表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨が降っていた  作者: D太郎
カラトと十傑
42/103

山で育った

 山で育った。



 十八年だった。


 スクレイの北にある、山脈の中。そこに、ある武術の達人がいた。

 男は、さらに自分を磨く修行のために、残りの人生を一人で山に籠もると決め、山に入った。

 しかし、予想外のことが一つ起こった。

 山中で、捨てられた赤子を見つけたのだ。

 男は、何の気まぐれか、赤子を育てることにした。

 男は、赤子にダークという名をつけたらしい。


 それが、自分だという。ここまでは、あくまでも聞いた話だ。その時から、髪は白かったようだ。

 ダークは、物心がついたころには、男の身の回りの世話を主な仕事としていた。たまに武術の稽古をしたが、男は、その時は容赦がなかった。

 あまり、その男にいい印象はない。

 武術を何のために使うんだと質問したことがある。一人で極めるのが、真の武術だと男は言った。

 ダークには、それが理解できなかった。


 歳が十をいくつか越えた辺りから、男に黙って山を降りて、近くの村に行くようになった。何もかもが新鮮だった。そこで、いろいろな世俗を知ることになる。

 暇を見つけては、書物を読むようになったのも、このころだ。世情知らずになりたくなかったし、歴史や兵法を知るのは面白かった。


 ダークが十七歳の時に、男が病にかかった。もう助かりそうもない重病だった。

 男はダークに、このまま山に籠もり、武芸を磨く修行を継いでくれと言った。しかし、ダークにはその気がなかった。

 そもそもダーク自身、十五のころには、男よりも強くなったと自覚している。男は知らないだろう。


 やがて、男は死んだ。

 ダークは翌日、山を下りた。

 せっかく鍛えた武術の腕を、何にも使わず終わらせる気はなかった。

 そのころ、戦争が起こっていることを知った。

 丁度いいと思った。自分の力を見せつけるには、絶好の機会だ。ダークには自信があった。自分に勝てる人間など、そうはいないだろう。何より、一度誰かと本気で戦ってみたい。


