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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
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町を見回した

 町を見回した。



 廃墟と呼ぶに相応しい有様だった。

 元々の形を、そのまま残している建物は、一つもない。植物に埋まっている建物や、崩れて瓦礫になっている所もある。人の姿は、もちろんなかった。

 ここが、目指していたドライの町である。

 シエラの心中は穏やかではないだろう、とボルドーは考えていた。

 町に入ると、シエラはまず、立ち止まり動かなくなった。少ししてから、辺りを見回すようになった。

「間違いないな?」

 ボルドーが言うと、シエラは一つ頷いた。

 この町が、どういう経緯で、こうなったかは分からない。シエラの件と絡んでいる可能性はあるのか。考えても分からなかった。

 ただ、気になっていることはある。

「シエラ、お前はどこに住んでいた? 案内をしてほしいのだが」

 ボルドーが言うと、シエラは少し考えて、ゆっくりと歩き出した。

 表情は、ずっと暗い。

 ボルドーとペイルは、それに着いて歩いた。

「ここに住んでいた人たちは、どうしたんでしょうか?」

 ペイルが、辺りを見回しながら言った。

「さあな」


 やがて、古ぼけた小屋のような建物の前にたどり着いた。壁は土で固められていて、屋根も簡易だ。よく、形が残っていたものだ。他の建物と同様、人が住んでいた形跡などは、まったくない。

「ここか?」

 先ほどと同じように、シエラは頷いた。そして小屋を、じっと見つめている。

 周りの建物と比べても、極端に小さかった。町の中でも、少し性質が違う気がする。

「シエラ、聞いていいか?」

 言うと、シエラがゆっくりとこちらを見た。

「気になっていたのだが、聞きそびれていたことだ。サーモンという人は、お前の祖母ではないのだな?」

「はい」

「何故分かる?」

「サーモンが、そう言っていたからです」

「お前は、その人のことをサーモンと呼んでいたのか? 厳しい人だったのだろう? 改めされそうだが」

「サーモンが、そう呼べと言っていたので」

「何故?」

「……分かりません」

「両親が、すでに亡くなっているということも、サーモン氏が言ったのだな?」

「はい」

「では、サーモン氏はお前とどういう関係になるのだ? 何故、シエラを養っていた?」

「詳しくは……分かりません」

「サーモン氏は、昔からドライに住んでいたのか?」

「分かりません。ただ……今考えると、町の人たちは、私達にどこか余所余所しかったこともあった気が……します」

「あと、一つ。辛いかもしれんが、思い出してほしい。サーモン氏は自分に、もしものことがあった時に、何かしろとは言わなかったのか?」

 少し返答に時間が掛かる。

「……分かりません」

「何かサーモン氏が大事にしていた物などはなかったか? 家の中で、絶対に触れてはならないと言われていた物などは?」

 シエラは、首を振った。

「そうか、ありがとう」

 ボルドーは、小屋を見た。

「シエラ、この家を少し捜索したい。荒らしてしまうことになるが、構わんか?」

 シエラが、こちらを見る。

「……構わないことはないよな。だが、必要なことなのだ、頼む」


 実はボルドーには、誰にも言っていない、推測が一つあった。

 それは、三年前シエラに話を聞いた直後に考えたことだった。

 突拍子のない考えだったが、まずシエラの髪の色。これを見て、十数年前に、都で囁かれてはすぐに消えた、ある噂話を思い出した。金色の髪は、特別珍しいものではない。しかし、ある考えに結びついた。

