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雨が降っていた  作者: D太郎
シエラと国
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いよいよ動き始めた

 いよいよ動き始めた。



 サップの部下が伝えてきた情報によると、都で大規模な軍の編成が行われているようだ。それに伴い、各地の軍も、何やら慌ただしくなっているらしい。

 明らかに、こちらを攻撃するための準備なのだろう。

 こちらは、全軍で千五百を越える人数になっていた。

 編成は終わっていた。調練も、ある程度できてはいる。取り敢えず、考えつく準備は、すべて終わってはいる。


 グラシアが、部屋に入ってきた。

「とりあえず、当初予定してた量の物資は、揃いそうだから報告を」

「うむ。良くやってくれた」

 グラシアが、にやりと笑う。

「しかし今更だが、よくあれだけの量の武器を、こんな短期間に集められたものだな」

「まあ、前の戦争から、まだそれほど経っていないってことでしょうね」

「……そういうことだな」

 グラシアが、椅子に座る。


「いよいよってことなのかな?」

「まず間違いない」

「勝てそう?」

「まともに戦えば、難しいだろう」

 グラシアは、目を丸くした。

 ボルドーは、少し笑う。

「いかに、相手の攻撃をまともに受けないか。そういう戦いをしていく必要があるということだ」

「私には分からない世界だね。そういうことは軍人が考えて」

 グラシアは、呆れるといった顔をして、頬杖をついた。


「一つ、話をしておきたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「まだ、一部の人の中ではあるのだけど、私達が、王女を独占してるんじゃないかって、不満を口にする人が出始めてるらしいの」

 グラシアが言う。

「確かに言われてみれば、そういうことを思う人が出てきても不思議じゃないよね。殿下に会える人間を、私達が選んでるんだし、方針も私達が勝手に決めちゃってるし」

「ふむ」

 ボルドーは腕を組んだ。

「ちょっと、簡単には解決策が出てこない事案ではあるけど、今後尾を引きそうな問題ではあると思うんだよね」

「そうだな」

「どうする?」

「仕方がない、と考えるしかないと、わしは思う。事実、我々が自由に王女を利用しているのだからな」

「もしも、国を奪取に成功したとしても、そのまま私達の一派が、実権を独占するんじゃないかって不満も出てくると思うけど」

「そうだな、それも仕方があるまい。開き直るしかない。我々が行っている行為こそ、我々にとって最善だとな」

「うーん、まあそうなのかなあ」

 グラシアが、息を吐いた。


「それと、殿下のことだけどね。私は、もうちょっと人前に出してもいいと思うんだ。ボルドーさんが、あまり出したがらないのも分かるけど」

 ボルドーは、グラシアを見た。

「確かに殿下は、まだ王らしい威厳のある振る舞いはできないかもしれないけど、その姿を見せるだけでも全体の士気は全然違うと思うけどね」

「……ふむ」

「それに、殿下は美少女だし」

「関係があるのか?」

「あるある。男にしろ女にしろ、美人ってのはね、かなり効果があることなんだよ。兵達には、その姿を見せるだけでも、強烈に鮮烈に印象に残るし、神懸かり的な力を持っているような気にもなる。士気も上がるってもんよ」

 ボルドーは唸った。

「成る程、わしには考えつかん話だな」

 グラシアが、少し笑む。

「まあ、言いたいのはこれだけ。それじゃ、後方の最後の点検に行ってくるよ」

 グラシアが、腰を上げた。


「ところで、グレイには話したのか?」

「うん」

「何と言っていた?」

「そっとしておこう、ってさ」

「……そうか」


 ボルドーは、出て行くグラシアの背中を見送った。






 さらに、五日が経過した。

 サップの部下からの情報は、次々と入ってきていた。

 都と、その周辺から大部隊が進発したようだ。

 全軍で、およそ一万数千。数としては、一応予測の範囲内だ。

 ただ、軍の陣容を聞いて、ボルドーは耳を疑った。

 そこから、しつこいほどに何度も確認の遣り取りをした。返事は、毎回同じだった。

 間違いないということか。


 ずっと、軍議の催促を無視していたが、ようやく部隊長格の人間に召集をかけた。

「いよいよ開戦ですか」

 ブライトが、部屋に入るなり言った。

 全員が集まってから、ボルドーは卓の上に、地図を広げた。

「諜報部隊から、敵軍の陣容が届けられた。まず、その説明をしようと思う」

 何人かが、地図をのぞき込む。

「どうやら、二人の王子が、これの陣容に加わっているようなのだ」

 場が、にわかにざわついた。

「どういうことですか?」

「その理由については、確信の持てる情報はない。ただ予想するに、おそらく政争のための点数稼ぎではないかと思われる。二人の王子が、それぞれ並んで軍を率いて進軍しているという状態らしいのだ」

