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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
30/103

燭台の灯りを頼りに進んだ

 燭台の灯りを頼りに進んだ。



 思ったよりも、あっさりと事が運んだ。


 初老の男が食堂から出て行って、少ししてから二人で、厠に行きたいと、モウブに告げた。

 あっさりと許可がおり、初めて見る女性の使用人が、案内役を指示されていた。

 食堂を出てから、場所をある程度聞きながら進み、女性の使用人に、あとは自分達で行けると言うと、すんなりと引き下がっていった。

 それにも首を傾げたくなったが、二人はすぐに動いた。


 離れすぎるのは、まずいと考えたので、二人は、ある程度の距離を維持したまま、初老の男の姿を探した。

 すぐに、ある通路の途中で、台車を押している男を見つけた。

 ゆっくりと歩いている。おそらく、台車に乗っているのは食事だろう。

 後ろなどにも、気を配りながら、慎重に後をつけた。


 ある通路の角を、男が曲がった。

 二人は、慎重に角から顔を覗かせた。

 幅の広い通路が、三十歩ほどの距離まで続いていて、左手の壁には扉が続いている。右手の壁には、透明な硝子が等間隔にはめ込まれているようだ。突き当たりに大きめの扉があり、その手前で男が三人いる。

 何やら話している声が聞こえるが、内容は分からない。

 シエラは、驚いた。

 一人は、初老の男だが、あとの二人は見知った顔だったからだ。

 セピアも、小さく声を漏らしていた。

 初老の男が、扉の中に入っていくと、セピアが通路に飛び出していった。

 シエラも後に続く。

 向こうも、こちらに気付いたようで、目を見開いて、口を開けた。


「ええっ」

「何をしている、こんな所で」

 セピアが、二人の前で立ち止まって言う。

「お前等、何してんだ?」

 男の一人、ペイルが言った。

「それは、こっちの台詞だ」

 ペイルは、ずっと驚いた顔をしているが、隣のコバルトは、少し笑みを浮かべていた。

「へえ、こりゃまた、随分とめかし込んじゃって」

 コバルトが言うと、セピアの表情が厳しくなる。

「どういうつもりかと聞いている!」

「どうって……」

 ペイルは、不安そうな顔で、コバルトを見た。

 コバルトは、笑みを浮かべたまま、考えるような仕草をしている。

「まさか、お前達、ここの主人の手下に成り下がったのか。ここの主人が何をしているのかわかっているのか!?」

 二人とも、変わらない表情で黙っている。

「その扉の先には何があるのだ?」

 セピアが言うと、ペイルが焦って、扉の前に立った。

「待て待て、ここは駄目だ」

「何故だ」

「そ、それは……」

 再び、ペイルはコバルトを見た。

 セピアは、二人を睨みつける。

「お前達、やはり片棒を担いでいるのか! 見損なったぞ! いろいろあったが、肝心な所は、筋が通っている男だと思っていたのに」

「いやいや、待てって。落ち着け」

「話しにならない」

 セピアは、背中に隠していた、仕込み剣を引っ張り出した。

「おい、止めろって」

「いいぜ、相手になってやるよ」

 コバルトが言った。

「コバルト」

 ペイルが、驚いて言う。

「おめえらとは、一度やってみたいと思ってたんだよね。それにな……」

 コバルトが、持っていた棒を前に出す。

「男には、絶対に引けない時があるんだよ!」

 高らかと言い切った。

「ああ、くそ! しょうがねえ」

 ペイルも、棒を構える。

 シエラも、仕込み剣を取り出した。


「シエラ、すまないが、あちらを相手してくれないか」

 セピアは、コバルトの方を指さして言う。

「私とシエラでは、シエラの方が実力は上だ。向こうは、あちらの方が上だろう。こちらは、すぐに終わらせて加勢に行くから、それまで耐えていてくれ」

「おい、聞き捨てならねえぞ」

 ペイルが言った。

「俺だって、ずっと鍛えてんだよ。そう簡単にいかせてたまるか」

「ふん。私に負けて、べそをかいていたのに、よく言う」

「かいてねえよっ!」

 二人の打ち合いが始まった。


 シエラも剣を構えて、相手を見た。

 コバルトが、悠然と立っている。