 そして、それは、カラトの不可思議な行動も、辻褄が合うのである。

 ボルドーは、それを確かめるために、ここを目指していたのだった。






 何を思ったか、ボルドーは、シエラの家の中に入ると、残った天井や床、壁を剥がし始めた。

 物を探すと言ったが、何を探そうと思えば、ここまでする必要があるのかとペイルは思った。

「あの、ボルドーさん。いったい何を探しているんですか?」

「何かないかを探している」

 いつもの、煙に巻いたような言い方だった。

「手伝いたいのですが」

「では、何か見つけたら、教えてくれ」

 そう言った。

 まともに使えそうな家具などは、一つも残っていなかった。思い出の物などなにもないだろう。シエラの心中を察っすると、心が痛んだ。

 ペイルには、すでに両親はいない。軍を退役した後、久しぶりに郷里に戻ったことがあった。家は他人の手に渡り、記憶に残る物は何もなかった。あの喪失感を思い出す。


「シエラ、サーモン氏の墓は近くにあるのか?」

 一通り調べ終えた、ボルドーが言った。

「町の共同墓地に入れてもらいました。残っていれば、町の少し外れにあると思います」

「何か、物を一緒に埋葬したのか?」

「特に、何も……」

「そうか……」

 すると今度は、どこからか持ってきた材木で、剥がした床の下の土を掘り始める。

「何をしているんですか?」

「家の近くの、地面を掘ってくれ」

 そう言われた。

 仕方なく、落ちていた石で、適当に場所を決めて掘り始めた。

 宝物でも埋まっているというのか。


 結局、数時間作業を続けた。四つ目の穴を掘っていると、石に何か固い物が当たった。

 地面に埋まった岩だと思ったが、すぐに違うと分かる。

 周りの土を掘って、取り出した。

 人の頭、一つ分ぐらいの大きさで、黒い色だが、木の箱に見える。表面は滑らかで、高い技術を使って加工されていることが、ペイルにも分かった。

 二本の紐を使って、縛られている。

「ボルドーさん」

 呼ぶと、すぐにやってきた。

 箱を受け取ると、いろんな角度から観察していた。やがて、箱を地面に置くと、紐を解きはじめた。

 ペイルは黙って、見守っていた。

 箱を開く。中には、数枚の紙と、また一つ小さい箱が入っていた。大きさは、拳一つほどで、一目で高価な物だと分かるような細工が施されている。

 ボルドーは、紙を一枚取り出して広げた。こちらも、質のいい紙だと分かった。

 ペイルは、ボルドーの背後に回り、肩越しに紙を見た。

 大量に文字が並んでいる。何が書かれているのか分からなかった。

 ペイルは、簡単な文字なら読めるが、どうやらこれは、人の名前のようだ。名前は、何かと難しい文字を使うので分からない。

「なんですか? これは」

「系図だ」

「系図?」

 ボルドーは、他の紙を簡単に見た後、今度は小箱を取り出した。

 ゆっくりと開けると、中には、形の整った石のような物が入っていた。

 するとボルドーは、深く息を吐くと、中身に触れず小箱を閉じた。

「何だったんですか?」

 何も言わず、側で立っていたシエラを見た。

「この箱を、見たことはあったか?」

 シエラは、首を振った。

 ボルドーは、もう一度深く息を吐いた。


 そして、口を開いた。



「シエラ、お前は王族だ」
















 ドライには、朽ちかけた家屋ばかりだったが、しっかりと形を残している大きい目の建物があった。中に入ってすぐに、天井が高い、広い部屋があり、長椅子が多く並べられている。おそらく、集会場か何かだったのだろう。天井に開いた穴からは、日の光が射し込んでいる。

 ボルドーは、その奥にある段差に一人で座っていた。


 シエラが王族だということは、やはり推測通りだった。

 確信に至ったのは、あの小箱の中身だ。見たことがある石だった。おそらく、王家の印形の一つだろう。


 スクレイの正式な前王、バーント王には三人の息子がいたが、いずれも若くして病にかかり命を落とした。

 それによって、正式な跡継ぎがいなくなり、現在の中央の混乱に繋がることになる。権力闘争をしている二人の王子は、どちらも支流だ。

 しかし、実はもう一人、子息がいるという噂が、一部で流れたことがあった。

 それが、シエラの可能性が高い。

 バーント王を含め、王家の血が流れる者の大半は、金の髪色をしているのだ。


 しかし、表舞台に出てくることがなく、スクレイから離れたのは何故なのだろうか。

 考えられることは、いくつかあるが、やはり注目するべきは、王家の系図だ。あれは、おそらく王家の倉に入る数枚の系図の一つだろう。シエラの名前が直接的に入っていたわけではないが、入るとしたら、ここだろうという所は、空白になっていた。明らかに不自然な空白だった。

 つまり、入る予定があったが、急遽断念することになったのか。


 バーント王となら、何度か会ったことがある。性格はある程度知っているつもりだ。何があったかは分からないが、人の道に外れた行動はしない人のはずである。

 とは言え、国家権力中枢の中では、人の道など何の力もないのかもしれないが……。


 サーモンという人は後宮仕えの侍女だったのだろうと想像できる。

 王家の品を持ち出したのは、いつか、もしものことがあった場合、身分を証明できるようにと渡されたのか。もしくは、サーモンが勝手に持ち出したのか。

 おそらく、前者だろうと考える。

 そして、サーモンは誰にも見つからないようにと、それを地中に隠したのだろう。いつか、取り出そうと考えて。

 結局、シエラに伝えることができなかったわけだが。


 やがて、スクレイでは中央で二人の王子の権力闘争が始まる。王庫を調べた二人は驚いたのだろう。

 本流の人間が生きている可能性があると知ったからだ。隣国では、男子にしか王位の継承権はないというが、スクレイでは、女子にも継承権がある。

 そこで二人は、一時争いを止めて、その人間を秘密裏に消そうと画策した。そして、ドライを突き止めて、シエラを襲ったのだ。

 しかし、その企みはカラトによって阻まれることとなる。

 そういう経緯だったのだろう。

 これで、ローズの町で、ドーブが言っていたこととも辻褄が合う。


 しかし、分からないことが、まだいくつもある。

 特に分からないことが、シエラの抹殺を確認できていないはずなのに、何故、二人の王子は手を引いたのか。引いていなかったにしても、どう考えても、本腰を入れなくなったと思われる。

 もしかすると……相手が、カラトであると始めは知らなかったのではないか。後に知り、協定のことを思いだして、慌てて手を引いたのではないか……。

 それならば、ある程度の筋は通るか……。しかし、やはり釈然とはしないか。

 そして、カラトの動機だが……。

 諦めていなかったということか……。

 少し、哀れみに似た感情が湧いてくる。ただ、自分が誰かを哀れむなど、滑稽なことこの上ないのだが。

 そして、王族の話をした後、シエラに、そのボルドーの考えるカラトの動機を話した。王族の話をした時も、顔色が変わっていたが、その時も明らかに表情が変わっていた。

 話さなかった方が良かったのかもしれない……。


 ふと、入り口から入ってくる光が減ったことに気がついた。目を向けると、何かが光を遮っていた。

 誰かが立っている。

 ペイルかと思ったが、すぐに違うと分かった。ペイルよりも、体が大きい。それより、特徴的な頭で分かる。逆光で頭頂の丸みが分かった。

 頭が禿げているようだ。

 それで、すぐにウエットでの話を思い出した。

 声をかけよう思い、立ち上がろうとすると、次の瞬間、その陰が大きくなった。

 すぐ目の前に来ていた。

 違う光が見えた。刃物だ。

 ボルドーは、咄嗟に上体を落として、一撃目を避けた。

 相手は刃物を持っていない手で、ボルドーの首もとを掴んでくる。

 押し込まれた。

 男の腕を掴んだ。心気を出して、踏ん張ったが力負けする。

 男を見た。ボルドーは目を疑った。

 男の心気が、異常な溢れ出しかたをしていた。

 背中に衝撃がきた。






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