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異史・豊臣誕生伝  作者: 七色かのん
第一章 三成決起
9/11

大坂の変

登場人物紹介


《織田信澄家》

織田信澄(29)

 通称七兵衛。新生足利幕府管領。摂津大坂城主。信長の甥だが、明智光秀に味方し羽柴秀吉を殺した。光秀死後幕府を再興し実権を握る。


堀直政(37)

 堀秀政の家臣。元は奥田姓を名乗っていたが、秀政の信任厚く、堀姓を与えられる。


三好康長(?)

 河内高野城主。名門三好家の一人。山崎の合戦後信澄に従う。主に阿波に滞在し、長宗我部の抑えとなっている。


仙石秀久(33)

通称権兵衛。淡路洲本城主。元羽柴秀吉の家臣。山崎の合戦後信澄に従う。長宗我部に対する抑えとなる。


鈴木孫市(38)

 本名鈴木重秀。雑賀孫市とも呼ばれる。紀伊の国人で、雑賀衆を率いる。鉄砲の名手。


《織田信忠家》

織田信忠(27)

 左近衛中将。通称岐阜中将。近江安土城主。信長の嫡男で、信長死後の織田軍団をまとめる。


《羽柴家》

羽柴秀次(16)

 羽柴秀吉の実の甥で、三好康長の養子となっていた。三好家にいた頃は三好信吉と名乗っていた。


石田三成(24)

 元羽柴秀吉の家臣。織田家を出奔し、羽柴家再興を目指して活動。


島清興(44)

 通称左近。元筒井家の家臣。筒井順慶の死後出奔。勇猛で名を知られる。


※()内の年齢は全て数え年です。

 天正十一年四月二十六日。


 未だ普請が続く大坂城三の丸を、一人の少年が伴を連れて歩いていた。少年の足取りこそ歩くそれであったが、あちこちに忙しく向けられる彼の眼は好奇心に溢れた輝きを湛えており、その足も今にも走り出しそうな様子であった。


「このような巨大な城、見たことがないぞ。織田の安土城よりも大きいのではないか」


 少年は普請の観察を続けながら、声だけで伴の男に話しかけた。


「勿論でございます。まだ普請の途中でありますが、この三の丸、更にはその外側の総構えが完成すれば、安土の城を遥かに超える日ノ本一の城になるのは確実。織田信澄は良いものを残してくれました」


 ふと、少年は立ち止まった。


「……その日ノ本一の巨城の主に、儂はなるのだな」


「その通りでございます」


「本当にそれでよいのだろうか。儂にそのような役目が務まるのか。儂は若い。武芸も秀でているとはとてもいえぬ。どちらかといえば、書物を嗜む方が好みじゃ。そんな儂が、この戦乱の世で旗を上げ、織田を始めとする数々の強者共に立ち向かうことができるのだろうか」


「できるかどうか、ではなく、やるのでございます」


 従者は静かに、しかし力強く答えた。


「亡き大殿は一介の草履取りから身を起こされましたが、功労を上げ続け、終には織田家中で一つの地方を任されるほどの重臣にまで立身なさいました。それに比べれば、我々にはこの大坂城があります。殿はまだ若いですが、それだけ成長するということでもあります。殿が立派に成長されるまでは、それがしや左近がしかと支えまする」


「……うむ。亡き叔父上は立派な方じゃった。日ノ本の頂点に立ってもおかしくないお方じゃ。その叔父上の遺志を継ぎ、この日ノ本を統一する。それが羽柴の名を継ぐ儂の役目。そうじゃな。すまん、世迷い事じゃ、忘れてくれ。この大坂まで来て引き下がるわけにはいかぬわ」


 そこで、少年は後ろを振り返った。


「天下統一まで、頼むぞ、三成」


「はっ」


 そして、大坂城主、羽柴秀次は再び普請の視察を再開した。その後を追いながら、石田三成は思う。


(ここが始まりだ。織田信澄を殺し、その城を奪うことで、ひとまず秀吉様の無念は晴らした。だがまだ足りぬ。羽柴家を磨り潰した織田は必ず滅ぼす。そして、秀次様に天下を取らせることで、秀吉様の名を日ノ本中に知らしめるのだ)


 そっと秀次に付き従う彼の眼は、復讐と野望に燃えていた。


* * *


 時は四日前、四月二十二日に遡る。


「おお! 三好殿、遠路遥々よく来てくれましたな!」


「そんな、滅相もない。兵を集め、兵糧、弾薬、船舶を整えるのに手間取ってしまい予定より大幅に遅れた次第。結果信澄様の軍勢に加わることができず、大変申し訳なく思ってございまする」


 織田信澄の出陣中、大坂城の留守を守る役目を任された堀秀政の家臣、堀直政は、一人の男と、彼が率いる軍勢を諸手で迎え入れた。


 男の名は三好康長。元々は織田信長に従っていたが、本能寺の変後織田信澄に付き、阿波で各地の武将に信澄につくよう勧誘工作をしたり、四国統一を目論む長宗我部元親に睨みを利かせたりしていた。


