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異史・豊臣誕生伝  作者: 七色かのん
第一章 三成決起
8/11

山崎の奇襲

登場人物紹介


《織田信澄家》

織田信澄(29)

 通称七兵衛。新生足利幕府管領。摂津大坂城主。信長の甥だが、明智光秀に味方し羽柴秀吉を殺した。光秀死後幕府を再興し実権を握る。


堀秀政(31)

 通称左衛門督、久太郎。播磨姫路城主。山崎の合戦後信澄に仕える。文武に秀で、信澄をよく補佐する。


細川忠興(21)

 通称越中守。丹後宮津城主。隠居した父幽斎に代わり、軍勢を指揮する。


中村一氏(?)

 元羽柴秀吉の家臣。本能寺の変後信澄に従う。


堀尾吉晴(41)

 元羽柴秀吉の家臣。本能寺の変後信澄に従う。


山内一豊(39)

 元羽柴秀吉の家臣。本能寺の変後信澄に従う。


一柳直末(38)

 元羽柴秀吉の家臣。本能寺の変後信澄に従う。


《毛利家》

毛利輝元(31)

 新生足利幕府西国探題。安芸郡山城主。山崎の合戦後信澄と結び、中央に進出する。


吉川元春(54)

 通称駿河守。安芸日野山城主。毛利輝元の叔父であり、本能寺の変以後は弟小早川隆景を差し置いて毛利家中で最も影響力を及ぼすようになる。


《織田信忠家》

織田信忠(27)

 左近衛中将。通称岐阜中将。近江安土城主。信長の嫡男で、信長死後の織田軍団をまとめる。


織田秀勝(16)

 近江長浜城主。信長の四男であり、羽柴秀吉の養子となっていたが、織田姓に復した。


蒲生氏郷(28)

 通称忠三郎、飛騨守。信長から才覚を見込まれた逸材。本能寺の変の時に信忠の脱出を助けて信頼を得、その後も信忠の下でその才を活かしている。


滝川一益(59)

 通称左近将藍。伊勢長島城主。軍事を中心に多方面で活躍。


《その他》

足利義昭(47)

 足利幕府十五代将軍。信長に京を追われた後は毛利家に身を寄せていた。織田信澄と毛利輝元が和を結んだことで幕府再興がなった。


羽柴秀次(16)

 羽柴秀吉の実の甥で、三好康長の養子となっていた。


石田三成(24)

 元羽柴秀吉の家臣。織田家を出奔し、羽柴家再興を目指して活動。


島清興(44)

 通称左近。元筒井家の家臣。筒井順慶の死後出奔。勇猛で名を知られる。


※()内の年齢は全て数え年です。

 天正十一年四月二十六日。


 前日の伏見における合戦は、織田信忠方、織田信澄方の両軍合わせ総勢九万近い数の兵士が激突するという、分裂した織田家同士の決戦に相応しい激戦となった。しかし兵の数の違い、高山右近の裏切り、細川忠興の戦線離脱といった要因によって織田信澄方は終始圧倒されて敗北、京は織田信忠の手に渡った。


 その伏見の戦いにおいて信澄方のしんがりを務め、織田信澄や毛利輝元が戦場から逃げるまでの時間稼ぎの役目を立派に果たした堀秀政は、合戦の翌日である二十六日の早朝になってようやく山崎の地にたどり着いた。


 彼は伏見の戦いで織田信忠軍相手に死に花を咲かせようと考えて軍勢を指揮していたが、彼が力尽きるよりも先に彼の率いる軍勢が崩壊、壊走を始めてしまい、秀政はそれに巻き込まれる形でやむなく戦場を離れたのだった。


 戦場から脱出した秀政だったが、僅かな供回りしかいないという状況のため、落ち武者狩りの格好の標的となってしまった。竹槍で武装する農民から逃れつつ機を見て甲冑と槍、刀を捨て去り、野伏せりに見つからないようひっそりと移動し、何とか山崎に着いた頃には夜は明けていた。


