第六話 喫茶店ダイアリー2
ブレンドやアイスなど注文に関する言葉や店員とのちょっとしたやり取りの文言が書かれているメモの中で、その言葉は誰からも相手にされることもなく埋れていた。
こんな所で友達募集するなんてとんだ馬鹿もいたものだ。出会い求め過ぎだろ。
筆圧が薄くて一字一句バランスが取れた綺麗な文字から察するに、おそらく女子が書いたものだと読み取れる。
オッサンだったらきっとこういういかにもか弱い女の子っぽい感じに簡単に騙されて、最終的に金取られるんだろう。
真っ裸で泣きべそかきながら餓鬼に金を渡す姿が目に浮ぶ。
想像したら思わず噴き出してしまった。隣の席から視線を向けらて、恥ずかしくなり慌てて鉛筆を取り注文を書くふりをする。
視線が戻ったのを確認して、改めてメモ帳を読み返してみると、意外にもその怪しげな友達募集は過去にも何度か書かれていた。
無視され続けているのに諦めずに書かれている一言を見ると、だんだん相手をしてみるのも面白いかもしれないという気持ちになってきた。
一度そう思うともう止められず、帰り際に僕はその友達募集にノリで肯定する返事を書いた。勿論、返事を期待している訳ではなく、こんなことで友達ができるとも思ったわけでもない。ちょっとした悪戯心からだった。
とにかく軽い気持ちで返事をしたものだったので、二日後に図書館喫茶で僕の返事に対する相手からの返答を目にするまで、返事をしたことさえ忘れていたのだ。
『お返事ありがとうございます。』
という謝辞の後、初めての返事に驚いていること、まさか返事がくるとは思ってなかったので何を書いたら良いか戸惑っていること旨が書かれ最後に短い自己紹介があった。予想どうり、女性で僕と年齢も近く同じ高校生であるらしい。
名前が書かれていたことには最初マジかと面食らったが、よくよく見てみると存在しない漢字が含まれていて偽名っぽい。
さてどうしたものか。
また返事を書いたほうがいいのかいや返すべきだろう返事をしておいて無視を決め込むのは流石に後味が悪いじゃあなんて返事すればいいんだ当たり障りなくこちらも自己紹介を書くのが良いかいやそれじゃ何だか芸がない気がするし・・・
予想外の出来事に頭の中に思考が次々に押し寄せてきて、実際に他人と話しているときのように汗が吹き出くる。
二時間色々考えた挙句、僕も短い自己紹介を書き残した。
日を空けて同じメモ帳を開くと、またも返事が書かれていた。その次もまたその次も。
やり取りのほとんどは愚痴や自己嫌悪がほとんどだったが、メモ帳での交流回数がどんどん増えていくうち、顔もわからない相手なのに不思議と親近感が湧いてきた。
とにかく、ひょんなことから喫茶店の注文に紛れて僕と彼女との少し可笑しな交流が始まっったのだ。
彼女と僕にはいくつか共通点があった。
まず一つに、他人とのコミュニケーションが苦手なところ。妄想では上手く話せるが、実際に話す段階になると言葉が思い浮かばず、結局何も言えないままで終わるところ。
学校でも教室で一人でいるところ。
自分が他人のように振る舞えないことに劣等感を感じていること。そんな自分が嫌いで嫌いでしょうがないところ。
それでも自分を変えたいが、方法が思いつかず、何も出来ないままであるところ。
本が好きで密かに小説を書いているところ。本を読むのが好きという以外にも彼女は本そのもの、あの独特の匂いが好きらしく、いつもは四行ほどの短いメッセージしか残さないのに匂いについて語った時はメモ帳一ページ丸々使って熱く語ってきた。
あと、会話を続けるうちだんだんと分かってきたことだが、彼女は少し変わっていた。本の匂い然り独特の感性や考え方を持っていて、理解できず返答に困ることが多々あったが、新鮮で面白くもあったしアイデンティティをしっかり持っていることが羨ましく思えた。僕には特にそういうモノはない。
彼女のメッセージはいつも短かったがボキャブラリーが豊富で、素直に感心したことも多々あった。
そんなに語彙力やアイデンティティを持っているならすぐにでも友達が出来そうなものだが、彼女に言わせれば『だから駄目』なのだそうだ。
「確かに初めは君のように凄いって思ってくれて寄ってきてくれるけど、行き過ぎると変な人って思われちゃうんだよ」
「行き過ぎないようにすればいいんじゃないですか?」
「その見極めが出来ないんだよ。空気が読めないの。いつも吃ったりカミカミで話すから、客観的に見てもキモイと思う。自分が理解されないことが多くなると諦めて、何も話さなくなる。会話を避ける期間が長くなると、いざ話そうとしても言葉が出で来なくなっちゃった」
「あはは、それは分かりますねー。ホントは話せるはずなのに、変にプレッシャー感じて話せなるんですよね。避けてても、たまに気を使って話かけてくれる人がいるんですけど、それも迷惑というか、後で猛省することになるんで嫌なんですよね」
「アレ本当にやめて欲しいよ。私の場合は見た目がデキそう賢そうに見えるらしくて、学年が変わるたびに新しいクラスメイトから勉強のこと聞かれることが多くって、毎年4、5月は欝だったよ。それが原因で見た目もコンプレックスになって、前髪伸ばして顔隠すようにしてるし」
「そうなんですね、お気の毒です。でも実際勉強は出来たんですか?」
「うん、時間だけはたっぷりあったからね(笑)」
「なんと!!羨ましい、今度勉強教えて下さい。数学が訳わかりません(笑)」
「オッケー。次のメモで分からない問題を書いてみて。文字ならズバッと解決できるよ」