第四話 夏休み直前
執筆活動は初めは少しイラッともしたが、次第に同好会の新しい楽しみになった。部室に居るときだけは緊張するがない。申し訳ないという罪悪感やまともに会話さえ出来ないという自己嫌悪を感じることもない。
教室では相変わらず、誰とも話すことが出来なく、友達など作れず仕舞いだった。
期末テストが近づく頃になると、もう周りの友達コミュニティは固定化されていて、僕のような駄目人間が
入り込む隙間などなくなっていた。
それでも。それでも、良かったと思う。中学の自分の居場所など何処にもなかった頃に比べれば、今の状況は好転している。自分が自分らしく居られる時間と空間と、会話ができる人がいるのだから。
いつも悪口ばかり言っているが、先輩には本当に感謝の言葉しかない。もちろん、恥ずかしくて言葉に出すことはないのだけれど。
ずっとこのまま、変わらなければいい。僕は心の底からそう思っているし、これから先も変わらないと信じていた。
そう、僕と先輩の関係は僕の些細な気まぐれで大きく変わってしまうなんて、思いもしてなかったのだ。
7月の下旬、僕の小説はいよいよ先輩の推敲が入る段階まで上達していた。罵り合うコミュニケーションの一環であることには変わりなかったが、それでも時々『この台詞は面白い』『文章の繋ぎ方がだいぶ良くなってきた』など先輩から誉められることがあった。
7月になってから気温は急激に上がり、先輩は何処から拝借したのか部室に古びた扇風機とコーヒーメーカーを持ち込んできていた。
「ふーん」
編集長のようにソファーにふんぞり返り、アイスコーヒーを飲みながら僕の小説を読んでいる。
「今回は自信ありますよ、きっと今日は文学史に新たな歴史が刻まれます」
「貴方毎回そんなこと言ってない?その自信は何処から来るの」
「仕事が出来る人は大抵根拠がなくても自信がある体で行動するんですよ」
僕は先輩よりさらに大きくふんぞり返って言った。
「実績のない自信はただの強がりだし、格好悪いだけ」
そう言って手に持っていた原稿用紙の束を僕の頭に落としてきた。
「だいぶマシになってきたけど、まだまだ文章構成が甘い。もうすぐ夏休みだし、今日は課題を出してあげる」
僕の前に分厚い5冊の本がドサッと置かれた。
「なんかいい加減ですね、プロデュースするの飽きてません?」
「そりゃあ毎回ポンコツ小説読まされれば、流石の私も疲れるよ。あー、そうそう、夏休みも部活やるから」
「は?本気ですか?」
「勿論。週2で活動する予定。夏休みで猛特訓しなきゃ、秋までに何らかの賞を取るって目標が達成出来なくなっちゃうでしょ」
「そんな目標初耳ですけど」
「うん、つい最近私が決めたから」
「利己主義もここまでくると清々しいですね。先輩、生きて楽しいでしょ」
「そうね、少なくとも貴方よりは」
そう言って舌をだし、先輩は扇風機を止めて部室から出ていった。
斯くして、僕の記念すべき高校一年生の夏休みは、友達と遊ぶ予定もなく、恋人とイチャイチャする予定もなく、部室で先輩と過ごすことになった。