北を向いていた
北を向いていた。
カラトは、腕を組んで簡易の椅子に腰を下ろして、じっとしている。ダークは、その横で立っていた。
スクレイ軍の陣中である。今、スクレイ軍の中で一番北に位置しているのが、この軍だ。つまり、クロス軍が南下してきた場合にぶつかる位置にいるのだ。
その陣の中の、小高くなっている場所に、カラトは椅子を運んで座っていた。もう数時間は経つだろうか。
国境にいたクロス軍の本体が南下を始めたという情報が入った。
そろそろ、どういう迎撃の仕方をするか、決めなくてはならないだろう。しかし、カラトはいつまで経っても動かなかった。
さすがに、兵達も動揺を隠せなくなってきている。
勧誘で回った連中は、一人も来ていない。
「おい、どうするんだ?」
ダークが言っても、カラトは無言だった。
しばらくして、伝令が駆けてくる。
「クロス軍が、半日の所まで来ているとのことです」
言われて、カラトは目を瞑った。
「うーん」
「おい、誰も来なくても戦うのか?」
「そりゃね、そうだね。仕方がないよね」
とぼけた言い方だ。
「勝算はあるのか?」
「難しい戦いになることは間違いない。守りながらの持久戦しかないと考えている」
「逃げ場がなくなる戦いになるんだったら、俺は御免だぞ。俺が去り時だと判断した場合、すぐに約束だけ果たして貰う。いいな?」
ダークが言うと、カラトがこちらを見る。
「冷たいなあ」
「当たり前だ」
カラトは、ぎこちない笑いを作っていた。
ダークは、そのカラトの反応に少なからず驚いた。本気で、不味い状況なのか。
「将軍」
いつの間にか近くにいた兵が言った。
「将軍に会いたいと言っている者が来ているのですが……」
「えっ!」
カラトが、勢いよく立ち上がる。
今いる場所から百歩ほど先の所に、立っている七人の姿が見えた。
間違いなく、勧誘をした七人だった。全員、装備がばらばらだ。スクレイ軍の、統一した軍装の中だけに、よく目立つとダークは思った。
感慨深そうな顔をして、カラトはそこに近づく。
「みんな、ありがとう」
まず、そう言った。
全員が、カラトを見た。
「え? 戦いはこれからでしょう」
グレイが言った。腰に、剣の柄が二つ見える。二刀使いなのだろうか。
「まあそうだけど、嬉しくてね」
「あの……」
不愉快そうな顔をしたグラシアが、少し手を挙げた。背中に少し大きい弓を担いでいるのが見える。
「もしかして、あんたが言っていた強力な仲間って、こいつらのこと?」
「そうですよ」
「本気か? 全然頼りになりそうに見えないんだけど」
言いながら、他の人間を見渡す。
「まず、あんた。何だ? その格好」
言われたスカーレットは、少し首を傾げた。
他の人間は、色はばらばらながら、全員くすんだ色の軍装をしている。それに対しスカーレットは、全身銀色の特に目立つ軽装の鎧を着ていた。以前見た服装の上から着けた様な、見たことのない鎧だった。
「私の格好、どこかおかしいですか? これは、代々我が家に伝わる由緒正しき甲冑なのですが」
「戦を舐めてるっていうことが、すぐに分かるわ。そんな派手なだけの装備。どこの貴族よ?」
「私は、スカーレットと申します。以後、お見知り置きを」
会話が成り立っていないからか、グラシアが眉をしかめて目線を変えた。
「それから、あいつは戦う気があるのか?」
言われたのは、デルフトだった。一人だけ、軍装をしていない。服こそ着替えてはいるが、無精髭もそのままだった。
「デルフトさん。装備はこちらで用意しましょう」
カラトが言うと、デルフトは微かに頷いた。
「髭も剃りますか?」
「いや……」
呟くように言った。
無視をされた格好のグラシアは、息を吐く。
「とにかく、私はてっきりスクレイ軍の有名な将軍とかが、ずらっと揃っているのを想像してたわけ。こんな、どこの仮装集団か分からないような奴らに命を預ける気はないわ」
