第二話 僕の事情と先輩の気まぐれ
いつからという明確な時期や、キッカケが何だったのか。思い返してみても判然としない。もしかしたら初めからそうだったのかもしれないが、とにかく人と接するのが苦手だ。
いざ話そうと思っても、言葉が出てこない。何を話したらよいのかがわからなくなってしまう。
言葉が思いつかないからただ適当に相槌をうって周りに合わせるだけ。
中学生のときは帰宅部だったし、クラスでは一言も喋らずただ本を読んでいるだけだった。他の生徒たちは皆仲が良くグループを作っては、楽しそうにはしゃいでいた。虐められていたわけではない。
けれど、自分が孤立することでその雰囲気を壊しているようで、いつも生きててすみませんと申し訳なく思ったものだ。孤独は虐められるよりも辛い。
家でも優秀な兄を引き合いに出され邪魔者扱いだったため、部屋に引きこもっていたので、世間からも孤立した。
そんな状況でも何人かは友達というか話かけてくれるクラスメイトはいたが、特に面白い話が出来ない僕は自分と一緒にいて楽しいのか、気を使ってくれているだけではないのかと卑屈になってしまい、いつしか自ら逃げるようにせっかく出来た輪からも加わらなくなった。
そんな自分でも高校生になったら自然と成長して、友達や恋人が出来て青春万歳なんてことになると憧れていたが、実際なってみると結局何の代わり映えもしなかった。
せっかく他のクラスメイトが行かなそうな、家から離れた高校へ進学したにも関わらずだ。入学してまだ3ヶ月足らずだが、僕は早くも人生想像通り上手くはいかないものだなと思う。
ある日、今日は先輩より早く部室にきて驚かそうと思いつき、最後の授業をすっぽかして教室を出た。だが、部室へ到着してみると、ドアに『今日は図書室で活動!』と綺麗な字でデカデカと貼り紙がしてあるではないか。憎たらしい!自分の行動が見透かされたようだ。魔女か、こんちくしょう。
何でこういつも負けてしまうのだろう。先輩との口喧嘩も最後は僕が言い返せずに終わってしまう。そういえば、同好会が一人で存続が許されていたのもおかしい。一体どんな裏技を使ったんだ。先輩は何者?
そんなことを考えながら、僕は図書室にたどり着く。
先輩は2階の窓際の隅にいた。指定席だ。
部室の床にわざと本を積み上げることしかり、彼女は妙に細かい所にこだわりを持っている。
「勝手に椅子動かしたら駄目ですよ、迷惑です。」
「あ、折角勇気を出して授業をサボって私を驚かそうとしたのに失敗した…名前なんだっけ?」
「3ヶ月もあればインコだって名前覚えますよ、先輩は鳥以下ですか?」
「人間の脳は情報を無意識に取捨選択するのよ。要するに私の脳は貴方の名前を無意識に不要としたの。優れた頭脳だわ」
『無意識』をやたら強調して責めてくる。しかも楽しそうに。挨拶はこれくらいでいいだろう。そろそろ生徒たちが集まってくる時間だ。
「今日は機嫌良いですね」
「うん、新しい活動を思い付いたの」
「全然良い予感しないんですが、一応聞きましょう。何ですか?」
「小説家をプロデュースするのよ!」
先輩はズバッと人差し指を伸ばして、勢い良く言った。
「…」
「…」
「先輩、今日は帰りましょう、風邪で頭おかしくなってます」
「マジで言っての!」
「自分たちで書くなら分かりますが…」
「うん、書くよ、貴方が。それを私が推敲するのよ。目指せ!作家デビュー」
「んな無茶な」
「無茶じゃないって。どれだけ私が本読んでると思ってんの。作家の一人や二人余裕」
「いや絶対馬鹿にしたいだけですよね」
「チッ」
「あ、今舌打ちしたでしょ、どんだけ性格歪んでるんですか」
「いいから書きなさい!これは部長命令です。背いたら、昼休みの部室使用禁止ね。教室でひっそり弁当食べなさい」
「な、バレてたんですか?」
「気付かないと思った?」
悪魔的な笑みを浮かべる先輩。これでは言うことを聞くしかない。昼休みに賑わう教室の中でのボッチ飯は辛すぎる。
仕方なく僕は了承し、小説家を目指すことになった。