「いやいや、四千もの兵を連れてきて頂けて、文句があるはずもないでしょう。しかし困りましたな。これほど多くの兵を引き連れてきて頂けるとは思っていなかったので、宿所の用意ができていないのです。手配いたしますゆえ、少々お待ちいただけませぬか」


 それもそうだろう。三好康長の身代では精々千から多くても二千程度だと直政は踏んでいたのだから。


「勿論、何刻でも待たせて頂きます」


 そう康長が言うのを聞き、直政は思わず苦笑してしまった。


「そんな失礼なことはできませぬ。一刻ほどで手配できると思われます。それまで、三好殿は茶でも飲んでゆっくり旅の疲れを癒してくだされ。案内いたしますゆえ。既に到着なされている仙石殿や鈴木殿もおられますよ」


「それは会いたいものです。共に戦場に立つであろうお二方に、遅れてしまった非を謝らねばなりません。それにしても、工夫の出入りが多いですな。戦が起こる今であっても、普請は続けているのですか?」


「その通りですな。この大坂城は、信澄様が自らの権威をより天下に知らしめるために築城を開始した城でございます。完成すれば安土を超える大きさの城になる予定ですぞ。この城を完成させるため、信澄様は自ら財をなげうってまで普請を急がせているのです」


「そうなのですか。いやはや、それは完成が楽しみですな」


「そうでしょう。完成した暁には、また阿波からいらしてくだされ」


(その費やした財を丸ごと取られることになろうとは、信澄もこの男もつゆほどにも考えていないだろうな)


「ん? 何か言いましたかな?」


「いえ、何も」


 そして、康長は直政に連れられて本丸へと向かった。もし彼の呟きが堀直政に聞こえていれば、この後訪れる惨劇を避けられたのだろうか。彼はこの瞬間、自ら気づかぬ内に最後の可能性を失ったのであった。


                * * *


 その夜。日付は変わって二十三日、牛の刻(午前二時)。本丸に用意された自らの屋敷にて、康長は目を覚ました。


 一人で身仕度を整えながら、彼は呟く。


「……そろそろだな」


                * * *


 四半刻後、堀直政は外から上がる喚声と轟音で目を覚ました。


「何じゃ。こんな夜遅くに。喧嘩でもあったか」


 そんなことを考えつつ立ち上がった彼の元に一人の供回りが息を切らして転がり込んできた。


 その様子を訝しがりつつ、彼は尋ねる。


「何があったのじゃ」


 息も絶え絶えなその供回りは、しかし呼吸するのも惜しいと言わんばかりに顔を上げると、切れ切れの声でまくしたてた。


「みっ、三好康長、謀反でござ、ございます! 三好、勢は二の丸の我が軍を蹴っ、蹴散らし、本丸に迫って、おります! 更にっ、二の丸と三の丸を繋ぐ門をあ、開け放ち、別の軍勢を、ひ、引き入れており、ます!」


「何じゃと!」


 驚きのあまり直政は供回りに掴み掛かる。


「だが、三好殿は本丸内にいて自軍とは離れているはずじゃ。それはどうした!」


「三好殿の寝所は、もぬけの殻となって、おりました! 何人かの見張りの者は殺されておりました!」


「何者かが手引きしたか……! すぐに仕度をする。城内の者達にも敵が攻めてきたと伝えて回れ。信澄様から預かったこの大坂城、必ず死守して見せる!」


                * * *


 開戦から半刻、ついに本丸への門が破られ、三好勢と外部からの軍勢は本丸へと乱入した。そして、本丸にいた三好康長は、自分の軍勢との合流を果たした。


「左近殿、ご苦労をかけましたな」


 康長は侵入した外部の軍勢の大将である偉丈夫に頭を下げた。彼、島左近清興は、三好勢の半分、実際には石田三成が金で集めた浪人をも率いて二の丸を制圧、また本丸への門を開けた。


「おお、お主が左近殿か」


「お噂はかねがね聞いておりまするぞ。どうぞお見知りおきを」


 三好康長の隣には、二人の男がいた。仙石秀久と鈴木孫市。どちらも信澄の援軍として駆けつけたはずであった。


「仙石殿に、鈴木殿ですか。いやはや、殿の人脈も広いものだ。ではお二方、是非とも親交を深めたい所ですが、今は戦の最中。友軍として、よろしくお願いいたしますぞ」


「おう」


 二人はそれぞれ自軍の元へと去って行った。三好康長も残った自軍二千の指揮を執る。


 そして、左近が声高に言い放った。


「大坂城は、我ら羽柴軍が包囲した! 今より本丸への総攻撃を仕掛ける。投降は許すが逃亡は許さぬとのお達しじゃ。一人としてこの城から逃すな! 者共、掛かれ!」


 総勢八千に及ぶ軍勢が、一斉に大坂城本丸への攻撃を仕掛けた。堀直政は必死に抗戦しようとしたが多勢に無勢。多くの兵はほとんど戦わずに刀や鎧を捨て、羽柴軍に降った。そして半刻と立たぬうちに本丸は羽柴軍に蹂躙され、直政は切腹も叶わず討ち取られた。何人かの兵は城に火をかけようとしたが、羽柴軍はそれを見つけ次第取り押さえ、また火が付いたのを見つければすぐに水をかけたため、ほとんど損害なく、羽柴軍は本丸を手に入れることができた。


