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雨が降っていた  作者: D太郎
シエラと国
65/103

城壁の上に立っていた

 城壁の上に立っていた。



 セピアは、内心苛立っていた。


 南で、賊の反乱だという中央からの情報が入った。

 だが、その報告が入る前に、ある噂も広がっていた。

 王の子供が、もう一人いて、王座に登るために立ち上がったのだという。

 そして、その王の子の名がシエラだ。

 あの、シエラなのだろうか。

 さらに、元スクレイの十傑の三人が、それを指示して協力するのだという。三人共、当然知っている名前だが、本物なのだろうか。

 本物のような気がする。シエラも、三人もだ。

 もしも、本当にシエラが王女なのだとしたら、当然驚くべきことだが、どこか納得してしまう自分がいた。

 ただ、それが本物だからといって、自分にはどうすることもできない。


 すでに管轄の地方軍が、二度ほど討伐に出動していたらしいが、二度とも失敗をしていた。詳細は分からないが、戦いは始まっているようだ。


 本当は、すぐにでも駆けつけたかった。しかし、一兵士の身である。そして、家族が軍の人間なのだ。自分が勝手に動いては、彼らに迷惑をかけてしまうことになる。

 そんなことは、できるはずもない。


 そうこう考えていると、カーマインが近づいてくるのが見えた。

「セピア様」

 カーマインが、顔を寄せてくる。内々の話ということか。

「実は、非公式にブライト様とウォーム様が来ております」

「えっ?」

 セピアは、一瞬耳を疑った。

「ウッドにですか?」

「はい。今は、客室のほうにいらっしゃいます」

「どういうことですか? お二人とも、軍の指揮官ですよね。そんな、非公式に動くなどあるのですか?」

「私には、具体的な事は分かりません。お会いになられてはいかがでしょうか」

 セピアは、戸惑うしかなかった。






「失礼します」

 セピアは、恐る恐る客室の扉を開いた。


 さすがに緊張した。兄妹とはいえ、会うのは本当に久し振りなのだ。あまり、話をした記憶もない。それに、今は兵の中の地位も違いすぎる。

 扉を開ききった。

 広い客室の中には、大きな机があり、その周りには多数の椅子がある。

 椅子に座った二人の男がいた。


「おお!」

 一人の男が、声を上げて立ち上がった。

「いやあ、ははは。久しぶりだなあ、懐かしい」

 そう言って、近づいてきた男は、そのままセピアに抱きついた。

 思わず、悲鳴を上げそうになった。

 いや、少し上げたかもしれない。

「おっと」

 言うと、男はセピアから離れた。

「いや、すまんすまん。つい嬉しくてな。しかし、そんなに嫌がることもないだろう」

「あ、すいません、兄さん。嫌がったわけでは……」

 歳は三十ほどで、短い茶色の髪。肌は、随分と日焼けをしている。長男のブライトだ。もしかすると、顔が分からないのではないかと心配していたが、顔を見ると、すぐに分かった。

「しかし、まあ年頃の女の子だからな。無理もないか」

 もう一人は、椅子に座ったまま、目だけをこちらに向けている。少し長めの茶色の髪が流れている。次男のウォームだ。

「久しぶりだな」

 ウォームが、静かに言った。

「あ、はい。お久しぶりです」

 一つ、頷く。


「あの、お二人は、どうしてここに?」

「ああ、まあ、父上に会いに来たのだが、会えなくてなあ」

「会えない?」

「うむ。カーマイン殿が言うには、自室に籠もっているそうだ。誰も近づけないようにと言い渡されたらしい」

「籠もっている?」

 セピアは驚いた。そのようなこと、今まで知らない。

「しかし、兄さん達が来られたことを報告すれば、きっと父上もお出でになられるのでは?」

「カーマイン殿も同じ事を言っていたのだがな……父上が、誰も近づけるなと言ったということは、かなり重大なことなのだろう。まあ、邪魔はすまいよ」

「あの……不束な質問になってしまうかもしれませんが……お二人とも、軍務の方は大丈夫なのですか?」

「ああ、まあ大丈夫だろうさ」

 軽い調子のまま言った。

 どういうことなのだろう。相変わらず、二人の意図が見えない。

「その……繰り返しになってしまいますが、お二人がここに来られた理由を聞いても宜しいでしょうか? 非公式だと聞いたのですが、何故そうしたのですか?」

「まあ、待て。もうすぐ、ライトも来るはずだから、それから話そう」

「ライト兄さんも、来るのですか!?」

 思わず、声が大きくなった。

「さてと……果たして、どうなるのかな」

 ブライトが、少し笑って言った。











 ルモグラフは、自室の椅子に座っていた。手前の机の上で、両手を組んでいる。

 もう、かれこれ半日は、そうしていた。

 いくら考えても、何もならないことは分かっていた。

 しかし、考えずにはいられなかった。


 自らの手の者を使って、南での反乱のことを調べた。間違いなく、本物のボルドーが加わっている。

 つまり、現体制の転覆を本気で図ろうとしているのだろう。

 それは、自分自身が待ち望んでいたことではないのか。

 もう、組織の内部から変革することが、不可能だということは、薄々感づいてはいた。しかし、だからといって、軍を抜けて何かをしようという動機は、沸き上がってはこなかった。