「がたがた五月蠅いな、姉ちゃん」
言ったのは、コバルトだ。背中に、長い柄の武器を背負っている。始めは槍かと思ったが、刃が付いてない。どうやら、鉄の棒のようだ。
「眉間に皺を寄せちゃあ、せっかくの美人が台無しだぜ」
「あのねえ、これは死活問題なのよ。いろいろ気にしたくなるのも当然でしょう」
「一回、戦をすれば、実力なんてもんは嫌というほど分かるさ」
「そういうことです」
カラトが言った。
「不満を言うのは、一度戦ってみてからでも遅くないはずです。もしも、あたな方の期待に添えないような隊だと思われるのなら、その時はすぐに軍を離れて貰っても構いません」
「相変わらず、大した自信だね」
グラシアが言うと、カラトは笑った。
「この九人が揃った。俺は、これが歴史の一つの大転機になると思う。おそらく現時点で、この九人こそスクレイで最強の部隊だからだ」
その後、九人は本営の幕舎へと移動した。
そこでカラトは、クロス軍迎撃の作戦を説明する。勧誘した者が、来た場合に考えていた作戦のようだ。
何人かは、少し顔色を変えていた。
「本気なの?」
グレイが言う。
「当然」
「馬鹿なのか?」
コバルトの言。
カラトは微笑んだ。
「何か、今の内に言っておきたいことがあるなら言っておいて下さい」
「いや、だから……」
「自分が指揮をする部隊を選抜してもいいでしょうか?」
フーカーズが、初めて発言をした。軍装は、以前会ったときと同じだ。
「いいですけど、二時間ぐらいしか時間がないのですが……」
「十分です」
フーカーズが言い切る。
「さっそく、始めたいのですが」
「では、どうぞ。ここにいる兵達は、好きに編成してもらっても構いませんので」
一礼して、フーカーズは幕舎を出て行った。
「ボルドーさんは、何か意見はありませんか?」
カラトが言うと、全員の視線がボルドーに集まった。
「えっ? ボルドーって……」
「あの鉄血のボルドー?」
ボルドーは、目立たない位置に立って腕を組み、少し俯いて目を閉じている。集まった時から、そうしていた。
装備は、前に見た時と同じだ。背中には、あの偃月刀が見える。
「まあ」
声を上げたのは、スカーレットだった。ボルドーに近づいて行く。
「貴方が、かの有名なボルドー将軍でしたか。知らなかったとはいえ、挨拶が遅れました。私はスカーレットと申します。お会いできて、光栄ですわ」
ボルドーは、何も反応をしない。
「ちょっと待てよ、確かボルドーっていやあ、スクレイを裏切ったんじゃなかったっけ?」
コバルトが言った。
「私も、それは聞いた」
グレイが続く。
「それは誤報です。正確ではありません」
カラトが言う。
「誤報って」
「裏切ったのではなく……」
「言わなくていい」
ボルドーが、言葉を挟んだ。
「お前の好きにすればいいだろう。俺は、それに従うさ」
そう言うと、幕舎を出て行った。
「なんだありゃ?」
コバルトが言うと、カラトは苦笑いをした。
「すいません皆さん、それじゃあ各々準備をお願いします」
「カラト将軍」
幕舎の外から、声がかかった。
「将軍に会いたいという人が、また来たのですが」
「えっ?」
「まだ勧誘した奴がいたのか?」
ダークが聞いた。
「いや……七人だけのはずだけど……」
本当に心当たりがないようだ。
「ここに通して」
「分かりました」
兵が遠ざかっていく気配があった。
しばらくして、幕舎に人が入ってくる。
黒い長い髪が、まず目に入った。若い女だった。
「久しぶり……」
女が言う。
カラトの顔を見ると、今まで見たことがないような、驚いた顔をしていた。
「私も、戦いたい」
女が言った。
しばらく沈黙。
それからカラトが、息を吐いた。
「来ちゃったんだ」
「うん」
「そうか……」
一つ、間を置いた。
「君には、できればあそこに残っていてほしかったよ、シー」