 特に考えもなくスクレイの軍に入った。かなりの劣勢のようだったが、そちらの方が自分に活躍の場が回ってくるだろうと思った。

 しかし、予想以上に軍は酷かった。それに、どいつもこいつも弱そうだった。

 この軍にいても、まともに戦える場が巡ってくるとは思えない。

 ダークは、目標を変えた。有名な達人を狙おうと思った。そちらの方が手っ取り早い。戦時中などとは、自分には関係がない。


 ただ、ある男に出会うことにより、予定が変わる。











 ダークとカラト、そして兵達は、二日かけて何とか味方の防衛戦に辿り着くことができた。

 カラトは、連れていた兵達を、さっさとその場の指揮官に渡していた。勝手に部隊を指揮したことは、不問になったようだが、なんとも勿体ないような気がする。

「そのまま、使えばよかっただろう」

 ダークが言うと、カラトは何事もないかのような顔をした。

「個々で散発的に戦っても、あまり意味がないからね。やるなら、準備をして一斉にだ」

 よく意味が分からない。

 ダークは、二日前から思っていたことを言おうと思った。

「何だかんだと言っているが、お前は、将軍でも何でもないんだろ。一兵士に過ぎないだろうが。戦略を語ったところで虚しいだけだぞ」

 言うと、カラトは笑う。

「まあ一応、当てはあるんだけどね」

「当て?」

「その内、存分に働いてもらうよ」


 もう一つ、言いたいことがあった。

「おい」

「ん?」

「協力はしてやるが、見返りはもらうぞ」

 カラトが、こちらを見る。

「あ、そうだね。ごめん、聞いてなかった。何がほしい? といっても、用意できるものも限度があるんだけど……」

「お前と戦いたい」

 ダークは言った。

「かなり使えるのが一目で分かった。今まで見てきた中でも一番だ。貴様となら、いい勝負ができそうだ」

 言うと、カラトは口元を綻ばせた。

「いいよ。ただし、全部が終わった後でだ。それなら、心おきなくやりあえるしね」

「いいだろう、忘れるなよ」

 随分と軽い調子の男だ。何故、こんな男が高い能力を持っているのか不思議だった。

「じゃあダーク、会わせたい人がいるから、着いてきてよ」

 さっきの指揮官が、お前達は、どこそこの部隊に入れとか言っていたような気がするが、この男はまったく聞く気がないようだ。


 カラトに連れられて、防衛戦の拠点になっている町に入った。

 兵士の姿ばかりが目に入る。行き交う人間は、皆忙しそうに動き回っている。至る所には、何かの荷物が積みあがっていた。

 その荷物の前で、何人かに、大声で指示を出している男がいた。

 茶色の短い髪に、男にしては白い肌をしている。どう見ても軍人には見えなかった。

 男がこちらに気づく。

「カラトさん」

 男が軽く手を挙げると、カラトも手を挙げて、男に近づいた。

「紹介するよ、彼はダーク。俺の新しい仲間だ」

 カラトは、振り返る。

「で、彼はフォーン。実質、今この防衛戦の物資を取り仕切っているのは彼だ」

「ほう」

 ダークはもう一度、男を見た。

「じゃあ、お偉いさんってことだ」

「いえ、そんなことはありませんよ。私も、つい最近まで、中央で小さな仕事を任されていた、一役人に過ぎません」

「そんな人間が、随分な大役だな」

「元々の担当者が、殉職なされたり、棄権したりしましたからね。その後、志願者がいなかったようですから、私が手をあげたのです」

「貧乏くじだと、誰もが思ってるだろうからな」

 フォーンは笑う。

「確かに、その通りです」

「どうして受けたんだ?」

「それは勿論、カラトさんのお手伝いをするためですよ」

「手伝い?」

 ダークはカラトを見た。カラトは、軽く笑っている。

「フォーンさん。あんたは、この男の仲間なのか?」

「そうですよ」

「この男の、とんでもない夢想は知った上でか?」

「もちろん。それを目指す協力をするために、この仕事を志願したのですから」

 フォーンは、当然のように話した。

「呆れたな……」

「あなたは違うのですか?」

「俺は、こいつと戦いたいから、しばらく同行してやるだけだ。本気で戦争に勝てるとは思っていない」

「成る程……」

 フォーンは、カラトを見た。カラトは肩を竦めるような仕草をした。

 微妙に、癇に障る。


「それで、フォーン。何人ぐらい集まりそう?」

 カラトが言う。

「だいたい三十人といったところですかね。ですが、形勢が動き始めたら、この三倍は期待してもいいと思います」

「十分だな」

「何の話だ?」

 溜まらず、ダークは聞いた。

「フォーンを中心に、役人の中から、俺に協力してくれる内政官を集めているんだ。そういう人達なしでは、戦争なんかできないだろ? 俺は、そっちの分野には疎いし」

 役人と聞いて、はて、と思う。

「役人に協力を求めたら、結局、元通りになってしまうんじゃないのか? お前は、国の機構を変えたいんだろ?」

「だから、変革志向の人達を集めるのさ。昨今の国の状態を招いたのは、確かに役人も責任の一端はあるけど、役人の中には、現状を憂いて、変えたいと思っている人もいる。そういう人達にフォーンが声をかけてもらっているんだよ」

「ほう……役人といえば腐ったような奴しかいないと思っていたが、中には、気概がある奴もいるということか」

「まあ、耳が痛いですけどね。同じ役人なのだから、言い逃れする気はありません」

 言うとフォーンは、少し小声になる。

「それで、例の件のことですけど」

 カラトが、フォーンの近くに寄っていった。

「ここで話してもいいですか?」

「構わないよ。ダークは大丈夫。俺の直感がそう言ってるしね」

 苦笑してから、フォーンは話し始めた。

「調べたところ、あまり認知されてない血縁者が一人、まだ国内にいるみたいです。問題は、証拠が揃っているかどうかなんですけど」

「王宮を調べるしかないな」

「どうにか、やってみます」

 カラトが頷いた。

「何の話だ、と聞いていいのかな?」

 ダークが言うと、カラトが振り返る。

「王族の血縁者を探しているんだよ」

「王族?」

 カラトは頷いた。

「今、スクレイには王がいない。後継の候補達も、取り巻きと一緒に、いち早く逃げ出したから、王家の血を持つ者は、今スクレイには一人もいないとされている。そのせいで、今のスクレイの内情は、政治も軍もまとまりがなく、それぞれが勝手に動いている状況だ。俺たちが実権を持ち、国中を纏めるためには、その中心となる権威が必要になると思っている。それで、遠縁でも王族の血を持った人を擁立しようと考えたんだ」

「傀儡にしようということだな」

「まあ、悪く言うと、そういうことになるな」

 悪いとは思わなかった。むしろ、今まででの話の中では一番現実的で、分かりやすい話だ。

「そして、部隊を得て、カラトさんは前線でやりたいように戦ってもらうということです。カラトさんが活躍してもらえれば、発言権が増しますから、私も内政で、強力な後ろ盾ができます」

「フォーンには、いつか宰相になってもらわないといけないからね」

「カラトさんは、元帥でしたね」

 言うと、二人は笑った。

 とんでもない話をしているというのに、随分、緊張感がない男達だ。まあ、自分も言えた義理ではないが。


「よし、じゃあさっそく、仲間探しといこうか。前にも言った通り、心気の達人を集めないと」

「そんな達人、そうそういるわけがないと言ったのは、お前だろう。そもそも、そんな人間がいれば、とっくに軍に勧誘されてると思うが」

 ダークは、思わず口にした。

「国が堕落していると、いい人材を登用できなくなる。いる所にはいるんだ。俺は、民間の中で目をつけているのが三、四人はいる」

「ほう」

「ダークは、これはという人は思い当たらないかい?」

 ダークは、腕を組んだ。

 そういうところは注意深く見てきたつもりだった。

「俺が興味をそそられたのは、まずタスカンの鉄血だな。スクレイの有力な将軍の中では唯一の生き残りだ」

「鉄血のボルドー将軍だね。その人は、俺も考えていた。会いに行こうと思ってたところだ」

「それから、前線ではない部隊の下級将校だが、なかなかの男を見たことがある。確か、名は……フーカーズだったかな。どうして、こんな男が、こんな所にいるのかと思ったな」

「へえ、その人は知らないな。分かった、調べておくよ」

 その後、少し人材の話を続けた。


「それじゃあ、予定通り、タスカンに向かうことにするよ」

 カラトが言うと、フォーンは頷いた。

「じゃあ、行こうか」

「分かっているのか?」

「何が?」

 この男は……。どこまで本気なんだと思う。

「こことタスカンの間には、すでに敵軍が、結構入ってきている。会いに行くと言っても、簡単にはいかないぞ」


 それに、とダークは言葉を続けた。

「あそこは今、いろいろと、ややこしいことになっている」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