 何より、軍の中で役職に就いている息子達に、迷惑をかけたくないという思いが、どうしても心を過ってしまうのだ。

 今も、そうだった。

 いくら考えても、結局その考えに行き着いてしまうのだった。

 無為な時間だと分かっていながらも、こうして思い悩んでしまう。


 日が傾きかけていることに気がついた。

 そろそろ出て行かないと、カーマインに仕事の負担がかかりすぎるだろう。

 そう思い、部屋を出たところで、足が止まった。

「父上、お久しぶりです」

 部屋の前の通路で、立っている四人がいた。あまりにも突然のことで、言葉が何も出てこなかった。

「考え事は、もう宜しいのですか?」

 言ったのは、ブライトだ。前に見たときよりも、随分と日に焼けている。確か、最南の部隊にいたのだということを思い出していた。

「お前達……」

「父上、お話できる時間を頂きたいのですが」

「話?」

「はい。我々五人だけで」

 話しているのは、ブライトだけだった。他の三人は、立ったままである。セピアだけが、緊張をしたような顔をしている。

「カーマイン殿の許可は、貰っています。父上の裁可が必要な用件も、今は無いとのことです」

「何の話だ?」

「それも、落ち着いた所で」

 ブライトが言っている。


 他にも、いろいろと聞きたいことが当然あるが、黙っていた。彼らは、自分の判断で動いているのだ。何から何まで、自分が把握しなくてはならないわけではない。

「入れ」

 ルモグラフは言った。






「よろしいですか?」

 ブライトが、座ってもいいかを確認している。

 ルモグラフは、手で許可をした。

 全員が座る。


「さて、父上。まずは、改めて挨拶をさせてもらいます。お久しぶりですね。御健勝そうで、何よりです」

「ああ」

 ウォームも、会釈をした。

「しかし、こうして家族が揃うことなど、何年ぶりでしょうか。懐かしいですね」

 ブライトが、目線を上げる。

「たしか、いつ以来でしたか……」

「ブライト、本題を話せ」

「まあ、そうですね。昔から父上は、無駄話がお嫌いでしたから」

 そう言うと、居住まいを正した。


「父上、南の反乱のことは、御存知ですよね?」

 当然ルモグラフは、彼らの目的が何なのかを考えながら聞いていた。

「報告は入っている」

「どう思いましたか?」

 ブライトが言った。

 少しの間。

「反乱に加わっている十傑の人間が仮に本物だとすれば、その反乱は、そう簡単に鎮圧できるものではないだろうな」

「それだけですか?」

「私の部隊の管轄からは遠い。まさか、ここに討伐要請が来ることはないだろう」

「他には?」

 ブライトの言葉に、ルモグラフは、少し口を閉じた。

「何か聞きたいことがあるのなら、始めから言え」

 ブライトは、少し口角を上げる。

「仮に、討伐の要請が届いたのなら、どうしますか?」

「成る程、それが用件ということか……」

 ルモグラフは、ブライトの顔を見た。

 真剣というほどの表情ではない。だが、元々この男は昔から、どこか抜けているのである。本人は、真剣な表情をしているつもりなのかもしれない。

 他の三人の顔も見た。

 ウォームは、少し俯いている。彼は、昔から表情が読み取りづらい。ライトは、いつも通り飄々としているし、セピアは相変わらず緊張した顔をしていた。

 どうしたものか、と思う。


「父上は、国とは何だと思いますか?」

 急に、ブライトが言った。

「国?」

「父上は、王に忠誠を誓っているのか、それとも国に忠誠を誓っているのですか?」

 少し、眉が動く。

「同じことではないのか」

「つまり父上は、国と王は同じだと」

 言われて、ルモグラフは考えた。

 同じと言えば同じだが、違うと言えば違う、といったところか。王がいないという国も、どこか遠くにあるという話も聞いたことがある。何より、今この国には、その王がいない。

