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雨が降っていた  作者: D太郎
シエラと国
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前進が始まった

 前進が始まった。



 本隊は、ほぼ真っ直ぐ都に向かって進むことになる。それと同時に、本隊を補助しつつ、敵の小拠点を潰しながら動く、遊軍が数部隊編成された。

 本隊はともかく、この遊軍は、細心の注意と、戦略的な目的を持って動かなくてはならない。遊軍をどう動かすかは、隊長格の人間と、何度も相談をしながら決めた。当然、突然目的が変わることもあるので、臨機応変に対処しなくてはならない。

「フーカーズか、デルフトの部隊と遭遇した場合、絶対に戦おうとは思うな。部隊を纏めて、退却しようとするのも駄目だ。もう、ある程度の犠牲は覚悟をして、部隊を分裂散開しろ。散り散りになって、個々に退却するのだ。分かったな?」

 遊軍の出発前に、ボルドーは、そう言った。


 それから、三日が経った。

 小規模で散発的な戦いは、各地で続いていた。

 ボルドー自身は、本隊の中にいた。遊軍の救援に、すぐに向かえるように、騎馬隊を常に待機させている。

 サップからの情報によれば、やはり国軍の指揮官が、かなり入れ替わっているようだった。ライトが言っていた要注意の人物たちも、全員前面に出てきている。

 ただ、事実上王子の命を守ったフーカーズは、それでも王子に冷遇されているようだ。デルフトもそうだが、それぼど重要な場所には置かれていない。

 それでも、二人は裏切らないのだろうか。


 数日して、新たにサップからの情報が届く。

 敵軍の一部隊が、南西に向かって動いたという。

 どうやら、本隊の南東に拠点を造りに向かった、ブライトの部隊を潰そうという動きだろう。それよりも、その敵部隊を指揮している者の名を聞いて、ボルドーは驚いた。

「コバルトだと?」

「はい。新たに着任した将軍だそうです」

 サップの部下が言った。

「あのコバルトなのか?」

「それが、隊長には判断がつかないそうです。遠目で見た容姿では、緑色の髪色だったそうですが」

 ボルドーは考えた。


 コバルトの消息が、まったく分からなくなっていた。国側についていたからなのだとしたら、一応の辻褄が合う。しかし、あのコバルトが、王子に味方するとは思えなかった。

 だが、人の考え方など、信じられないほど変わってしまうこともあるのだ。

 今は、真相を確かめたかった。

「ブライトに、伝令を出せ。拠点の建造は中止して、守りやすい地形に移動して、守備陣を展開。敵の攻撃を防いでおけ。すぐに、わしが救援に向かうとな」

「はっ」

 ボルドーは、すぐに腰を上げた。






 騎馬隊で進発した。

 雨上がりで、道には水たまりが幾つもあった。泥が跳ね上がり、後ろを駆けている者にかかってしまうが仕方がない。

 道の正面から、早馬が駆けてきた。

「敵部隊の騎馬隊だけが先行しているようです」

 ということは、こちらが到着するよりも先に、ブライトの部隊が敵の騎馬隊とぶつかる。

 進行速度を上げようか、ボルドーが考えていると、道の先で、人が道に飛び出すのが見えた。

 ボルドーは、すぐに右手を挙げた。停止の合図だ。

 道に出てきた者は、道の真ん中で手を挙げている。すぐに、それが誰だか分かった。

 その者の前で、騎馬隊は止まった。


「悪い、旦那」

 真剣な表情で、コバルトが言った。

「俺を、この隊に加えてほしい」

 ボルドーは、コバルトを馬の上から見下ろした。

「コバルトと名乗っている将軍、何かお前と関係があるということか?」

 言うと、コバルトの表情が厳しくなる。

 少しして、頷く。

「話せないのか?」

「すまねえ……こればっかりは、俺が、俺自身でけじめをつけないといけないことなんだ」

 そう言う。

 ボルドーは、コバルトを見ていた。聞きたいことは、他にもいろいろとあるが、今は悠長としていられない。

「予備の空馬がある。それに乗れ。ただし、馬の質は保証しないぞ」

「恩に着る、旦那」






 さらに早馬が来た。

「ブライト軍が、敵の騎馬隊と交戦状態に入りました」

「急ぐぞ!」

 ボルドーは言って、速度を上げた。

 少し進むと、見晴らしのいい平野に出た。

 瞬時に全体の状況を把握する。

 ブライトの部隊三百は、少しだけ平地より高い場所に上がって、密集守備体型をとっている。

 その周りには、約百の騎馬隊が、三部隊駆け回っている。これが、国軍だ。

 ボルドーが率いている騎馬隊は、百騎だ。

 すぐにボルドーは、偃月刀を真上に掲げた。

「行くぞ!」

 駆ける。

 さらに接近して、この騎馬隊全体を指揮している指揮官が見えてきた。

 一つの騎馬隊の先頭にいる者がそうだ。緑の髪が見えた。あれが、コバルトと名乗っている男か。

 ボルドーは、真っ直ぐに、その男を狙った。

 緑髪の男は、こちらの接近に気付いたのか、向きを変えて走り出した。ブライトの部隊から離れる方向だ。

 ボルドーは、そのまま追いかけた。

 少し見ただけだが、やはり先日までの国軍とは、質が大違いだった。細かい指示まで、きちんと全軍に行き渡っているようだ。あの、緑髪の指揮官も、そこそこできるというわけだ。

