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雨が降っていた  作者: D太郎
シエラと国
99/103

進軍を停止させた

 進軍を停止させた。



 急遽用意された幕舎の中に現れたのは、髪に白いものが多く混じる、初老の男だった。男は、幕舎に入るなり、すぐに地面に膝をつけて頭を下げた。

「シエラ王女殿下とお見受けします」

 嗄れた声で、ゆっくりとした口調だった。


「シアン王子の使者の方と?」

「左様で御座います」

「用件は?」

「王女殿下に、御助力をお願い申しあげたく参りました」

「助力?」

「グラデを討つべく、是非ともお力添えを」

 男は、そう言った。


「シアン王子は、私たちの敵であろう」

「それは、早合点というもので御座います。シアン王子殿下は、貴女様に敵対してはおりません。先日までの戦に関して申し上げますれば、我々には相手が賊であるという情報以上のものはありませんでした。すでに御存知であると思いますが、我々とグラデ王子の一派とは、政権を巡っての微妙な駆け引きが長く続いておりまして、あの状況で我々が何もしないというわけにはいかなかったので御座います」

 シエラは、言葉半分に聞いていた。


「まあいい。私に助力を求めるということは、シアン王子は、私の下につくということでいいのか?」

「それは、当然で御座います。世間では、グラデ王子が、本当に王族かどうかも怪しいと考えている者も少なくはありません。グラデ王子は、シアン殿下や貴女様とは違い、髪の色が黒いのです。シアン殿下の元、我々は、あのような王族かどうかも分からない男に、玉座を明け渡すわけにはいかないと思い、これまで戦っていたのです。そして、シアン殿下は、ご自身よりも玉座に相応しい方が現れれば、喜んでお譲りしようという考えでおられるのです」






「馬鹿としか言いようがないな。ここにきて仲間割れかよ」

 シアンの使者が出ていった後、コバルトが、吐き捨てるように言った。

「助ける必要なんかねえんじゃねえか?」

 同じく幕舎の中にいるのは、いつもの顔触れである。

「むしろ、ここでグラデ王子の戦力を叩いて、シアンをこっちの監視下に置いておくのも手だと思うけど」

 グラシアが、考えるような仕草をして言う。

「私は、シアンは信用できないと思うけどな」

 グレイが発言した。

「罠の可能性もあると思う。二人の王子が口裏を合わせて、こちらを攪乱させようとしているかもしれないし」

「その可能性は低いと思います。都での争闘は、かなり死傷者が出ているようですし」

 フォーンが、言葉を挟んだ。

「だとしたら、やっぱり馬鹿なのか」

「そうなのかな」

「カラトは、どう思う?」

 グレイが、ずっと幕舎の隅で、沈思していたカラトに言った。

 カラトの視線が上がる。


「俺は、むしろ今しかないっていう時機にグラデ王子は動いたと思う。もっと追いつめられた時、王子が二人いると、全体を動かしにくくなってしかうからね。今なら、都に戻った軍をすべて、グラデ王子が制御できるようになるだろう」

 幕舎にいた何人かが、唸り声を出した。

「もしもそれが事実だとすると、やっぱりグラデ王子っていうのは能力のある男なんだろうかな」

「ライトも話してたじゃん。後ろ盾が何もないのに、権力闘争で生き残った男だって」

「俺は、そのグラデ王子って知らないんだけど」

 不意に、カラトが言う。そして、フォーンに向いた。


「知ってる?」

「ええ……確かに、王族の一人の名だと記憶しています。血縁は本流からは、かなり遠いはずです。ただ、王子の母親が、前王妃様と親しい間柄だったという話があったはずです」

「前王妃?」

「ええ……おそらく、殿下の御母君になられるお方かと」

 その場にいた者達が、こちらに視線を移した。


 母親。自分の母親。

 想像できそうで、できなかった存在。


「……その王妃は、どうなったのだ?」

「……十三年ほど前に亡くなっておられます。正式には、病死だと発表されております。前国王陛下が、お体を悪くされたのは、これが原因だったと、私は思っています」

「そう……」

 自分の母親の話というものを聞いたのは、これが初めてなのではないか。

 やはり、想像は難しい。

 後で、もっと深く考えてみようと思った。


「ちなみに、さっき言ってたグラデの母親は、どうなったの?」

 グラシアが言う。

「その人も、亡くなっています。こちらは確か、王妃様が亡くなって一年か二年ほど後だったかと。彼女は、宮中の権力闘争に巻き込まれて亡くなったのではないかと言われていますね」