「七兵衛はまだいるだろうか。いや、既に大坂に向かっているだろうな」


 秀政は、万が一負けた場合は一旦山崎城まで退き、すぐに大坂まで下がって守りを固めるという策を事前に信澄から聞いていた。


 そのため彼は、誰もいないだろうと考えながら山崎城を見上げた。


 そして絶句した。


 確かに動く人影はなかった。だが動かない人は無数にいた。


 山崎城のある山の麓に、何千もの死体が積み重なり、真っ赤な血の河を淀川に注ぎ込んでいた。


 まさに屍山血河そのもの。いくら戦国の世とはいえ、突如としてこのような悪夢の光景が目の前に現れるなどと誰が想像できるだろうか。


 唖然として言葉も出ず、しばらく立ち竦んでいた秀政だが、しばらくして我に返ると、急いで死体の許に駆け寄りその所属を確かめる。


「毛利の兵……」


 これで、この死屍累々の惨状が自分とは無関係なものであるという淡い期待が潰えた。


 さらに確認を進めていくと、織田信澄の部隊の兵も多く見つかった。


 秀政は確信する。彼らは味方の軍勢だ。この、四桁に上る数の死体は、毛利隊と織田信澄隊の兵の成れの果てだ。


「……七兵衛はどこだ」


 堀秀政は今の自分の主君であり、同時に友人でもある信澄の姿を探すが、どれだけ探しても見当たらなかった。


 そうこうしているうちに、東の方から何万人という兵士が奏でる足音が聞こえてきたため、山崎を離れることにした。


「七兵衛、無事であってくれ……!」


 堀秀政は心の底からそう願った。


                * * *


 時は僅かに遡る。堀秀政が山崎の惨劇を目にする三刻ほど前、織田信澄は自らの居城、大坂城に向かうべく山崎城を発った。


 大坂へと向かう幕府軍の陣容は、大きく分けて前半分が織田信澄軍、後ろ半分が毛利軍だ。その間に、足利義昭とその側近の一行がいた。


 街道に入るため山を下りる幕府軍。その先頭の兵が下山を終えた頃だった。


 幕府軍に止めを刺す事件が起こるのは。


 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパァァァァン!


 初めに、けたたましい無数の銃声が山麓に響き渡り、たくさんの火花が一帯に瞬いた。


「な、何じゃ! 何が起こった!」


 従者の一人が撃たれたことで乗っていた輿がひっくり返り、地べたに放り出された足利義昭は、とても武家の棟梁とは思えない素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「だ、誰かおらんか」


 咄嗟に周囲を見回す足利義昭。だが彼の側近も皆突然の事態に右往左往するばかりで、全く当てにならない。


 うろたえ、足をふらつかせながらも足利義昭は山の麓の方へと向かった。無意識に、織田信澄に守ってもらおうと思ったのだろう。


「お主、余を管領殿の所まで連れて行っておくれ」


 信澄軍の最後尾を行く部隊の、大将格と思われる将の肩に手をかけ話しかける足利義昭。その直後、彼は信じられない事態に遭った。


「誰だ貴様は」


「……は?」


 その武将は将軍に対してあるまじき言葉遣いで問い質すと、振り返ると同時に腰の刀を抜き、勢いのままに足利義昭の胴体を袈裟斬りした。


 肉の切れ目から真っ赤な血が噴き出す。足利義昭の表情は目と口を丸くした情けない顔のまま、変わることはなかった。享年四十七歳。室町幕府最後の将軍の、呆気なさ過ぎる最期であった。


 武将は、崩れ落ちた足利義昭を一瞬だけ冷たい目で見下ろすと、大音声で叫ぶ。


「毛利が謀反を起こした! 恐れ多くも将軍足利義昭公を殺めるとは不届き千万! これより我ら中村隊は毛利軍を攻める! 我に続け!」


 そう嘯いて駆け出した彼、中村一氏は、将軍の死に動転する将軍の側近衆を手当たり次第に血祭りに上げていった。


* * *


 後方を行く毛利隊は、最初の斉射を受けた時まだ山崎城からあまり離れてはいなかった。


「うろたえるな! 敵はただ種子島を撃つのみじゃ。山崎城に戻ればそれ以上攻められることはない。急ぎ城に戻るのじゃ!」


 吉川元春が声を張り上げる。四方から放たれる銃弾に恐怖する将兵らは、その言葉を聞き入れて元来た道を反転する。


 だが、安全な山崎城へと戻る事は、毛利軍の誰一人として許されなかった。


 姿を見せぬ敵の銃撃は意図的に後方へと集中し、城へ逃げ込もうとする毛利兵を牽制する。敵勢は真っ暗な夜にも関わらず驚異的な命中率で射撃を行い、少しでも城に近づこうとする兵を片端から撃ち殺していった。


「す、駿河守よ。どうにかして逃げることは出来ぬものか」


 うろたえる毛利家当主、毛利輝元。甥であり主君である彼の情けない姿を心の中で嘆きつつ、当主である彼だけは逃がさねばなるまいと吉川元春は決意する。


「ええい、毛利の兵は斯様な臆病者揃いであったか! このままでは我ら、天下の武士に嘲笑われるためにわざわざ京まで上ってきたような者であるぞ! 僅かでも毛利の兵としての誇りを抱く者は我と共に走れ!」


