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青春ダイヤリー  作者: 侑李
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第三話 不毛な執筆活動

「さてボッチ君、君はどんな物語を書く予定かね」


次の日、部室へ入るなり先輩が探りを入れてきた。厚さ10センチはあろうかという量の原稿用紙を前にして、偉そうにふんぞり返っている。


「先輩、その喋り方気持ち悪いです、どうせならちょっと胸元を開けてエロチックな女性編集長コースでお願いします」


「なんでやねん!」


普段は冷静に真顔で毒を吐く先輩だが、テンションがやたら高い。にやけ顔で大阪のツッコミを僕に叩きこんでくる。


「風俗じゃないよ!」


「ウザッ。普通にやりましょう、普通に。後輩弄るのそんなに楽しみですか。性根腐りすぎです」


「五月蝿いなぁ、普段は真面目だけどちょっとお茶目な部分もあるのよ的なギャップを見せてあげたのに」


「そんな情報入りません」


「まあまあ。分かったから。そんなにイジケないでよ。一応真面目に小説家にする気はあるんだから」


「どれくらいですか」


「20%」


駄目だろ、それ。危うく声に出しそうになったが、心の中に押し留める。ツッコんだら、負けな気がした。


「そうですか」


「そうです。それで?どんなの書くの?」


スルーされたのに気にすることなく、話を進める。20%しか真面目な気持ちがないのは本当のようだ。ウキウキ感が全身から溢れ出ている。

こんな先輩は初めてみる。

距離が縮まった気がして少し嬉しくもあったが、やはり本当の先輩はこんな風に明るくて皆から好かれているのだろうとも思って、寂しさも感じた。


「友情とか恋愛とかですかね」


「うん、良いんじゃない?自分にないモノは書きやすいしね」


先輩は親指を立ててゴーサインを出す。


「そうなると僕の文章を推敲する先輩も、友情や恋愛を知らないことになりますね」


「死ね」



先輩の『死ね』という辛辣な激励を受けて執筆を初めた僕は、1時間が経過してもまだ半分も書けていなかった。先ほどまでハイテンションだった先輩は、僕から離れた所で静かに本を読んでいた。

が、30分を経過してから貧乏ゆすりが半端ない。もう待てないぞと急かしてくる。


僕はやれやれと思いながら、先輩が文句を付けられないデキにしてやろうとペンを進める。


外が暗くなる。五月蝿かった軽音部の音ももう聞こえなくなった。先輩の貧乏ゆすりと僕の文字を書く音のみになる。

三時間が、経過した。

僕は勢いよくペンを机に叩きつけた。


「出来ました!」


熟考しすぎて量は少ないが、自分なりに誇るべき出来の短編小説がようやく完成した。


「出来た?!」


先輩はエサをお預けされていた犬のように、僕の小説に飛び付いてくる――と思いきやゴミ箱を抱えている。


「ゴミはここよ」


成る程。これがしたかったのか。先輩のハリキリ具合からして、恐らく昨日提案した時からずっと僕を馬鹿にする手段を考えていたのだろう。そして考えに考え抜いた結果、見もせず自分から捨てさせるという侮辱を思いついたのだ。


「先輩、僕は先輩を捨てたいです」


ぺちっ。


先輩は僕に近いて、頭に何かを張り付けた。


「貴方を捨ててやるわ」


「何で僕の返しまで予測してんすか」


僕は張り付けられたモノを取りながら言う。500円の粗大ごみシール。僕の価値はたった500円ぽっちか!


「ふふーん、甘いわチェリー坊や」


先輩は原稿用紙を取り上げて読み初めたが、数分で握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れた。


「推敲の価値なしのつまらない文章ね、やり直し!」


「外道の極みですね」


「何言ってるの?小説家は一冊の本を完成させるのに沢山書いた原稿用紙を丸めて捨てるのだから。貴方は小説家へと一歩前進したのよ」


「固定観念バリバリじゃないですか。昭和ですか」


「まずは形からよ。また明日も頑張りなさい」


先輩はご機嫌良く部室を出ていった。



これが執筆活動初日の顛末だ。


その後、週に2回、小説家プロデュース活動は行われたが、似たり寄ったりの展開になった。

先輩は前言通り僕をプロデュースする気持ちはなく、僕自身も本気で小説家になろうとしている訳ではなかった。今までの馬鹿にし合うコミュニケーションの手段が一つ増えた感覚しかなかった。僕と先輩の他愛もない暇潰しだった。


元より僕が小説家なれるわけがない。小説家なんてのは、ほんの一握りの才能を持った人のみが成れるモノだ。僕みたいな凡人はただその人たちを羨望の眼差しで見上げることしか出来ない。


執筆活動が終わるのはいつも外は真っ暗になっていた。帰りはいつも先輩が先に出ていき、僕は後片付けをして帰路につく。

思えば、先輩と一緒に帰ったことは一度もない。部室以外で会ったこともない。クラスの場所は聞いていたが、衆人環視の中自分から会いにいくような勇気もなかった。


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