 ならば、忠誠の対象は王族になるのか。それも、正解ではあるだろう。

 だが、王族と国を同等に並べられると、違う気がする。


「同じ、ではないな。ただ、比べるものでもない」

「では、質問の答えは?」

「両方だ」

 ブライトは、微笑んだ。

「成る程、実に父上らしい」

「兄さん、どうにも回りくどくないかなあ」

 ライトの声が割って入った。

「ちゃんと、着地点を考えて話してる?」

「馬鹿、当たり前だ」

 ブライトが、咳払いをする。


「私はですね、父上。国とは、民だと思うのです」

 何を言おうとしているかが、まったく分からなくなってきていた。

「そして、その民は長年、理不尽の中で生きてきました。私には、それが許せないのです。民があっての国家なのに、権力者は、それをまったく顧みようとしていません」

 話が、思わぬ方向に向かっていることに気がついた。

 ブライトは、少し鋭い視線で、こちらを見据えていた。

「……なので、私はそういう国を変えるべきだと思ったのです」

 そう言った。

「実は、独自で叛乱を起こそうと、いろいろ準備をしてはいたのですが、成功する見込みがあるほどのものはできそうにもなかったのです」

 続く。

「そんな時に、南での叛乱です。これには、成功できる可能性があると私には思えます。私は、あれに加わりたいのです」

 一つ間。


「どうしますか? 父上」

「何がだ?」

「私を捕らえますか?」

「何故?」

「叛乱を謀ろうとしています」

 話が、いきなりすぎて、思考がうまく働いていないことに気がつく。

「本気なのか? 南の叛乱に加わりたいというのは」

「本気です」

「お前達もか?」

 三人に目を移す。三人が、頷いた。

 ルモグラフは、呆気にとられた。

 なんということだ。自分が、一人で悩んでいたことは、独りよがりだったのではないのか。息子達は、それぞれ自分の意志を持って、行動を起こそうとしていたのだ。

 それなのに、自分は……。

 しばらくの沈黙。


 ルモグラフは、立ち上がった。

「お前等、管轄の部隊は、どうなっているのだ?」

「別の者に引き渡しました。我々は事実上、すでに退役したのと同じというわけです」

 思わず、ルモグラフは笑った。

「私も、決心がついた」

 四人の目。

「私も、南の叛乱に加わろう」

 言った。四人が、それぞれの視線を交わす。

 少しして、ブライトが大きく息を吐いた。

「いやあ、ははは。さすがは、父上だ。きっと、そう言ってくれると思っていましたよ」

「私が、賛成しなかったら、どうするつもりだったのだ?」

「実は、最悪の場合、父上を縛り上げて、どこかに移そうと思っていたのですよ。父上とは戦いたくはないので。とはいえ、さすがに緊張しましたが」

「私も、お前達が中央から命じられて、私の素行を探りに来たのかと思っていたのだがな」

「成る程、どっちとも緊張していたというわけですか」

 もう一度、声を上げて笑った。











 ウッドが、慌ただしい空気になった。

 ルモグラフが、南の叛乱に加わる決心をした。それを、ウッドの兵に伝えたのだ。

 数人の兵が、ルモグラフに着いていきたいと申し出たらしい。その中から、何人かを連れて行くようだ。

 ルモグラフは、どこか、すっきりとした顔をしているとセピアは思った。


 兄達には、事前に話は聞いていた。驚く反面、嬉しい気持ちもあった。兄達も、正義の心をしっかりと持っていたのだ。

 ただ、父が受け入れるかどうかは、分からなかった。その場合の、行動を聞いたときは、さすがに驚いたが、それしかないとも思えた。

 結果は、一番いい形になった。


 セピアは、自分の準備が終わって、本塔の前で慌ただしく動いている、兵達の手伝いをしていた。

 カーマインが、張り切って兵や物資の編成をしている。そこに、ルモグラフが近づいていった。

「カーマイン」

 呼びかけに、カーマインが反応する。

「将軍、まもなく編成は終わります」

「お前は、ここに残るのだ」

「えっ!?」

 カーマインが、目を見開く。

「ウッドを任せられるのは、お前しかいない」

「そんな、私も加えて下さい!」

「私もお前もいなくなってしまっては、ここが機能しなくなる危険性がある」

「宜しいではありませんか! 元より、国を倒すために立ち上がるのですから、その国のために、ここを守る必要など」

「倒すのではなく、入れ替えるのだ。そして、ここも当然、新しくなっても国の一部であることには変わらない。我々の行動が、成功するかどうかも分からないしな」

「しかし!」

「頼む」

 ルモグラフが、少し頭を下げた。それを、カーマインは驚いた様子で見る。

 カーマインは、唇を噛みしめて俯いた。

「ここは緊急時には、スクレイ北西部軍の本陣になる。直接攻められる可能性は低いといっても、油断ができる所ではないのだ」

 続けて言う。

「それに、お前がここにいるということが、いつか我々にとって重要になってくるはずだ」

 俯いたままの姿勢で、カーマインは肩を振るわせた。

「……分かりました」

 それで、話が終わった。ルモグラフが、離れていく。

 俯いたままのカーマインの側に、ライトが近づいていくのが見えた。何か言葉を、小声で交わしている。


 そして翌日、ウッドの正門前に、騎馬が並んだ。四十騎ほどだ。

「セピア、シエラ王女殿下とは、どういった方なのだ?」

 いつの間にか、ブライトが近くにいた。

 セピアは、思わず笑む。

「真っ直ぐな方です。きっと兄さん達も、すぐに好感を持たれると思います」

「そうか、お会いするのが楽しみだな」

 ブライトが、快活に笑った。






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