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青春ダイヤリー  作者: 侑李
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第五話 喫茶店ダイヤリー

夏休みが始まった。

といっても青春を謳歌するわけではなく、自室に籠って先輩から出された課題の本を読み自作小説を書き進め、部室で先輩に添削してもらう。その繰り返し。


初めはそれでも一人で自室に籠って食って寝るだけの日々よりはマシだと思っていたけど、よくよく考えてみれば、なかなかの退屈だった。虚しい。虚しすぎる。一人でも、何の楽しみもなくても、目標があれば生きてる意味を感じられるが、それもないままだ。


そもそも友達を作るという当初の目標は、一体どこで置き忘れてしまったのか。


部活に入ったのも友達を作るためではなかったのか。このままではマズイ。実にマズイ。


夏休みが始まって、一週間半が過ぎ、ようやく僕は本来の目標に気がついた。


友達を作らなくては。しかも、即急に、人見知りの自分でも出来る簡単な方法で。



何をすればいいのか寝ずに2日考えて、僕は結論を出した。とにかく、外に出る。外に出て、行ったことのない場所へ行くのだ。そうすれば、何処かで他人との出会いがあるかもしれないし、何も無くても夏休みの思い出が出来る。思い出が出来れば、他人と話せる話題が生まれる。

素晴らしいではないか。一石二鳥どころではない。


僕は意気揚々と、外へ出た。



手始めに家から三つ目の駅に降りた。普段は学校と家の往復だけなので、たった三駅でも僕からすればかなりの遠出だ。


特に目的もないので、駅周辺をブラブラ歩く。人通りが多く、意外にファーストフード店や喫茶店、デパートなどの施設があり栄えている。僕が利用している駅とは大違いだったので、キョロキョロしながら探索してると、いつの間にか13時を過ぎていた。


近くにあった牛丼屋に恐る恐る入り、緊張して吃りつつも牛丼を頼んだ。これがめちゃくちゃ美味しかった。他人に囲まれながら食べる御飯は久しぶりなので落ち着かなかったが、500円もしない安さでこんな美味いモノが食える衝撃的発見が出来た。幸先がいいスタートだ。


衝撃的発見に味を占めた僕はテンションが上がり、今までの自分なら絶対に行かないであろうお洒落スポットの『カフェ』に行ってみたくなった。

駅周辺だけでも2、3店舗あるが、どうせ入るなら先輩にも自慢出来る所がいい。


駅周辺には特別にお洒落なカフェは見当たらなかったので、駅から離れてみた。

だが、いざ探そうと意気込むと不思議なものでなかなか適当な店は見つからない。


僕は諦めて再び駅へと向かって、とぼとぼ下を向いて歩いていると、これまた不思議なもので、来た時には気づかなかった看板がふと目に留まった。


『図書館喫茶』


古めかしく味のある看板とネーミングに僕は一目惚れし、矢印が示す雑居ビルの二階、鉄製の扉に手をかけた。


その店は、僕が持っていたカフェのイメージとは全く違っていた。まず、一番びっくりしたのは『私語厳禁』だ。注文する時でさえ、声を出してはいけない。必要なやり取りは、全て各席に備えてあるメモ帳で筆談、という厳格なルール。

また店の内装も普通のカフェとは違い、店の看板通り図書館に近かった。ジャンルを問わず古い物から最近の物まで壁際の本棚にびっしりと並んでいて、読み放題。座席もゆったりめのソファーで、煩わしいBGMも流れていない。


それぞれの座席はソファーのすぐ横に観葉植物があり、閉塞感なく自然に仕切られており、他人の目が気にならない。店は広過ぎず狭すぎず席数は10個ほどで、客数自体も少なかった。


最高だった。学校や自宅にいる時のような居心地の悪さは全く感じなかった。コミュニケーションを強要されることもなく、店のシステムに戸惑う僕にも店員は丁寧に対応してくれた。長居は迷惑という無言の圧力のような物もなかった。


僕は一発でこの店のファンになった。

僕は最初の探検で素晴らしい発見をして以降も、その結果に満足することなく色々な場所へ外出して探検を繰り返した。自分が知らなかった常識というか社会というか、漠然とした世の中の流れみたいなモノを知れた気がして、収穫は充分にあったが、やはりあの『図書館喫茶』を超える収穫は僕にとって一番大きかった。


ほとんど毎日何かしら理由をつけて自分を納得させ、僕は『図書館喫茶』に通っていた。




一転して僕の日常は好転に向かってきていたが、人生はそう上手く行かないものだ。何かを新しく始めれば当然、今までやっていたことが疎かになる。両立出来る人もいるが、僕はそんなに器用ではない。夏休みが終盤に差し掛かった頃、僕の執筆活動は停滞していた。

自分で切り開いた新しい日常に浮かれて、すっかり小説を書き進めなくなっていたのだ。


週に二度の部活で先輩に「小学生みたいに新しい知識を自慢気に振りかざすのは良いけれど、やることはちゃんとやりなさいよ阿呆」「私ばかり真剣にやったって書く本人がサボったら意味ないでしょボケナス」「死ねばいいのに」と本気で注意され、初めてそのことを自覚した。



その日の部活帰り、先輩に迷惑をかけてしまったと少し落ち込み、すぐに小説を書き進めなければと思ったが、結局また『図書館喫茶』へと足が進んだ。


大丈夫。別に家でなきゃ書けないわけじゃない。

むしろ此処のほうがリラックス出来て、筆も進むはずだ。



図書館喫茶の店内は相変わらず時が止まったような独特の雰囲気で僕を向かい入れてくれた。

窓際の奥、店内の一番隅の席が空いていたので、埋もれるようにソファーに座り込む。大きくため息をつくと、すぐに本の匂いが包みこむように僕の心を慰めてくれた。


やっぱりこの店を見つけて良かった。確かにこの店との出会いがきっかけで僕の執筆活動が停滞して、先輩に本気で怒られてしまう結果になったが、部活以外にも居場所を見つけられたことは決してマイナスではない。


しばらくぼーとして、先輩に言われた言葉を頭の中で反芻した。

決して小説家に成ろうとは思わなかった。けど、それでもこの執筆活動は僕と先輩との関係の中で重要で、いつの間にか欠かせないモノになっていた。せっかく築いたそれを僕は自分勝手に歪みを入れてしまったのだ。


だが、まぁ。

要するに僕がまた小説を書けば、簡単に解決する。

簡単に修復可能だ。


そう思うと、自然と再びやる気が沸々と沸いてきた。

カバンから原稿用紙とペンケースを取り出して、僕は小説を書き初めた。


30分くらいたっただろうか。消しゴムを肘で落としてしまい、拾いあげた時、店に入ってから何も注文をしていなかったことにふと気が付いた。


注文をせずに居座るのは流石に申し訳ないと思い、慌て近くのメモ帳をパラパラとめくる。


最後に書かれたページまでたどり着き、注文を書こうとした時。

僕の手は止まった。

最後に書かれた言葉に目が奪われた。


『誰か友達になってくれませんか?』


注文用のメモ帳に場違いにたった一行、そう書かれていたのだ。


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