 叫ぶや否や、吉川元春は一人駆け出した。続いて、主をむざむざ矢玉に曝してはなるまいと慌てて彼の供回りが追いかける。それに釣られて他の将兵も後に続き、結果毛利軍は山崎城へと向かう巨大な人の波へと変わった。


 何人かの兵は不運にも玉を浴びて倒れる。しかし彼らの犠牲によって多くの兵は銃火から守られていた。何より、先陣を切る吉川元春が奇跡的に傷を負っていないのが、将兵らの心の支えとなった。


「見よ! 山崎城は最早目と鼻の先じゃ! 種子島など恐るるに足らず!」


 毛利軍の者共の表情が明るくなる。敵勢の銃撃も弱まってきたような気もする。彼らは、これで無事城に逃げ込めると思った。


 しかしそれは、つかの間の幻想に過ぎなかった。


 山崎城まであと数町といった辺りで、吉川元春の耳に自軍の兵のものではない喚声が飛び込んできた。


「何じゃ……っ!」


 気付けば、今まで誰もいなかった山崎城までの道の先に、毛利軍の進軍を阻むかのように兵が並んでいた。慌てて立ち止まり、進軍を止めようとする吉川元春だったが、目標地点を目にし益々勢いのついた自軍はそう簡単に止まらない。


「皆の者! 敵兵じゃ、一旦止まれ!」


 元春は声を張り上げ、必死に進軍を抑えようとする。その間にも、山崎城の脇から次々と兵が現れ、眼前の軍勢に加わっていく。先ほどの喚声は彼らの物だったのだ。


「くっ、どこの軍勢じゃ……。ん? あの旗印……まさかっ」


 元春は目を疑った。目の前の軍勢が掲げる旗には見覚えがある。いや、見覚えがあるどころではない。彼らの旗は、ほんの一日前までは友軍だった軍勢のものだった。


「白字に黒の九曜……! 細川か!」


 だが、気付くのが余りにも遅かった。


 何も考えず走って行く毛利兵。刀槍を構えることすらしない彼らは、正しく細川隊にとっては飛んで火に入る夏の虫であった。


パパパパパパパパパパパパァァァァン!


 今度は細川隊からの一斉射撃が毛利隊を襲う。無我夢中に先頭を駆けていた兵がばたばたと倒れる。それによって先の恐怖が想起された毛利兵達はようやく立ち止まる。


 しかし、その頃には細川隊は既に次の行動に移っていた。


 慌てて立ち止まり、恐れのあまり逆に引き返そうともする毛利兵を、槍を構えた細川隊の兵士が襲う。


 全く反撃できない毛利兵は、面白いように数を減らしていった。


「武器を持て! 敵は先ほどとは違い目の前におる。その上数は二千程度じゃ。我らが攻めに転ずれば負ける道理はない!」


 声を張り上げ必死に兵を鼓舞する元春。しかし、一度ついてしまった戦の流れを戻すことは簡単ではない。ほとんどの兵が抵抗できないまま命を散らしていき、ついに細川隊の尖兵が元春に斬りかかった。


 すかさず刀で打ち払う元春。


「この儂を誰だと心得ておる! 先々代毛利家当主毛利元就公の次男にして、現当主毛利輝元公の叔父、毛利家一の重臣吉川駿河守元春であるぞ!」


 返す刀で細川兵を斬り捨てる元春。すぐに次の敵が彼を斬り伏せようとしてきたので再び打ち払おうとする。しかし今度の敵兵は中々の豪の者のようで、お互いの刀を合わせたまま鍔迫り合いとなった。


