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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトと十傑
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風の音が聞こえた

 風の音が聞こえた。



 ボルドーは、椅子に座って腕を組んでいた。

 ウエットの町の宿の一室である。いつの間にか、外は暗くなっているようだ。


 シエラが去った後、しばらくしてから、ペイルもいなくなっていた。何度もボルドーに、何かを言っていたが、よく聞いていなかった。

 考えると、一人になるのは久しぶりだった。数年前までは、このまま一人で生涯を終えようと思っていたのに。あのころのことを考えると、信じられないような時間だったのかもしれない。


 しばらくして、何か人の気配を感じる。

「よう、鉄血」

 声だけがした。その声を聞いて、ボルドーは大体の経緯が読みとれた。自分のことを、そう呼ぶ者は一人しか知らない。

「お前か……シエラに余計なことを吹き込んだのは」

 くつくつと、笑い声。

「余計? 何も教えないことの方が、あの小娘にとっては、不憫なことだと思うがね」

「事情も何もよく知らんお前が、しゃしゃり出るようなことではない」

 姿の見えない者に言った。

「カラトの昔のことを聞いてしまえば、あの子は責任を感じるだろうと分かっていた。だから、儂は敢えて何も言わなかった。それを、お前は……」

「小娘が、そう言ったのか?」

「あの子は、そういうことは言わん」

 再び、笑い声。

「おい鉄血、耄碌したようだな」

「何?」

「他人の心情を推測でどうこう言うようになったとはな」

 確かに、昔の自分ではなかったことかもしれない。


「おいダーク、カラトが死んだぞ」

「……のようだな」

 予想よりも、あっさりとした返答だった。

「カラトとは、戦っていないのだろう? お前の目的ではなかったのか?」

「さあな」

 ボルドーは、段々腹が立ってきた。

「ダーク、何を考えている? お前は何がしたいのだ?」

「俺は、俺のやりたいようにやるさ。今までも、これからもな」

「おい」

「じゃあな、鉄血」

「ダーク!」

 すでに気配は消えていた。











 翌日。

 相変わらず、ボルドーは椅子に座っていた。


 昼頃か、宿の入り口の方から、少し騒がしさが聞こえる。しばらくして、大きな音をたてた足音が近づいてきた。

 ボルドーがいる部屋の扉が、勢いよく開け放たれる。

「何やってるんだ、くそじじい」

 その言葉と同時に顔を見せたのは、見知った顔だった。

「グレイ……」

 眉間に皺を寄せたグレイが近づいてくる。

「何やってるんだって聞いてんだよ」

「何とは?」

「こっちに来る途中の山道で、ペイル君と会った。だいたいの経緯は聞いた。本当は、すぐにシエラを追いかけたかったんだけど、その前に偏屈じじいに説教しなきゃいけないと思ってね」

 椅子に座ったボルドーの横まで来る。

「何でシエラを追わない? 食い下がってでも止めるべきでしょう? そして、それができないなら、力を貸してあげるべきでしょうが」

「あの子が自分から言い出したのだ。何故儂がそんなことしなければならない?」

「本気で言ってるの?」

「当たり前だ」

 グレイは、溜息を吐く。


「なんか意地になってない?」

「意地だと?」


「シエラが、自分に逆らったのが、そんなに頭にきた?」


 それを聞いた時、ボルドーは、はっとした。

 そうか……。


 シエラが自分の意見に反発することなど、初めて会った時期以来だ。

 自分は、自分が行かないと言えば、シエラもそれに従ってくれると思っていたのではないだろうか。

 それが思い通りにいかなくて、自分は、無意識にいじけていたのだ。

 成る程、意地か……。


 ボルドーは、思わず苦笑をした。グレイが、不思議そうな顔をして覗き込んでくる。

「耄碌どころか、儂もまだまだ青いということか」

「ボルドーさん?」

「すまなかったグレイ。手間をかけたな」


 ボルドーは、立ち上がった。

「行こうか」






 ウエットから南に進む。国境の山脈まで、あと少しという所まで来ていた。

「そうそう、折角調べたのに、言うのを忘れてた。これを伝えるために追いかけてきたのに」

 そう言うと、グレイは少し表情を締める。

「カラトの事件のことだけど」

 そう前置く。

「犯人が分かったかもしれない」

「わしもだ」

 ボルドーが言うと、グレイは目を丸くした。

「先に、お前の話を聞こうか」

 グレイが頷いて話し始める。


「まず、三年前に動いた軍か部隊がなかったか改めて調べてみたの。軍には今も伝手があるし、調べることは簡単だったわ。例え、隠密のような部隊でも、動けば物資も一緒に動くはず。そう思って、そっち方面を調べてみたけど、何もなかった。当然、絶対というわけではないけど。で、今度は市場の物資を調べることにしたの。もしかしたら、正規軍からなんの援助も受けてない部隊だったんじゃないかと思ってね。そうしたら、百人ぐらいの集団が、都の近辺から西に向いて移動している痕跡が見つかったの」