 場にいる者が、それぞれうなり声を出した。

「なめり腐ってるわね」

「だが、これは好機だ。運がこちらに傾いているとしか思えん。もしかすると、この戦いを、短期間で終わらせることができるのかもしれん」

 全員が、ボルドーを見た。


「二人の王子を、奇襲で討ち取る」

 ボルドーは言った。

「今、二人の王子がいなくなれば、間違いなく中央は纏まりを無くすだろう。そうなれば、殿下が実権を握るのは容易くなる」

 ルモグラフを見る。

「ルモグラフ。お前は息子三人と、本隊一千を率いて、街道で敵軍の正面に構えろ。分かっているとは思うが、これはあくまでも囮の軍だ。間違っても、まともに戦おうとは思うな。出来る限り犠牲を抑えながら、相手の攻撃を受けろ」

「はっ」

 ルモグラフが、声を上げた。

「わしと、グレイ、グラシア、ダークはそれぞれ騎馬隊百を率いる。わしとグレイは、シアンを狙う。グラシアとダークは、グラデを狙え」

「ダーク? やってくれるの?」

「この軍議の前に、話しておいた。やってくれるそうだ」

「へえ」

 グラシアが、意外そうな声を出した。

「ほお、あの噂に名高いダーク殿がいらっしゃるのですか。それは、是非とも御挨拶をしたいですな」

 ブライトが言った。

「やめといた方がいいよ。きっと、幻滅するから」

 グレイが言っている。

「ただ一つ危惧していることがある。もしも、片方の王子しか打ち取れなかった場合だ。せっかく二つに割れていた中央が、生き残った王子を中心に一つに纏まってしまう可能性がある。もし、片方で打ち取れる見込みがないと判断した場合、すぐにもう一方の部隊に、情報が伝わるよう合図を決めておこう」

 ボルドーが言った。


「次に、敵の全容だが」

 前置き。

「敵の前衛は、二人の王子それぞれの取り巻きの将軍のようだ。二人の王子は、本隊の中衛にいる」

 地図の上に指をつけながら説明する。

「以前にライトが言っていた将軍としては、後衛の両端にインディゴとゴールデンがいるらしい。パステルとオーカーは、都にいるようだ」

「フーカーズはどこ?」

 グラシアが言った。

「ここだ。都と本隊の中間」

「何ここ? どういう意図?」

「おそらく、王子達はフーカーズのことを完全に信用してはいないようだ。いきなり裏切った場合でも対応できるように、この位置に置いていると見える。こちらとしては、ありがたいことだがな。この位置ならば、それほど警戒しなくてもいいだろう」

「デルフトは?」

「うむ。中央からの召喚を、ずっと無視していたようだが、つい先日赴任地を動いたとの確認がとれた。しかし、どう考えても今回の戦いには参戦できないだろう」

「本当に、運が傾いてきたみたいだね」

「だからこそ、この機を絶対に生かしたい。全員、決戦のつもりでかかってくれ」

 ボルドーは、全員を見渡した。


「では、皆武運を祈る」

 その場にいる全員が、声を上げた。






 騎馬隊を率いて進発した。

 街道から、かなり大回りすることになる。攻撃予定地点に、王子が差し掛かると予想される三日前に出発することにした。ボルドー達は南回り、ダークとグラシアは、北回りで進む。

 騎馬隊といっても、あまり質がいいものではない。しかし、やはり戦では効果は高いのだ。無理やりではあったが、馬を揃えた。

 できるだけ、人目のつかない道を選びながら進み、二日進んだ所で待機の合図を出した。小高い山の合間だ。


 周囲に見張りを配置させた後、ボルドーは、グレイを呼んだ。

「街道を進軍している王子の軍を見ておこうと思う。お前は、どうする?」

「私も行っていいの?」

「まあ、大丈夫だろう」

 軍装を解いて、平民の服装に着替えて、街道の方に、徒歩で向かった。


 街道では、大軍が進軍していた。それを、道の端で見ている人の群がある。ボルドーとグレイは、そこに紛れた。

 王子の軍の、先頭の方だろう。一万の軍が街道を進むともなると、縦に大きく伸びることになる。予想通りだった。奇襲をするには、絶好の状況だ。

 しばらく見ていたが、だらだらと歩いている兵ばかりだった。やはり、兵の質は良くないようだ。これなら、ルモグラフもそれほど無茶な戦いにはならないだろう。

 三十分ほど見物してから、兵のところに戻った。


 日が落ちてから、ボルドーは一人で草原の上に立ち、夜空を見上げた。


 明日、攻撃をかける。戦の前で、緊張しなかったことはなかったと思う。

 星が見えた。そういえば、星を見て、人の運勢を知ることができる人間がいるということを聞いたことがある。

 自分の運勢も見ることができるのだろうか。


 ボルドーは、しばらく空を見上げていた。






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