「父親は?」

「もっと以前に亡くなっているのかと。そちらは、あまり詳しくは分かりません」

「その……じゃあ母親が王妃様と親しかったってことは、つまりグラデには後ろ盾が無いことはなかったってこと?」

「いえ、それはどうでしょう。前王妃様は、特に政治的な勢力を作ってはいませんでしたので。それに、後宮仕えの侍女の数も、あまり増やそうとなされないお方でした」

「詳しいわね。十五年も前の話なのに」

「王族を捜す時に、徹底的に調べましたので」


「侍女といえばさ」

 不意に、グラシアが言った。

「フォーン、サーモンっていう侍女が後宮にいたかもしれないんだけど、知ってる?」

「サーモン?」

「殿下を、ドライっていう町に連れて行った人なんだけど」

 フォーンは、少し俯いて、顎に手を当てた。

「さすがに分からないか」

「いえ……」

 間。

「確か、どこかで聞いたことがある名前ですね……」

 そう言って、唸る。全員の視線が集まった。

「すいません、ちょっと思い出せそうにありませんね。後で調べておきます」

 会話が途切れた。


「あれ、何の話だったっけ……あっ、シアンをどうするかって話か」

「権力が二分してたから、王子が二人いて都合が良かったんだ。兵が片方に集中してしまって、シアンを捕まえる機会があるってんなら、そうするべきじゃないか?」

「うん、まともな意見」

 数人が頷いた。


「よし。では、シアンを助けるために、その離城という所に行こう。そして、グラデを叩く。方針は以上だ」

 シエラが、纏めて言った。






 今度は、グラデからの使者が来た。使者は書簡を持ってきたようで、すぐにシエラのところまで届けられた。

 中身を読む。要約すると、シアンを討つまで一時休戦したいというものだった。

「無視だ」


 シアン派が籠もっている離城に、あと半日ほどの距離まで進むと、グラデ軍は、あっさりと引き上げていった。都の方へ向かったという。

 再び、シアンからの使者が現れた。

「お礼を申し上げます、王女殿下。ささやかではありますが、離城にて、宴の支度が整ってございます。シアン殿下が、シエラ殿下に是非お会いしたいとのことです。どうか、ご登場下さいますよう」

「会いたいのなら、そちらから、ここに来いと、王子に伝えろ」


 そのまま、離城に向かって進んだ。もし、シアンが城から出てこない場合は、このまま離城に攻撃をかけることになる。

 しかし、離城の近くで陣を組むと、シアンが訪れたとの知らせが来た。

 幕舎の中に、隊長格の人間を並べて待った。


 しばらくして、幕舎に数人が入ってくる。

 先頭の男に、すぐに目がいく。薄金色の髪は、シエラと同じだった。その髪は長く、頭の後ろで縛っているようだ。青い瞳の色も同じだった。

 そして、整った顔立ちをしていた。端正というのだろう。

 人目を引く容姿をしていることは間違いない。

 歳は、二十代の後半辺りか。

 この男が、シアンだ。


 シアンは、すぐに周りにいる者達を見渡した。それから、少し口角を上げて、正面にいるシエラに向いた。

「お初にお目にかかります。私が、シアンです。シエラ殿下」

 そう言って、少し頭を下げた。

「私の幕下に入るということでいいのだな?」

「はい、当然でございましょう」

「お前に付き従ってきた者達は、私の軍の中に組み込むぞ」

「どうぞ御随意に」

 澄ました態度だった。


 少し話をした後、グラデ王子のことを聞いた。この男が、もっとも詳しいと思ったからだ。

「グラデ。あの男は、本当に王族かどうかも怪しい。それに、クロスと結託してクロス軍を国内に引き入れたのも奴です。そもそも、あの男の行動には、ずっと一貫性がない。私には、奴にはスクレイを平和にしたいという考えが、始めから無いのではと思っております。あの男を倒すこと以外に、私の望みはありません」

 少し頭を下げた。

「私も、シエラ殿下の幕僚の一角として、粉骨砕身、戦わせていただきます」

 そう言ってから、幕舎を出ていった。

 あの男は、これから数十人の兵士に逐一監視されることになる。


「なんか、調子のいいこと言う男だな」

 コバルトが言った。

「本当は捕縛しておきたいところなんだけど、まだグラデが残っている以上それもできないからね。それを分かっているから、ああいう大きな態度ができるんだろうけど」

「まあ、何を企んでいても、こっちが警戒していれば、何もできないでしょう」











 さらに一日、幅が広く整備がされた街道を進んだ。

 グラデ軍といえばいいのか、敵は、もう都の城壁の中に入り、城門を閉ざしたという。そして、外界との交通を遮断した。明らかに籠城の構えらしい。


 もう街道に人影を見なくなった。

 黙々と進む。

「あの丘を越えると、都が見えるはずです、殿下」

 ついに、都が目と鼻の先に。

 少し、感慨深いような気がする。


 シエラは、これまでの道のり、出来事を思い出した。

 それが、後少しで終わる。

 いや。

 終わるわけではない。


 集団の先頭の方が、丘の向こうに消えていく。

 あの先には、自分が欲しているものがあるのか。



 丘を越えた。







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