「三年前のことを、よく見つけられたものだ」

「本当運良く偶然が重なってね」

 話を先へ促す。

「正規の部隊でもなく、百人規模の集団ってことになると、かなり限られてくる。調べると、あることが分かったの。戦で重傷を負った人や、重病でまともに動くことのできないような人間を集めてた人がいたって。集められていたのが、大体百人。その集めてた人というのが」


「シー」


 二人が同時に言った。グレイは、再び目を丸くする。

「やはり、儂の考えと同じだな」

「ボルドーさんは、どうして分かったの」

「ドライの町で、見知らぬ男に襲われてな。その男が、息が絶えると同時に死体が消えて無くなったのだ」

「無くなった?」

「ああ。体が耐えきれなくなるほどの心気が原因だろう。あんなものは、自力で出すことなど不可能だ。そしてわしは、それを見て三年前のあの雨の日のことを思い出した」

 間を置く。

「カラトが追っ手と戦ったと考えられる場所。あの場所に、死体がなかったのは、誰かが運んだのではなく、消えて無くなっていたのだ。そういう考えに行き着いたとき、わしは昔、シーとの間でした話を思い出した」

「話とかしてたんだ」

「人工的に強力な心気を発動させる研究。シーは、それを行おうとしていた。それにより作られた者が、ドライでわしを襲い、三年前にカラト達を襲ったのだろうと推測できる」

「何のために?」

「どちらかの、或いは両方の王子の指示があったと考えるのが妥当だろうが」

「そんなことで、カラトを殺せる? あのシーがだよ?」

「余人には分からない思いがあったのかもしれん……ただ、確かにわしも始めは信じられなかったのは事実だ」

 グレイは、考えるように唸った。


「ドライの町でボルドーさん達を襲ったのも、王子の命令?」

「おそらく、そこは少し違う気がする。ドライで襲ってきた男は、殆ど意識がなかった。あいつは、体の心気が尽きて死にかけておったのだ。そして、ある程度の心気を持ったわしを、無意識に攻撃してきたのだと思う」

「何で?」

「推測ばかりですまんが、おそらく心気に対する渇望みたいなものがあったのだと思う。何か、心気を吸い取ってしまうような、仕組みがあったのかもしれないが。わし達が北に行くまで、辺りを彷徨いていたようだから、誰かの指示などではなく、指揮下から外れてしまっていた者なのだと思うのだ」

「それも変なことだねえ」

「ああ。そして、思ったことがもう一つ。昨今スクレイ全土で現れているという、突然変異の獣。あれも、シーの心気実験の動物なのだろうと、わしは思った」

 グレイは、驚く表情をする。

「あれも、あの子の仕業だっていうの? 何でそんなことを……」

「意図は分からん。ただ思い返してみると、狼獣と戦った時も、わしを狙ってきたのだろう。シエラを狙っているわけではなかったのだ。奴らも、一定以上の量の心気に引きつけられる傾向があったと考えられるのだ」


 グレイは、片手を額につけた。

「……ほんと、もう訳が分かったのか分からないのか、分からないわ。何言ってんのか自分でも分からないし……」

「シーが人を集めていることを掴んだのだろう。場所は分からなかったのか?」

「シーが実験に使ってたっていう都の近くにあった施設は分かった。行ってみたんだけど、もう随分前に人がいなくなってるみたいだった。建物中ぼろぼろで、何か情報になりそうな物はなかったわ」

「そうか」

 再び黙る。


「それにしても、まさかシーだとは思わなかったよ私は。一番最初に、容疑者から外していたからね」

「ああ……」

 しばらく歩く。

「ここで別れようか」

「え?」

「グレイは、このまま南に行ってくれ。そうだな……オリーブのグラシアの所へ行って、力を貸してくれるか聞いてくれ。あいつの情報網があったほうが、シエラを見つけることが早いからな」

「ボルドーさんは、どこへ行くのよ?」

 ボルドーは、顔を東に向けた。

「わしは、東に行く。今後、どうなるかは分からないが……もしものことになった場合、その時の為には、行っておかなければならない所があるのだ……」

 グレイは、ボルドーを見つめている。


「……分かった。任せといて」

「すまんな」

「いいってことよ。なるべく早く戻ってきてよね」

「ああ」

 グレイは片手を上げると、軽い足取りで歩いていった。


 それを見送ってから、ボルドーは東を向いた。

 五年ぶりか……。


 それほど、久しぶりというほどではないかもしれない。しかし、ボルドーにとっては、重い時間の量だった。



 今は、どうなっているのだろうか。











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