 ボルドーは、緑髪の男の部隊の最後尾に届きそうなところまで、接近した。最後尾の兵達が、こちらを向いて構えている。

 攻撃をしようと思った瞬間、その兵達が横にずれるように動いた。

 その間から、こちらに突っ込んでくる馬があった。

 緑の髪が見えた。

 まさか、と思った。

 ボルドーは、咄嗟に偃月刀を振るう。衝撃が当たった。

 緑髪の男と、馳せ違った。その後ろから、後続の騎馬も来ている。ボルドーは、その兵達と打ち合う格好になった。

 少しして、先ほどの状況が分かってくる。緑髪の男が、追われている途中で、馬を反転させたのだ。まさか、そんなことをしてくるとは思わなかったので、不意をつかれた格好になってしまった。

 敵の騎馬が、すべて通り過ぎた。十騎は落としたか。

 ボルドーが馬首を返すと、緑髪の男は、すでに離れたところにいた。

 こちらの騎馬も、損害が少なくないようだ。

 思わず舌打ちをする。

 まんまと翻弄されてしまった。それよりも、あの指揮官を討つ絶好の機会を、向こうから与えてきたというのに活かせなかったことが悔やまれる。


 ブライトの部隊が、応戦しているのが見える。

 敵の歩兵部隊が到着するまえに勝負を終わらせないと、兵力数が逆転してしまう。

 ボルドーは声を出して、もう一度、緑髪の男に向かった。

 すると今度は、ブライトの部隊とぶつかっていた二つの騎馬隊が、こちらに向いてきた。

 兵力差がある。まともに正面から戦うのは、どう考えても無謀だ。

 ボルドーは、左に曲がった。

 すると、正面から騎馬隊が来た。あの緑髪も見える。

 こちらが、避ける方向まで予測して先回りしていたということか。

 向こうは不意をついたつもりだろうが、これは好機だとボルドーは思った。

 あの指揮官と、もう一度接近できる。

 ボルドーは、偃月刀を横に構えた。心気を集中する。

 今度は、確実に首を落とす。

 思ったが、敵は、こちらとぶつかる前に、方向を変えた。

 その先を見ると、他の二百騎がいる方向だ。

 追いかけでもしたら、挟撃をかけられるのだろう。見え透いた罠だった。ボルドーは、一旦騎馬隊を止めた。

 しかし、自軍の中から一騎だけが飛び出しているのが見えた。

 緑の頭髪、高い上背。

 コバルトだ。

 向こうに走っていた敵の騎馬隊の動きが止まった。そして、反転を始めた。

 まずい。

 ボルドーは、再び馬を走らせる。

 コバルトが、逡巡なく一騎で進み続ける。そこに、反転した敵の騎馬が正面から向かって行っていた。

 先頭には、あの緑髪の男だ。

 二人が、ぶつかる。

 コバルトが、馬から落ちたように見えた。

 しかし、その後は敵の馬群に紛れてしまって、どうなったか分からない。

 ボルドーは、敵の騎馬隊に突っ込んだ。

 一騎二騎と、払い飛ばす。ある程度進むと、地面に立って、敵兵と応戦しているコバルトを見つけた。

「おいっ!」

 通り過ぎ際に声を出す。コバルトは、ボルドーの後ろについていた騎馬の後ろに飛び乗っていた。

 そのまま、敵の集団を突き抜ける。

 少し進んで、自軍を纏めた。敵も、纏まり始めている。

 にらみ合う形になった。

 ふいに、敵の騎馬の先頭が動き始める。東の方向に向かっていった。それについて、敵の全軍が退却していった。

 ボルドーは、一つ息をつく。

「我々も下がる。ブライトに伝えろ」

 部下に言った。

 ブライトの歩兵と合流する。

「救援助かりました」

 ブライトが、馬を寄せてきた。

「しかし、さすがと言いますか、何と言いますか。あれほどの実力を持った者が、まだ国には埋もれていたのですね」

「そうだな」

「しかし、何故敵は引いたのでしょうか? 敵の歩兵が到着すれば、向こうが有利になっていたのでは」

「こちらも、近くにいたグレイの部隊に救援の要請を出していたからな。近くまで来ているのを察知したのかもしれん。もし、双方に増援が加わっていたら、かなりの混戦になっていただろう。それを避けたのかもな」

 少し、ブライトと話をした後、ブライトの指揮で両方の部隊が撤退を始めた。


 ボルドーは、戦場になっていた平野に戻る。

 コバルトが、一人で立ち尽くしているのが見えた。

「馬から落とされたのか?」

 背中に問う。

「いや、馬を狙われた。始めから、直接ぶつかる気はなかったみたいだ」

「あいつは何者なのだ?」

 ボルドーは聞いた。

 しばらくの間。


 コバルトは、一つ息を吐いた。

 それから、こちらを向いた。

「あいつは俺の弟だ」






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