「心得ておりますぞ、吉川駿河守殿」


 その相手は、にやりと笑みを浮かべた。


「お主は……! ふははは! 裏切り者自ら儂に刃を向けてきたか!」


 そう、今元春と鍔迫り合いを繰り広げているのは、敵勢、細川隊を率いている、細川忠興その人であったのだ。


「ふん、お主や高山右近が信忠に寝返らなければ、伏見の戦は我らの勝利であったのにのう!」


「何を負け惜しみを。ここ数日の戦、全てにおいて岐阜中将が一枚上手を行っていた。幕府軍に勝ち目などなかったわ」


「ほざけ!」


 刀を押し返し、同時にその反作用で後ろに跳ぶ元春。すぐに斬りかかり、忠興が少しよろめいた隙を突こうとする。


 だが、その一撃は体勢を立て直した忠興によって食い止められる。


「この……っ、若造めが!」


 再び押し返そうとする元春。だが、逆により強い力で押されてしまう。二本の足で立っていることが叶わず地面に尻餅をつく。


「耄碌しましたかな駿河守殿。五十歳を超える駿河守殿と二十歳を過ぎたばかりのそれがしとでは、持てる力に差があるのは当然。豪勇で知られた駿河守殿も、衰えましたな」


「おのれ、裏切り者!」


 それが吉川元春の最後の言葉となった。


 振り下ろされた忠興の刀が元春の首と胴体を分断する。未だ血の滴る元春の首を掲げると、忠興は声高に宣言した。


「毛利家筆頭家老、吉川駿河守元春の首、この細川越中守忠興が討ち取ったり!」


 細川の兵が喚声を上げる。それに呼応するように、毛利隊の前方、城に遠い所からも、手柄を宣伝する声が上がった。


「毛利家当主、西国探題毛利輝元の首、堀尾吉晴が討ち取ったり!」


 毛利隊に最早抵抗する者は残っていなかった。


                * * *


 足利義昭一行、毛利隊と共に散々な目に遭っているが、混乱する要因の数ならば、織田信澄隊が最も多いだろう。


 なぜなら、信澄隊五千の内、実に二千の兵が明確に反旗を翻しているのだから。


「中村隊五百、堀尾隊五百が毛利隊を攻撃、西国探題殿を討ち取っただと……。何てことだ。これでは儂が裏切ったようなものではないか……!」


 そう言う彼の軍勢もまた、反逆した山内隊五百、一柳隊五百と交戦していた。しかし、彼の軍勢は毛利隊とは違い、混乱の最中においても敵勢と互角の戦闘を繰り広げていた。自軍から裏切りを出してもなおある程度の統制を保てるのは、やはり彼の才能の為せる技であろうか。


「だがこのままでは埒があかぬ……。ここは儂一人でも逃げ出し、大坂で再起を志すより他なし」


 的確な判断を下す信澄。一連の戦において信忠に遅れをとっていたとはいえ、過去織田信長にその才を認められていただけのことはある。


 しかし、事態は一個人の能力ではどうにもならないまでに詰んでいた。


 手近な兵をかき集めて敵勢の突破を図る織田信澄の視界の隅に、新たな軍勢が現れる。


「くっ、また敵襲か……!」


 その軍勢は信澄が考えた通りに、信澄軍を攻め立てた。それに合わせるかのように、再び濃密な銃撃が左右から放たれる。


「これは……。断じて儂を逃がさぬというわけか」


 後方の反逆した軍勢、前方の新手の敵、左右からの銃撃。敵の頭が誰かは分からないが、その者の狙いは分かる。何があっても、織田信澄の首をここで取るという心積もりに違いない。


「そう簡単に取らせはせんわ!」


 信澄は自軍に正面の敵を攻めるように命じる。その判断は決して間違ってはいなかっただろう。鉄砲を撃ちかけてくる側面の兵とは違い明確に敵を認識でき、また彼らを打ち破ることが出来れば後は街道を駆け抜けるだけで大坂までたどり着ける。


 それも敵勢を突破できねば話にならないが。


 信澄と共に突撃した兵は五百、対する正面の軍勢も約五百程度。ほぼ互角である。それもあって、信澄は勝ち目があると踏んだのだ。


 だが、敵将は信澄の思いもよらない人物であった。


 ぶつかり合う両軍。拮抗するかと思われたが、しかし二人の人物によって簡単に信澄軍は多くの犠牲者を出した。


「なっ! だ、誰が軍勢だ!」


「久しぶりですな。管領殿」


 突然かけられたその声と共に、唸りを上げる槍の一撃が信澄を狙う。


 咄嗟に刀で受ける信澄。彼も腕力にはそれなりの自信を持っていた。


 だが、彼に槍を向けた人物は、戦においては信澄よりもはるか高みにいる存在だった。


 豪腕から放たれた槍の穂先は、遠心力でさらに力を蓄えて、信澄の刀を打擲した。


 刹那にも満たない迫り合いの後、真っ二つに折れた信澄の刀が遥か彼方へと打ち飛ばされた。


 文字通り打ちひしがれた信澄は、よろけながらも何とか踏ん張る。


「お、お主、もしや、筒井の家臣、島左近か!」


「おお、覚えていらっしゃいましたか。それがしの名は島左近清興でございます」


 一撃で信澄に力の差を見せ付けた男、島左近清興は、信澄の首筋に槍先を向けつつ名乗った。


「何故だ。筒井家は我らについていたはず……」


 いや、それもおかしいことは分かっていた。筒井家は三日前に織田信忠の家臣滝川一益によって滅ぼされたはずなのだ。なのにこうして現れ、敵として目の前に立ちはだかっている。


