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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
33/103

山に雲が掛かっていた

 山に雲が掛かっていた。



 あの山の頂上に行くと、何があるのだろうと、シエラは思った。


 翌日、商人達の大半は出発していった。

 あっという間に、宿泊所の一階が閑散とした。


 やることがなかったので、宿泊所の前で、シエラはペイルと立ち合いをしていた。

 途中から、ボルドーも見ている。

 セピアは、就寝は一緒だったが、朝早くどこかへ行っていた。


「大きい声じゃ言えませんけど、酷い親父さんだと思いますよ、俺は」

 打ち合いながら、ペイルが言った。

「いくら将軍だからって、奥さんと娘をほったらかしにするなんて」

 ボルドーは腕を組んで黙っている。

「六年前か……」

 そう呟いた。


 昨夜は、セピアから昔の話を聞いた。

 父親からは、謝ってほしいわけでも、真意を聞きたいわけでも、迎えてほしいわけでもない、とセピアは言っていた。

 ただ、会っておかなければならないと思ったらしい。


 自分たちに、できることはないかと聞いたが、セピアは首を振った。

「これは私自身の問題だ。だけど、聞いてくれてありがとう。少しだけ、楽になった気がするよ」

 そう言って、力なく笑っていた。


「私が、ここまで来れたのは皆さんのおかげです。本当にありがとうござざいます。その、ただ今の私には大した御礼もできませんので、いつか必ず」

「大袈裟な。同道だと言っただろう。つまり、お互い様だ。お前の為だけではない」

 ボルドーが笑って言うと、セピアも少し微笑んだ。


「あの、これからどうされるのですか?」

「そうだな。国境に沿って東にでも向かおうかな」

「いつ出発なさるのですか?」

「まだ決めていない」

「では、明日は私がウッドを案内しましょう」

「いいのか? 勝手に歩き回って。軍事要塞だぜ?」

 ペイルが言う。

「カーマインさんの許可はもらっています。ある程度なら構わないと」

「本当かよ。実は、興味があったんだよな」

 そういう会話があった。


「あの、ボルドーさん」

「何だ?」

「出発は、セピアがどうなるか、見届けてからにしませんか……?」

 ペイルが言うと、ボルドーがおもしろそうに、口角を上げた。

「なんだ、やはり気になるか」

「あ、いや、ええと……ほら、やっぱり結果が分からないと、気になって寝付きが悪くなるかもしれないじゃないですか」

「心配しなくとも、元より、見届けるつもりだ」

「あ、そうなんですか」

 立ち会いが止まった。


 セピアが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。






 城壁に上って、四人は歩いていた。

 昨日は分からなかったが、本塔と呼ばれている建物から、さらにずっと奥まで、城壁は続いていた。

 上からみれば、おそらくだいたい正方形の形をした城壁があり、その真ん中に本塔があるようだ。


「そういえば、ボルドーさんって、ルモグラフ将軍と面識はあるんですか?」

 ペイルが言った。

「面識というほどではないが、顔は見たことがある。随分昔の話だ」

「ボルドーさんほどの人なら、向こうは絶対知っているでしょう」

「どうかな」

「会ったりはしないんですか」

「必要でしたら、私からカーマインさんに話を通してもらいますが?」

 先頭を歩いていたセピアが、振り向いて言う。

「ボルドー殿だと分かれば、断るようなことはないでしょう」

「いい、いい」

 ボルドーが、手を前で振った。


 やがて、城壁の一番北側に着いた。

 細い道が、山の方に続いているのが見える。


 しばらく辺りを見回していると、その道の先から、土煙が上がっているのが見えた。

 やがて、騎馬の集団が見えてくる。三十騎ほどだろうか。

 その集団が、下を通っていくのを見送った。

 集団の、ほぼ真ん中に、赤っぽい髪の色をした、体格の大きな男がいた。軍装も特徴的だったので、あれがセピアの父親、ルモグラフ将軍なのだろう。

 セピアを見ると、複雑そうな表情をしていた。


「何だ? 馬で山を登れるのか?」

 ペイルが言う。

「途中までは、行けるのですよ。厩舎も小さいのが一つ山の麓にあって。そこからは、徒歩ですが」

「へえ」


 その後、ウッドを一通り見て回り、再び宿泊所に戻った。

 ボルドーは、もう少し見たい所があると言って、どこかへ行った。

 セピアも、いつの間にかいない。

「なんか久しぶりに、ゆっくりできちまうな。思い詰めててもしょうがない。俺は昼寝でもしようかなあ」

