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starting over

作者: 青空

一つの風が、通り過ぎる。


春とはいえまだまだ肌寒く感じさせるそれは、街と街の間を縫いながら進み続けている。


やがてどこかにぶつかって止まるまで、進み続けていく。


自身の勢いに勝てない物はその物を巻き込みながら、どこまでも、どこまでも。


「うっ……」


そんな風の進み道を歩いていた少女は、風を浴びると少し体を震わせた。今日から通い始める学校の真新しい制服に包まれた彼女は肌寒さに目を細めながら、通り過ぎていった風を何気なく追いかける。


「あ……」


思わず漏らす声。我が道を進み続ける風が、その道連れとしてここまで運んできたもの----


「さくら……」


----それは地面に落ちていたであろう、数枚の桜の花びら。


人工物のみが連なった都会から引っ越してきた彼女は、ほとんど桜をこの目で見たことがなかった。故に、自然が多い住宅街にに引っ越してきた彼女は、桜が当たり前のように道端に咲いていることに、かなりの衝撃を感じていた。


そんなものだから、彼女は未だに桜に慣れていない。自然が生み出す美しさを肌に感じたことがなかった彼女は、そのぶん人並み以上の感動を満喫していた。


だが----風に舞う花びらを見て感じたのは、それが半分。


あとの半分は、寂しさだった。


「みんな……元気かな……」


--彼女がこの土地に引っ越してきたのは、中学校の卒業式の次の日。父の職場の取引先がちょうど父の手を求めてきたらしい。卒業する寸前に決まったことだけに彼女はかなり焦った。転校先の学校は両親が手配してくれていたから問題なかったものの、中学校にいた友達との距離が一気に空いた気がした。


地元の高校に通う友人が大半で、それ以外は地元から離れた偏差値の高い高校に通ったり、実家の後を継ぐ友人もいた。


だが、今の彼女のように、はるか遠い場所に引っ越す友人はいなかった。


故に、人知れない土地にいるのは自分一人--常に、側に友達がいた中学校時代が鮮明に脳裏に思い浮かび、現実との差異がより寂しさの色を濃くしていく。


その寂しさに震えた彼女は、いつの間にか足を止めていた。


新しい土地の人々は、どんな人だろうか。


全く違う土地から来た自分を、きちんと受け入れてくれるだろうか。


また、友達と呼べる人が出来るだろうか。



友達と一緒にいたことで、独りの寂しさを完全に忘れていた自分は、その独りに怯えきっていた。


これまで、恐ろしく感じたことが無かったもの。それを彼女は今、最も恐れていた。







(あぁ、こんなに怖いなら……)


脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

(夢の中に、いたい……)


目の先が真っ暗で恐ろしくて前に進めないなら、同じ真っ暗でも心地よさを感じる夢の中にいたい。寂しさのあまり、寄り添う場所を求めるあまり、少女は目を少しずつ閉じていく。


そして……彼女の視界は真っ暗な闇に包まれた。










暗闇の中で、彼女は目を少し開く。


完全に真っ暗な世界。何も見えず、何も感じない。先程感じた不安さえもないその世界はきっと、何もないことを望んだ自身の欲望そのもの。


来るもの全てを受け入れ、何人も拒まない。何もない、真っ暗な場所。


その場所の心地よさを感じた彼女は、それに身を委ねていく。脳裏には、これまでに見たもの、感じたものが走馬灯のように駆け巡っていく。


-ーあぁ、懐かしいな。


-ーこんなことあったっけ?


父から告げられた、転校の知らせ。


中学校時代の友人との会話。


中、小学校時代の遠足、運動会。


浮かんでくる思い出に一言一言感想を入れていく。










そんな時、彼女は何かを思い出した。





-ーそういえば。




-ーあの頃も、一人で泣いてたんだっけ。




暗闇の中を駆け巡る思い出に導かれていくように、視界に光が灯っていく。そう思った次の瞬間、その強い光が自分を包み込んだ。










光の先に見えたのは、小さい女の子が遊んでいる光景だった。その女の子は大きな桜の木の下で--子供なりに感じた桜の美しさに魅了されながら、落ちてくる花びらを楽しそうに掴もうとしている。


