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雨が降っていた  作者: D太郎
シエラと国
73/103

待機のままだった

 待機のままだった。



 先ほどから、横を別の部隊が行き来しているが、自分の部隊は、身動ぎ一つ無く、自分の後ろについている。

 フーカーズは、馬上で腕を組んでいた。

 正規軍の集団の端に配置されていた。相変わらず、上は自分を警戒しているらしい。パステルなどは、かなり上に訴えてくれたようだが、変わることはなかった。一度会ったパステルは、すまないと言っていたが、気にはしていない。

 王子に気に入られようなどとは、始めから微塵も思っていない。ただ、この部下達と全力で戦う場所があればそれでいい。


 フーカーズは、前方に目を移した。

 数時間前に、慌ただしく出撃した部隊が、戻ってきているのが見えた。

 先頭には、あのコバルトと名乗っていた男が見えた。馬上で、少し俯いている。片方の手首を押さえているようだ。こちらには、まったく気付かずに近づいてきていた。

「どうだった? 鉄血将軍は?」

 近くまで来て、フーカーズが言うと、驚くように顔を上げていた。

 それから、少し笑む。

「いや、驚きました。正直言うと、少し侮っていましたよ。私も、自分の力には結構自信があったのですけどね」

 男の手が、少し震えているようだ。

「危うく手首を切り落とされるところでしたよ。完全に、相手の虚をついての攻撃だったのに……あの一瞬で、反撃をしてくるとは恐れ入りました。さすが、十傑といったところでしょうか」

 続く。

「あんなのが、十人もいたと思うと圧巻ですね。前の大戦での大逆転劇というのも、頷けます」

「あの人は、特別さ」

 フーカーズが言う。

「あの人に勝てる可能性がある者は、十傑の中でも二人か三人だけだ。私などは、絶対に無理だな」

「そうでしょうか? 貴方なら、勝てると思いましたが。将軍の部隊なら」

「部隊ならば、だろう? 私ではない」

「いえ。この部隊は、将軍の手足そのものでしょう?」

 そう言った。

「コバルトと戦ったことは、何も言わないのだな」

 フーカーズが言うと、コバルトと名乗っていた男の顔から笑みが消える。

 少しの間。

「まあ、まだまだ戦いは始まったばかりですよ」

 そう言って、通り過ぎて行った。

 フーカーズは、再び前方に目を移した。

 再びの静止。


 しばらくして、また別の部隊が横を通り過ぎようとしていた。そこから三騎だけが、集団から外れて、こちらに近づいてきた。

 先頭の男を、フーカーズは横目で見た。

 将軍の位の具足だ。濃い金色の髪を後ろに流している。歳は、二十代の終わりの辺りか。見たことのない男だが、風貌で誰か分かる。

 この男が、ゴールデンだろう。

「あんたが、フーカーズさん?」

 男が言った。

 フーカーズの後ろにいた部下が、動こうとしていることが分かった。フーカーズは、少し手を挙げて、その部下を制止させた。

 男は、フーカーズのすぐ横まで来た。

「へえ。思ってたより、小さいんだな」

 男は、顔に少し笑みを浮かべている。

「それに、あんまり強そうじゃないな。本当に、スクレイの十傑?」

「何の用だ?」

「せっかくなんで、挨拶でもしとこうと思ってな。俺のこと知ってるかな? ゴールデンっていうんだけど」

「お前は確か、先日の戦の時、王子のすぐ後ろに配置されていたようだな。何故奇襲を受けたとき、すぐに救援に向かわなかった?」

 フーカーズが言うと、ゴールデンは笑む。

「狙われたのは、シアン王子だろ? 生憎俺には、あいつを助ける義理はないんでね。俺は、グラデ様に取り立ててもらったからな。むしろ、シアンには死んでくれた方が都合がいいんだよ」

 そう言った。

「あんたこそ、シアンに取り入るのに失敗したみたいだな」

 ゴールデンは、笑みながら言っている。

「あんな奴より、グラデ様のとこに来なよ。あの人の方が、器量はあるぜ」

 フーカーズは、黙った。

 ゴールデンは、鼻で笑う。

「次の戦では、俺も先鋒の一人なんでね。あんたの昔の仲間が、何人か敵側にいるんだろ? どういう奴がいるのか、是非とも御教授してもらいたいな」

「ならば、忠告しておいてやろう」

 フーカーズは言う。

「戦場では一秒たりとも、気を抜かんことだ。お前の首など、あっさりと飛ぶぞ」

「へへえ。それは、楽しみだなあ」

 再び笑う。

「十傑ってやつを俺が倒せば、俺の名が歴史に残るのかな」

 言って、ゴールデンは駆けていった。











 ボルドーは、本隊の所まで戻った。同時に、グレイとグラシアにも戻ってくように伝令を出していた。

「あんた、今までどこにいたのよ」

 グラシアが、コバルトに会うなり言った。

「いやあ、悪かったな。寂しい思いをさせちまったみたいで」

「はあ?」

 グラシアの眉間に、皺が寄る。

「これから一緒に戦ってくれるって考えていいの?」

 グレイが言った。

「ああ、宜しく頼むぜ」

 コバルトは、笑って言った。

「話に聞いた、コバルトって将軍。あんたと関係がある人なの?」

「いや、全っ然知らねえ。ったく、たちが悪いよな。勝手に人様の名前を使うなんてよ」

 グラシアは、コバルトを見ていた。

「はは、何だ? 今更見惚れちまったのか」

「軽口は相変わらずみたいだね」

 グラシアは、ため息をついた。


 それから、少ししてサップからの報告が届く。

 再び大軍が近づいてきていた。数は、九千強。前回よりも少ないが、質は段違いだろう。

今度は、前回のような単発な戦いにはならないはずだと、ボルドーは思っている。

 隊長格に召集をかけた。

「パステルにインディゴ、ゴールデンにオーカーか。警戒していた将軍が、揃いも揃ったといったところか」

 ボルドーは、敵陣の報告を読み上げた。

 それから、集まった者達を見回す。

「何か案があるなら聞こう」

 意外そうな顔をする者が何人かいた。

「当然、正面からまともに戦うのは愚策です。こちらは、全軍で四千弱。相手の半分程度しかありません。地の利を生かして、戦うべきでしょう」

「地形なら、少し南西に行った辺りに、岩山が多い地域があります。あそこならば、大軍の利が生かせないと思いますが」

「西の城に戻るというのはどうでしょうか」

「それは、消極的な印象を自軍と世間に与えてしまう」

 意見が交わされた。


 ボルドーは、全員の意見を聞いたという態度を示してから、そのまとめという風に話始める。

「よし、本隊の前進は一旦中止だ。全軍を、南西の移動。いい高台に本隊用の砦をすぐに建設。地の利を生かしながら、そこで迎え撃つ」

 グラシアを見る。

「グラシアは、すぐに砦建設の資材を集めてくれ」

 グラシアの眉が、明らかに真ん中に寄った。

「いつまでに?」

「早ければ早いだけいい。だが、明後日までには、目処をつけておきたい」

「……分かった」

 ため息をついたグラシアの肩を、苦笑いをしたグレイが触れていた。


 集いが散開した後、元十傑の三人が残った。

「お前達、覚悟を決めておけよ」

 ボルドーは言った。

「次は、フーカーズとデルフトが来るかもしれんぞ」






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