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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトと十傑
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月明かりの下だった

 月明かりの下だった。



 シエラは、池の縁に腰を下ろしていた。

 少し離れた所に、ダークが座っている。

 もう、どれぐらい時間が経ったのだろうか。

 ダークから、昔の話を聞いた。その後、今度はお前だ、と言われた。少し考えたが、シエラは知っていることを殆ど話してしまった。多分、この人は大丈夫だろうという気がするのだが。


「……なるほどな」

 ダークが呟いた。

 シエラは、再びカラトのことを考える。

「ダークさん達と別れた後、カラトはドライに来た。そして、王の血縁である私を擁立することで、王族達から実権を取り返そうと考えた」

 ダークの視線だけが、こちらを向く。

「そういうことなのですね」

 今更、改めて言うことでもないが、自分の中で整理をして吹っ切ろうと思ったのか。シエラは言っていた。

 そして、王族達からの刺客に追われたということか。協定というものの違反になるのだろうが、カラトの方も、体制に干渉しようとしたということになる。この場合、どうなるのだろうか。

 そして……。

 シエラは、あの雨の日の記憶を思い出す。昔に比べて、思い出すことが苦にならなくなっている。


「そう思うか」

 ふいにダークが言った。

「え?」

「まあ、そう思うのが当然か」

 ダークは、こちらを見ずに言っている。

「あいつは、王庫に入ったことがない。つまり、王家に関することで得られる情報は、フォーンの奴が伝えてきた事柄だけのはずだ」

 何を言おうとしているのか分からない。

「その中に、擁立した王、国外に逃げた王族の他に血縁がいる、などというものはなかった」

 シエラは黙って聞いていた。

「そして、軍が解散した後に、あいつが中央から何か情報を得ることなど、できるはずがない」

 一呼吸。

「分からんか?」

 ダークがこちらを向く。 

「あいつは、何も知らなかったんだ。ただ目の前で襲われている子供に出会して、思わず助けただけだ。しばらく戦いたくないと言っていた、あいつがだ」

 再び、一呼吸。

「それが、どういう意味か」

 ダークが言う。


 シエラは、しばらく思考が動かなかった。知らなかった?

「でも……じゃあ、どうして」

「南に戻ったことか? 誰が、どういう理由で襲っているのか知らなかったのだから、当然どちらに逃げれば正しいのかも分からない。知り合いも多い、スクレイ国内に逃げることは、そんなに不思議なことでもないと思うがな」

 シエラは、話を半ば聞いてはいなかった。そういうことを聞きたかったのではないような気がする。では、何を聞きたいのか。

「まあ、道中でお前の正体に気付いたのだろうが」

 ダークが言った。

「気付いてから、あいつがどうしようとしていたかは分からんがな」

「それから、擁立しようと」

「どうかな」

 ダークは、少し口角を上げる

「あいつが一人で、そんな器用なことをできるとは思えんな」

 シエラは、放心している自分に気付いた。

 つまり、政略の道具として自分を利用しようとしてはいなかったということなのか。


「でも……でも、だったらどうして命を危険に晒すようなことを? 思わず助けた人間を、そこまで守ろうとする?」

「俺の予想だが」

 と前置き。

「あいつは、嬉かったんだ。ああいうことになって、もう戦いたくはないと思っていても、目の前で誰かが危なくなっている所に遭遇をする。本能的に、助けに入れた自分が、嬉しかったのだろうよ」

 だから、と。


「だから、あいつにとって、お前は大事だったんだ。命を懸けるほどに」

 その言葉に、シエラの心に、カラトとの旅の記憶が一気に蘇った。


 ああ、そうか。そうなんだ。


 何を、疑うことがあったのだ。


 あの人は、そういう人なのだ。


 シエラは、頬をつたう自分の涙に気が付いた。

「カラト……」

 どうしようもなく、息苦しい気持ちになり、シエラは膝を抱えた。

 疑ったことを詫びたい。助けてくれたことの感謝を伝えたい。

 首飾りを握る。


 だが、それらが、もうできないのかもしれない。

 そう考えると、胸が痛い。


 どうしようもなく痛かった。
















 朝日が昇ろうとしていた。


 さすがに、ペイルは焦ってきていた。

 シエラが、まだ戻ってきていないのだ。ボルドーに何度言っても、反応が鈍い。


 探しに行こうと思った時に、遠くの林から、こちらに向かって歩いてくる小さな人影が見えた。

 シエラだ。ペイルは、胸をなで下ろす。

 しばらく、その人影を見ていて、ペイルは不思議な感覚に襲われた。

 あれは、本当にシエラだろうか?

 何か、感じる雰囲気がシエラとは違うような気がしたが、五十歩ほどの距離まで来て、間違いなくシエラであることが分かった。

 ただ、やはり何か雰囲気が違う気がする。

 ボルドーが、建物から出てきた。

 二人で、立って待った。シエラが、真っ直ぐに近づいてくる。

 さすがに、ボルドーが叱るのかと思ったが、何も言わない。

 シエラは、二人の五歩前で立ち止まった。


「おじいさん」

 シエラが言った。一瞬、本当にシエラが言ったのか分からなかった。いつもとは違い、力強さのある声だった。

「私は、南に行きます」

 その声を続ける。

「スクレイに戻ります」

 そう言った。

 ボルドーは、少し目を見開くが、すぐに元の表情に戻った。

「戻ってどうする?」

「王になります」


 絶句。

 ペイルは、自分の耳を疑った。何を言っているのだ。

 ボルドーは無表情だった。

「自分が、何を言っているのか分かっているのか?」

「分かっているつもりです」

「……何故、そう考えた?」

「私が、私ならできるかもしれないことなら、目指すべきだと思ったからです」

「できるかもしれないこと?」

「国の変革」

 ペイルには、訳が分からなかった。


「何があった?」

 低い声で、ボルドーは話している。

「昔のことを知りました」

 沈黙。

「カラトの為か?」

「カラトのことが、まったく関係がないと言えば嘘になります。でも、これは私の為です。もしもこのままスクレイから離れて、どこかでひっそりと暮らすことになったら、一生心に蟠りを抱えたまま生きていかなければならないと思うのです。私には、それが耐えられません」

「……そうか」

 言うとボルドーは、あった段差に腰掛けた。腕を組んで、少し俯く。


「では、ここでお別れだな」

「はい」

「え?」

 ペイルは、思わず声が出てしまう。

 シエラは、深々と頭を下げる。

「おじいさん……いえ、ボルドー様。今まで本当にありがとうございました。他人である私を三年、育ててもらえたご恩は、一生忘れません」

 ゆっくりと、頭を上げる。

 ボルドーは、俯いたままだった。

「どうか、ご自愛ください。ボルドー様が、末永くご健勝であられることが、私の願いです」


 少しの間ボルドーを見つめていたシエラは、振り返ると、南の方向に歩き始めた。

 ボルドーは、座ったままだ。

「シエラちゃん!」

 シエラは、まったく反応せず歩いていく。

「ボルドーさん!」

 ボルドーも、反応せず俯いて座ったままだった。

「どうしたんですか!? ボルドーさん。どうして、止めないんですか!?」

 ペイルは振り返る。

「シエラちゃん!」


 すでにその背中は、小さくなっていた。











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