しかし、女の子の傍らには誰もいない。両親らしき大人も、友達らしき子供の姿も、誰もいない。


実は彼女、夢中になるあまり、桜を見に来ていた両親とはぐれてしまっていた。両親の注意も聞かずにあちこち走り回った結果、どこから来たのかさえも判らない場所にたどり着いてしまったのである。



それから目を逸らすように、女の子は桜の美しさに身を委ねていた。目の前の桜が持つ美しさ--その大きな力に、必死にすがりつきながら、忘れ去ろうとしていた。


それでも、甘えたい盛りの女の子には。


迷子となりはぐれてしまった女の子は、それに耐えきれるほど成熟した考えを持っていなかった。


走りつづけていたことで蓄積された疲労に女の子は足を止める。乱れた息を整えるため、息を吸い込む。脳に酸素が送り込まれ、徐々に冷静になっていくと同時に、寂しさと悲しさが女の子を支配していく。



「……っく……ひっく……」


堪えてきた涙が、両目をおさえる両手の間から零れていく。


堪えてきた嗚咽が、しっかりと結んでいた口の間から零れていく。


認識すると同時に、徐々に失っていく抵抗の力。零れていく涙と嗚咽は、徐々に大きくなっていく。





----



そんな彼女の隣に誰かが立っているような雰囲気を感じた。



はぐれてしまった両親だろうか?


顔を覆っていた両手から覗く、赤く腫れ上がった両目の先には----



「……」



無言で桜を見つめる、一人の男。


自分の父親よりも若く見える彼は黙ったまま、桜の木を見上げる。とくに何をする訳でもなく、ただ見上げる。


そんな彼の真似をするように、女の子も桜を見上げる。桜は変わらず、その儚い美しさを放ちながら一枚一枚、花びらを散らしていく。


「どうして、泣いているの?」


突然、男が話しかけた。こちら側を見ていないため、まるで独り言のように感じたが、どうやら自分に話しかけているらしいと少女は感じた。


「えっと……お父さんとお母さんとはぐれちゃったの」


「そうなんだ……」


涙を拭いながら女の子は応えるが、それだけ言うと男性はまた桜を見上げる。-ーだが、その表情はどこかつらそうに見えた。何が原因でそのような表情になったのかは判らないが、何かあったに違いないだろう。


幼いながらもそれを理解できた彼女は何も言わず、再び桜を見上げる。そして2人の間には沈黙が流れ始めていた。



「君は、桜が好きか?」


じっと桜を見ていた男性が、突然自分の方に話しかけてきた。それでも桜からは目を離そうとせず、先程同様独り言のように、問いかける。


「うん、好き……きれいだもん」


女の子は、答える。その答えは、まるで男の人が直接ひっぱりだすようにすっと出てきたため、多少違和感を感じていた。


「じゃあ、桜が散っていくのは……どう思う?」


その質問に、女の子は男の方を見る。質問尽くしの男から--どうしようもない哀愁に近いものを感じた。それでも、幼い彼女にはそれが哀愁とは判らないためか、桜に目を戻しながら答える。

「ううん、好きじゃない……」


「……どうして?」

「せっかく綺麗に咲いてたのに、もう散っちゃうなんて、寂しい……」


「……」


「どうせなら、もっと長い間咲いていたらいいのに……」


「……そうだな……でもさ」


「……?」


「来年もまた、きっと咲くよ」


そう言う男の声は、やはりどこか悲しそうで、それでも何かに期待しているような思いも含まれていた。


「来年も……?」


「そう……桜はさ、咲いて散って、そこから先はずっと待ってるんだ。夏みたいに凄く暑い日や冬みたいに寒い日をずっと我慢してやっと花を咲かせる……それをずっと繰り返してるんだ」