「殺す気で掛かってこいよ、嬢ちゃん。でないと俺が、勢い余って嬢ちゃんを殺しかねないぜ」

 言って、にやりと笑う。

 相変わらず、得体が知れない。

 しかし、試してみたい相手でもあった。強いだろうが、手も足も出ないほどではないはずだ。

 シエラは、飛び込んだ。






 コバルトは、一歩、片足を前に出し、少し上体を低くして構えた。

 そして、長い腕と棒を巧みに利用して、シエラの攻撃を悉くはねのけた。

 右、左と、工夫しているつもりだが、まったく効果がない。

 何十合か、打ったあと、一旦下がった。

 コバルトは、元いた場所から、まったく動いていない。


「どうしたよ? もう終わりか?」

 コバルトは、まだ笑みを浮かべている。

 強い。想像していたよりも遙かに強い。

 シエラは、ボルドーとの稽古が、頭を過ぎった。

 それぐらいの力の差がある。


「来ないんなら、こっちから行くぜ。……集中しろよ」

 コバルトが、一歩踏み出す。

 と思った瞬間、もう近くにいた。

 シエラは、横に飛んだ。

 しかし、コバルトが目の前にいたままだった。

 なぎ払いが来る。

 シエラは、咄嗟に剣で受けたが、体が吹き飛ばされる。

 壁に、横からぶつかる。

 痛みが体を走ったが、すぐに、コバルトの方を見た。

 すぐ目の前に、黒点が飛んできていた。

 必死にかわす。

 棒の勢いが余っている。壁に刺さるかと思ったが、壁と接する直前で、方向転換して、こちらに向かってきた。

 咄嗟に、先端を片手で掴んだ。

 セピアとの戦いが、頭を過ぎる。これなら、棒を封じたのではと思ったが、視界が下に動いた。

 片手で、持ち上げられた。コバルトが、下に見える。手を離す機会を失った。今離せば、空中に放り出されて、格好の的だ。

 シエラは、横の壁を蹴りながら手を離した。しかし、それも読んでいたのか、コバルトが棒を振りかぶる。

 空中で、棒撃を受け止めた。

 一気に、視界が飛んでいく。

 床に、ぶつかり転がった。

 痛い……。

 ……。


 シエラは、顔を上げた。

 扉から、二十歩ほどの距離に自分がいる。

 コバルトは、ゆっくりと、こちらに歩いてきていた。

 体を起こさないと……。

 体が、思うように動かない。全身が痛い。

 コバルトの顔は、もう笑っていない。

 シエラは、恐怖が湧いてきた。

 自分は、コバルトは自分を殺す気など本当はないと思っていたのだろうか。先ほどの発言は冗談だと思っていた。

 しかし、今、あの男には殺気があった。

 冗談などではないのか。


 シエラは、力を振り絞り、ようやく立ち上がった。

 足下が覚束ない。落ちていた剣を拾い正面に構えるが、腕の力が頼りない。

 コバルトが、近づくにつれて、シエラも後退りする。


 不意に、コバルトの口から息が漏れた。

「なさけねえ」

 頭に血が上るのを感じた。

 シエラは飛び込んだ。

 コバルト目がけて、渾身の力で剣を振るう。

 コバルトが、少し笑って、棒を構えていた。

 突如、コバルトが、顔を左に向けた。

 何かが、音と同時にコバルトにぶつかった。

 コバルトが、完全に体勢を崩している。

 シエラの攻撃が、そのままコバルトの頬に直撃した。

 シエラは勢い余って、コバルトを飛び越えて、床に落ちた。

 振り返って、コバルトを見る。


 コバルトは仰向けに倒れていた。全く動かない。辺りには、硝子片が散乱しているのに気が付いた。

 落ちていた棒を見ると、矢らしき物が刺さっている。

 ……何があった?


 さっきの音は、硝子が割れる音だったような気がする。

 外に視線を移しても、真っ暗で何も見えない。遠くの方に、街の灯りらしき光りが、ぽつぽつと見えるだけだ。

 少しして、シエラは気が付いた。

 剣で切った。

 殺してしまった……。

 しかし、剣を見ると、血が付いていない。コバルトを見ても、斬痕らしきものはなかった。顔の半分に痣があるだけだ。

 夢中だったので、剣の側面で叩いていたのが気が付かなかったということなのか。


 シエラは、振り向いて、扉の方を見た。

 扉が壊されて、奥の方に倒れている。二人の姿は見えない。


 シエラは、そちらに向かった。






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