半年が過ぎた
半年が過ぎた。
クロス軍の本体を撃破した後、十人はそれぞれ部隊を率いて、スクレイ国内に入ってきている、クロス軍、ユーザ軍を各個撃破するため散開した。
全体の命令はカラトが行い、十の部隊は、時には合流したり、連携したり、また分かれたりとしながらの戦いが続いた。
そして、半年が過ぎたのだった。
すでにユーザ軍は全面撤退をしているようだが、クロス軍は、北の一帯にしぶとく点在している。
国境の拠点が生きているから、全体が崩れることがないようだ。
そんな中、カラトからの召集命令が届いた。
場所は、北の国境のすぐ南。久しぶりに、十人が全員揃うようだ。
ダークは、すぐに向かうことにした。
途上に、動き回っているスクレイの部隊をいくつも見かける。スクレイは、この半年で息を吹き返したようになっていた。
今までどこにいたのか、商人達が活発に動き、物流が復活していた。
都では、前線でのカラトの活躍もあり、フォーンの発言力がかなり増しているようだ。さっそく、集めた協力者達を、要職に置いていってるらしい。各地の施政も機能し始めている。
もうここまできたら、戯れ言でもなんでもないだろう。二人の目標は、もう目と鼻の先だ。
大したものだと、思わざるをえなかった。
数日後、ダークはカラトの陣に到着した。
幕舎の外に、カラトが立っているのが見えた。
「ご苦労様」
そう言った。
やがて十人が揃い、幕舎で軍議が開かれた。
「皆、ご苦労様。お疲れの所悪いけど、もう一戦してもらいたい。もう言わなくても分かると思うけど、国境のクロス軍を倒そうと思う。あそこを落とさないと、北の戦線の目処が立たないんだ」
カラトが言う。
「でも、たしか二万足らずでしょ、クロス軍は。勢いも全然違うし、そんなに気を付けるほどの相手でもないと思うけど」
グレイが言うと、カラトは少し間を置いた。
「クロス五気聖って知ってる人いる?」
ふいにカラトが言った。
「ああ、あの御伽話に出てくる登場人物だろ。ちょっとだけ聞いたことがあるぜ。たしか、心気を編み出した最初の人だとかなんとか」
コバルトが言う。
「それが、どうかしたの?」
「来てるんだって」
「え?」
「そのクロス五気聖が、北の国境に入ったって情報が入ってね」
場の空気が、少し止まる。
「何それ?」
「笑う所か?」
「御伽話の人でしょう、生きてるわけないじゃん」
「勝手に名乗っているだけでしょう」
「代々継承している名なのかもしれませんよ」
口々に、発言が出る。
カラトは少し口元を緩めた。
「まあ、一応心の隅に置いといてっていう話だ。じゃあ、攻撃の作戦を話し合おうか」
攻城戦になった。
クロス軍は、早々に国境の城塞で籠城を始めた。
半日ほど、兵力での力押しを続けていたが、どうにも進展しそうな兆しがなかった。
いつものカラトなら、無駄な犠牲を嫌って、我先にと城塞に攻めそうなものだが、今回は動いていない。
カラトの指示で、十人も後方で軍指揮をしている状態だった。
業を煮やした何人かが、カラトの所へ行っているのが見えたので、ダークも向かうことにした。
カラトは、また椅子を持ってきて座っていた。城塞の方を向きながら、腕を組んでいるのも、いつも通りだ。
ダークは、しばらく黙って立っていた。
「何か変なんだよな」
カラトが、ぼそりと言う。
「何がだ?」
「敵の籠城」
言われて、ダークは城塞に目を向けた。実は、ダークも何か違和感を感じていたが、それが何か分からなかったのだ。
「俺たちが、今まで戦ってきた方法を、向こうも知らないはずはないんだよな」
一端、言葉を区切る。
「なのに、何の対策もしていないように見える。優れた心気を持った者が少数なら、簡単に城内に入れそうなんだ」
もう一度の、間。
「誘っているのかもしれない。入ってこいって……」
カラトは言った。
「クロス五気聖とかいう奴がか?」
「もしかしたらね」
「とはいえ、考えていても仕方がないと思うがな。このままじゃ、いつまで経っても終わりが見えないぞ」
ダークが言うと、考える仕草をする。
「ま、その通りかな……」
言うと、立ち上がった。
「八人を呼んでくれ」
カラトは、近くの兵に言った。
攻城の指揮はフーカーズに任せ、後の九人が城内に侵入する手筈になった。
城塞の一面が、軍では攻めようもない断崖になっている。九人は、そこをよじ登っていった。
盾を頭上に構えたカラトが最初に城壁の上にたどり着いていた。次に着いたダークは、そこの光景を異様に感じた。
誰もいないのだ。いくら兵が攻めにくい方だからといっても、誰もいないのはおかしい。カラトが言っていたように、そういう場所を敢えて選ぶ戦いを、カラト一派はこれまでしてきたのだ。それを相手が知らないはずはない。
遠くに見える城壁の上では、小さく人が見えた。戦闘の気配がある。
全員が登り終える。
「じゃあ、予定通りに三人ずつの三組に分かれよう。俺の組は、敵の本営を狙う。ダークの組は南門を内側から攻撃、ボルドーさんの組は、西の門に向かってくれ」
言うと、一同を見渡した。
「それじゃあ、行こうか」
城壁を降り、建物の間を駆けていた。
「気味がわりいな」
後ろを駆けているコバルトが言った。同じく後ろを駆けているグレイに言ったようだ。
「ほんと、明らかに不自然よね」
「あんたなら、どう考える?」
「罠」
「どんな罠?」
「うーん、それが思いつかないんだよね」
その時、先頭を駆けていたダークは、目の端に不思議な物をとらえた。
思わず走行を止める。
「うあ、何だよ?」
後ろで、コバルトが言う。
「ふぁ、ふぁ、ようやく来おったか」
声がした。
驚くように、二人も視線を上げる。
建物と建物の間隔が十歩ほどの路地だった。大体二階の高さぐらいだろうか、白髪で猫背の老人が、座るような格好でそこにいた。
「何、あれ」
「宙に浮いている?」
「ほう、これは話に聞いた白髪の小僧か。おもしろい、噂通りの実力がどうか見てやるとするかな」
そう言うと、老人は皺だらけの顔を、さらにしわくちゃにしていた。