「ずっと……?」


「そう、ずっと。君や君のお父さん、お母さん。お祖父ちゃんやお祖母さんが生まれるよりもずっと前から、ずっと繰り返してきたことなんだよ」


「……」


男の話を聞きながら、女の子は一層集中して、桜を見上げる。


「でもさ、去年の桜とはまた違った美しさがあるんだよね」


そう言われて、女の子は多少驚いた様子だった。


何年も見てきた桜。


いつ見ても綺麗と思っていた桜。


それに対する感想も見た目も同じものの、どこが違うというのだろうか。


「どこが、違うの?」


「それはね……あれは、今年咲いた桜(・・・・・・)だっていうこと」


男の返事に女の子の頭の中に大量の疑問符が浮かび上がる。屁理屈に似た返事をした男は苦笑いを浮かべながら、言葉を綴る。


「イタズラ問題みたいになっちゃったけどさ……あれは、去年に咲いた桜じゃない。去年に咲いた桜とは違った一年間を過ごしてきて咲いた桜なんだ」


「違う……?」


「花が咲いて、散る……きっと俺達も生まれてきたら、いつかは死ぬ……それは命がある者、全員が背負って生きなきゃいけないんだ」


「……」


「でもね、同じように始まって同じように終わるように見えても、それはどれも違う。辛いことばっかり感じて終わることもあったり、でもそれが終わった次には凄く楽しいことがあるかもしれない……今まで感じたことがない何かが終わって、今度は全然違うことが始まる。この桜も俺達も、それを繰り返して生きていくんだと思う」


「……よく判んないや」


「……あー、えっと……だから、今度の迷子は前の迷子ときっと違う何かがあるんじゃないかな?だから、前と同じように泣いているだけじゃ、何も変わらないよ」


自分のよく判らないと言う発言に苦笑いしながら、男性は話す。当時の自分は小学校の2年生くらいだったから、判れという方がよっぽど無理があっただろう。


しかしーー最後の言葉だけは、なぜだか理解できた。



「……じゃあ……」


「ん……?」


「もう、泣かない。迷子になっても絶対に泣かない」


前と同じように泣いているだけじゃ、何も変わらない。


同じことを繰り返しているだけじゃ、前に進むことができない。


だからこそ。


心細くなってしまう時こそ、下を向かない。


それが彼女自身が決めた、自分なりの前への進み方だった。


「……そっか」


それだけを言って、男性は再び桜の方に目を向ける。


少し寂しそうな表情は相変わらずだったが、どこか安心したような表情。


ほんの少し感じた男性の表情の変化に、彼女もまた安堵感を覚える。それ以降、2人は何も語らずにずっと散りゆく桜を見上げていた。


また来年、綺麗な花を咲かせますようにと、祈りながら。










--あぁ、そうか。


彼女は無意識のうちに、何かを理解する。


自分が中学校時代の友人と過ごす時間は終わった。同時の自分の全てであった時間は終わった。


だが、終わりじゃなかった。これからは、高校生になった自分の物語が始まっていくのだ。



それが終わっても、また何かが始まって。


そして、また終わりが来る。


それを何度も繰り返して、人生は創られていくのだ。


「よし……!」


今、自分はその一歩を踏み出したばかり。


小さな一歩。


確実な、大きな一歩。


やがて向かえる終わりへの一歩ではなく、さらに次にある始まりへの一歩でもあった。


--たとえ一人だろうが。


--この歩みは、絶対に止めない。


そんな一歩を踏み出した彼女を、新しく吹き出した風が包む。


どこからか運んできた桜の花びらと自由気ままな風を味方につけ。


少女は、新しい始まりに向かって歩き出した。

はじめまして、もしくはお久しぶりです、青空です。この度は、この作品を読んでいただきありがとうございます。


規制が厳しくなってこれまで書いていたライダー系が書けなくなりましたが、なんとか新しいスタートを切ることができました。


その思いをこめて書いたのがこの作品です。ちょうど桜の花びらが散っていた川を通った時にこの作品を思いつきました。


皆さんは、終わりと始まりをどうお考えでしょうか?


当然なお話ですが、始まりがあれば終わりがあります。極端な話、生まれてきたからにはいつか必ず死んでしまうわけです。


その始まり方と終わり方はこの世界に沢山あります。学生生活であったり、ゲームであったり……ほとんどについてまわることだと思います。


しかし、何もない所から始まって何もない形で終わると言っても、その途中はどうでしょう?中途半端に過ごす、全力で過ごす、人によって様々ですね。でも、それが終わってまた何かが始まる時に確実に繋がっています。それを繋げながら、生きていくのが人生ではないかと、少し思いました。


ちなみに登場人物に一切名前がありませんが、これは今企画している一次創作のモノローグみたいなものです。まぁ、書ければの話ですがね←


こんな長いあとがきまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。別サイトのクウガとオーズを更新したら、また連絡致しますので、ぜひとも遊びに来て下さい。



では、失礼します。

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