。お疲れさん」
「他のメンバーは?」
1号機と2号機の破壊のためにゼイネルとリコットを含めて10数人の工作員が導入されていた。
3号機だけは予備なため少年1人にその破壊を任されたのだ。しかし鯨の上にはたった3人しか
いない。だから他の10数人が心配で、ということはない。その実力は折り紙つきの連中ばかり
だからだ。少年はただ単に連中がどこにいるかを聞きたかったから尋ねたのだ。
「警備員だけじゃなくて研究員も掃除するのが仕事だからな。今やってるよ。俺達は魔力炉を壊
したからお前の手伝いに行こうとしてたんだ」
「あ、じゃあ…」
部隊を残して退却してしまった自分の判断が誤っていたと思い、非を詫びようとするより先にゼ
イネルが心配いらないと手を振った。
「魔力炉と警備員を同時にやってたから、俺達が抜けたときには研究員しか残ってなかったんだ
よ。でも研究員なんて訓練も受けてない連中だから俺達が先に引き揚げてても問題ない。
あんな連中なんてお前1人でも全員やれる。だから平気だ」
少年1人でも問題ないということは、実力者の連中が10人近くもいれば問題ないどころか遊ん
でいても眠っていても、談笑したり冗談を言い合っていても問題ないということだ。
まぁ燃え盛る炎の中で談笑している連中なんてのは、ある意味で問題な連中だ。特に頭が。
「はい」
ゼイネルの言い分を聞いて少年は仕事の完了に頷いた。
施設の破壊までに要した時間はたった数十分。出発してから島に上がり、施設に近づくまでにそ
の9割弱を使い、施設に侵入してからは数分の間で警備主任を倒し、魔力抽出装置を破壊したの
だ。だから割と楽な仕事だった。
だけど時間が時間な為、深夜に施設に侵入したためにリコットが
「じゃあ俺達は先に帰りますか。腹減っちゃった」
空腹を理由に部隊を残して撤退を提案する。だが特に問題は無い。残っている連中の中にもリコ
ットと同じ魔術を使える者がいる。つまりリコットがいなければ部隊が引き揚げれないというわ
けではない。そのためゼイネルも引き止めることも無かったが
「まぁそれはいいが、今日の仕事はそんなに大変じゃなかっただろ?なのになんでお前は腹が減
るんだ?魔力だってそんなに使ってないはずだ」
お腹を擦っているリコットに疑問の眼差しを向ける。すると
「夜中まで起きてると腹減らない?なんて言うのかな〜削った睡眠時間の分を食べ物で補おうと
してるみたいな?抑えている睡眠欲が食欲に変わるってやつだよ」
リコットが自分の体の不思議性を説明した。だがその説明を受けても疑問が晴れない、それどこ
ろか余計に分からなくなったゼイネルがしかめている眉をさらに険しくさせた。
「全く分からん。夜中まで起きてると食欲なくなるのが普通じゃないのか?」
「なに言ってんだよゼイネル。明け方まで起きてたら夜中だけで2回はなにか食べないと腹減っ
て動けなくなるよ。なぁ、ジイルもそうだろ?」
リコットに尋ねられ、ジイルと呼ばれた少年はヘルメットを外そうと魔導アーマーに武装の収納
を命じる。
《魔導アーマー、ヘルメット収納》
要請に応じて魔力の供給を断たれたヘルメットがその輪郭を融解させた。ヘルメットが消えると
ジイルの髪が潮風に揺らされる。
それはリコットやゼイネルのような夜空の中で輝く金色ではない。その夜空よりもさらに深い黒。
烏の濡れ羽色をしていた。
黒髪のジイルは潮風に揺れる髪を抑えることもなく、自分を見るリコットとゼイネルと向き合い
「よく分かんないです」
率直な感想を告げた。だが
「「逃げた…」」
意見が真反対の2人が揃って同じことを口にした。
2ページ目に続く