 欠伸しながら、ペイルが宿泊所に入っていった。


 夕方になっても、セピアの姿が見えなかったので、気になってシエラは、探すことにした。

 兵士達に、何度か呼び止められながら、歩き回っていると、西の城壁の上で外を向いて佇んでいるセピアの姿を見つけた。

 ちょっと考えたが、近づくことにした。

 遠くに夕焼けが見える。


「昔ここで、よく夕日を眺めていたのを思い出していたんだ」

 ふいにセピアが言った。

「何も変わらないな、ここは」

 シエラは、黙ってセピアの横に並んで立った。


 父親と言われても、シエラには何の印象もないと思った。父親だけではなく、母親もそうだ。

 それに近いであろう人を考えると、まず浮かんでくるのは、サーモンやカラト、ボルドーである。

 ただ、やはり親とは違うのだろう。

 黙って、二人で夕焼けを眺めていた。


「親父に会わんのか?」

 突然声がして、振り向くとボルドーがいた。

 セピアは、少し俯いた。

「……覚悟をして来たつもりでしたが……いざ、目の前にすると、どうも踏ん切りがつかないようです。本当に、自分が情けない」

 そう言った。


 しばらくしてから、こちらに向かってカーマインが歩いて来るのが見えた。

 カーマインは、皆に一礼した後、セピアの前に立った。

 緊張した顔をしている。


「セピア様。その、将軍からの言伝です。明日の正午に、練兵場に来るようにと」

 言われた瞬間、セピアの体が硬直した。

 少ししてから、ゆっくりと息を吐いた。

「そうですか……分かりました」

「では、私は」と言って、カーマインは去っていった。


 二人が、セピアに注目する。

「明日か……」

 小さく呟いた。











 セピアは歩いていた。

 ウッドの西側の建物、その隣に練兵場の一つがある。

 共は、カーマインだけである。

 手配がされているのか、人の気配が周辺にはなかった。


 セピアは緊張をしていると自覚していた。

 練兵場に呼ばれたということは、間違いなく、立ち会いをやろうというのだろう。それは、想定していたことのはずだった。

 しかし、心のどこかで、父親が謝ってくれるのではと考えていたのだろうか。昨日、カーマインに言伝を聞かされた時、思いも寄らない驚きが、体を支配した。

 そんなことを望んでいないなど、よくも言えたものだ。


 柵に囲まれた、広場にたどり着いた。中は見えない。

「それでは、私はここで」

 カーマインが言った。

 セピアは頷く。

「あの……セピア様」

 セピアは、カーマインを見る。

「い、いえ。何でもありません。それでは」

 そう言って、カーマインは歩いていった。

 何だろうとは思いながらも、セピアは気持ちを切り替えようと思った。


 シエラ達は、宿泊所だろう。

 驕りではなく、自分がどうなるか、気になって残っていたのだろうと思う。

 それは、気持ち的にありがたいことは事実だった。

 父との面会が終われば、そのままシエラ達の旅に、再び同道を願い出ることもできる。

 きっと、受け入れてくれるだろうと思う。


 深呼吸をしてから、セピアは、ゆっくりと柵の中に入った。

 すぐに目に入る。

 二十歩ほどの距離で、向こうを向いて立っている、大きな背中。

 セピアは、昔、義理の兄達が父と立ち会っていた光景を思い出した。

 あの時は、自分には遠い場所だと思っていた。

 ここは、その場所なのか。

 そして、赤い髪の後頭部が見える。

 兄弟の中で、自分だけが父と同じ髪の色だった。

 小さい頃は、それがうれしかったんだ。

 セピアは、何も言わず、広場の入り口の所で立ったままだった。

 ルモグラフも、全く動かない。


 少しの間だったのか、長い時間だったのか、そのままの状態が続いた。

 やがて、ルモグラフがゆっくりと振り向く。

 顎に、刈り揃えられた髭があるのは昔のままだ。歳は、五十に近いはずだが、衰えた様子はまったくない。

 目が合った。威圧されるような迫力も、昔のままだと思った。何年ぶりなのだろうか。


 その目の視線が、少し下がった。セピアの、手を確認したようだ。

 セピアは、いつもの棒を持ってきていた。

 ルモグラフも、剣の長さの調練用の棒を持っていた。それを少し上げた。

 そして、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 何も言わず、気だけを放っていた。


 このまま、やろうということなのだろうか。

 セピアは、微妙な怒りを覚えた。

 分かっていたとはいえ、いくらなんでも一言もないとは。


 負けたくなかった気持ちを思いだしていた。



 セピアは、棒を構えた。






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