「おや、管領殿はご存知ありませんでしたかな。儂は現筒井家当主、いや、今は亡くなってしまったのでしたか、筒井伊賀守定次殿とは不仲でして、先の当主筒井順慶公、及び重臣松倉右近殿が伊賀の戦にて亡くなられた後に筒井家を出奔したのです」


「では今は誰に仕えておるのだ……」


「石田殿でございます」


 島左近の出した石田という苗字に、信澄は全く心当たりがなかった。


「石田……? 誰の家臣だ」


「羽柴秀次が家臣、石田三成殿でございます。……ご存じないでしょうな」


「だ、誰だ! 羽柴家は滅んだはず、羽柴秀吉は儂が殺した、羽柴秀長も死んだ、羽柴秀勝は織田に姓を戻した。羽柴秀次とは誰なのだ! それに石田三成など知らぬ、お主が仕えるほどの武士とはいったい誰なのだ!」


「おっと、長話している暇はない。才蔵一人に任せておくのは色々と心許ないからな」


 錯乱気味に放たれる信澄の問いには答えず、左近は改めて信澄を見据える。


「それでは管領殿。我が殿の悲願の最初の礎となって死んで下され」


 言い終わると同時に神速の突きが放たれた。何か言いかけようとした信澄は、僅かに口を開いた状態で喉元を突かれ、絶命した。


 丁寧に首を斬り落として、左近はその首を掲げる。


「足利幕府管領、織田信澄の首、この島左近清興が討ち取ったり!」


 それが終戦の合図となった。織田信澄隊、毛利輝元隊の内、寝返らなかった武将のほとんどは死に絶えた。雑兵も並みの戦より遥かに高い割合で命を落とした。


 こうして織田信澄は滅び、足利幕府は完全に潰えた。そして新たな勢力が台頭する。


                * * *


「……羽柴秀次。旧織田信澄領の大部分を領有し、大坂に居を構える……か」


 四月二十七日。伏見の戦い以来京に留まっている彼は、新たに京の宿所とした二条城内で物思いに耽っていた。


「三好康長の養子で、亡き羽柴筑前守秀吉の甥だそうです。しかし未だ歳は十六とか。恐らく誰か、裏で手を引く者がおりましょうな」


 傍らに控える蒲生氏郷が己の見解を述べる。


「ですが兄上、曲がりなりにも元は織田家家臣である羽柴を名乗っているのです。我らの味方という線もあるのでは? あれのこともありますし……」


 この部屋にいる三人目の人物、織田秀勝が若者らしい楽観的な意見を述べる。その彼の視線は、部屋の隅にある三つの箱へと向けられていた。


「有り得ぬ」


 信忠は弟の意見を一言で切り捨てる。


「大坂に居座る羽柴家は織田家家臣であった羽柴家とは違う。彼らに織田家と友好的な関係を結ぶ気など毛頭ないわ。何より、七兵衛を殺め、その所領を奪い取るなど言語道断じゃ」


 いつになく荒れる織田信忠。それも無理ないことであろうか。本能寺より一年、敵ながらも織田信澄を好敵手とみなしていた信忠だ。その信澄を、突然現れた羽柴を名乗る謎の勢力に殺されてしまったとあっては、あの信長の血を引く彼の心境は想像するのも恐ろしい。


「ではやはり、和平の申し出は……」


「問答無用。あんな物を送った程度で共闘した気になってもらっては困るわ。軍備が整い次第大坂を攻めてやる」


 信忠は部屋の隅にある箱を一瞥する。


 その三つの桐の箱は、大坂城主を名乗る羽柴秀次からの贈り物であった。信忠は断るつもりだが、一緒に和平の申し出る書も送られてきた。


 そして、桐の箱に入っている物も、見ようによっては和平を求める意思を表すものだろう。


 織田家に送られてきたのは、信忠がつい先日まで敵対していた、織田信澄、毛利輝元、足利義昭の三人の首なのだから。

 ついに石田三成の名前が登場しました! まだ名前だけですが。織田信澄を滅ぼした新生羽柴家は次話でもう少し詳しく分かるでしょう。

 拙い知識で書いているので、間違いを見つけたら容赦なくコメントしてください。もちろん感想なども受け付けております。

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