 奇しくも、筒井定次の籠る大和郡山城が落ちたのもこの夜であった。それは羽柴家にとって僥倖だっただろう。諜報能力に優れる滝川一益の部隊が、その夜ばかりは大和郡山城攻めに専念していたのだから。


 あるいは、それさえも念頭にいれた作戦だったのかもしれないが。


                * * *


 卯の刻(午前六時)。朝日の上る空の下、それまで三好信吉と呼ばれていた少年は大坂城へと入城した。


 無事残った本丸に入った少年は、下座に伏す多くの屈強な武将を見回した後、迷わず上座に座った。


「皆の者、面をあげよ」


 声変わりしたての声で、少年が言うと、諸将はそれに従って顔を上げた。


「我が叔父、羽柴秀吉は、優しく、ひょうきんで、頭が回る、それは立派な方じゃった。しかしその叔父上は主君信長の仇を討つべく明智光秀と戦っていた最中、背後から織田信澄の攻撃を受けて亡くなってしまわれた。その後織田信忠が羽柴家を保護する素振りを見せたものの、結局は実の弟である秀勝を立てて自家に取り込んだだけじゃった。このままでは羽柴家は滅んでしまう。叔父上の存在が忘れ去られてしまう。そこで、儂は旗を上げた。羽柴を軽んじる織田を滅ぼし、天下を統一する。そうすれば、亡き叔父上も報われるというものじゃ。今より、儂は三好から羽柴へと姓を復し、名も秀次と改める。叔父上の羽柴家を継ぐのだ。今はこの大坂城しかないが、後に我が領地は日ノ本中に広がろう! 未だ若く未熟な儂だが、それまでついてきてくれ!」


『はっ!』


 最も上座に近い位置に座る石田三成を筆頭に、諸将が頭を下げる。


 こうして、新生羽柴家は大坂に旗を立てた。しかし織田信忠を始めとする他勢力がその存在を知るのは早くて三日後であった。既に織田信澄を討つ策を固めていた三成は、織田家の争いに影響を与えないために情報の流出を徹底的に封じたのだ。


                * * *


「秀次様、殿。左近でございます。只今戻りました」


 視察を続ける二人の前に、一人の巨漢が現れた。その後ろには、鈴木孫市の他、細川忠興、中村一氏、堀尾吉晴、山内一豊、一柳直末といった織田信澄から寝返った武将達がいる。


「首尾はどうであった」


 簡潔に尋ねる三成に、左近は静かに一つの首を差し出す。同時に、細川忠興、中村一氏、堀尾吉晴もそれぞれ取ってきた首を差し出した。


 それを見て、いつもは能面のようで中々感情を表に出さない三成の顔に、笑みが浮かんだ。


「完璧じゃ」


 そして少し考え、再び口を開いた。


「秀次様。これらの首を岐阜中将に送ります。その際、我らに織田家に対し敵対の意思などないという旨の手紙を添えますので、秀次様自らおしたためください」


 その言葉に、秀次はおろかその場の誰もが驚いた。


「首を送るだと……。いや、それはまだよい。織田信忠に和睦を申し出るのか? 我らはつい先日打倒織田家を誓ったばかりというのに」


 秀次の言葉に皆が頷いた。


「秀次様。我らは未だ織田家と戦ってはいませぬ。むしろ、対信澄という点では共闘したともいえます。そんな我らが織田に友好的な意思を示すのは、何ら不思議なことではありますまい。我らは織田に比べれば、未だ小さな所領しか持ちませぬ。今戦っても勝ち目は薄いです」


 考える秀次と諸将。少しして、沈黙を割って左近が口を開く。


「しかし殿、そのような申し出、失地回復を目論む織田信忠が受けるでしょうか。我らがいなくともいずれ信澄は滅び、その領国は丸ごと織田家に吸収されるはずだった。悪く言えば、我らはそれを掠め取ったことになるのですぞ」


 聞き様によっては主家への侮辱とも取れることをずばずばと言ってのける左近。だが、それも含めて三成は彼に家臣になってくれるよう再三頼みこんで家臣にしたのだ。三成はこのような諫言してくれる家臣は、必ず必要だと考えていた。とはいえ、この場合は、三成に考えがあった。


「大丈夫だ。岐阜中将は必ず和平の申し出を受ける。すぐにとは言わんが、ひと月の内には絶対にな。今にわかる。それまで待っておれ」


 しかし翌日、贈り物を受け取った織田信忠は、激昂を露わにした。本当に三成の言う通り、和平を受け入れるのだろうか。


 ついに羽柴秀次、石田三成が登場しました。ようやくですね。これで第一章終了……といきたい所ですが、その前にまた北陸情勢を書きます。あっちも色々動いているので。

 拙い知識で書いているので、間違いを見つけたら容赦なくコメントしてください。もちろん感想なども受け付けております。

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