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雨が降っていた  作者: D太郎
カラトとシエラ
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懐かしい道だった

 懐かしい道だった。



 舗装され、馬車の轍がついた土の道が遠くまで続いている。

 両側には、遠くに、名前も知らない山々が連なっている。

 日の高さからいって、今は正午すぎか。

 グレイは、その道をのんびりと歩いていた。


 グレイは、この道の先にあるラベンダー村の、ボルドーを訪ねようと思っていた。


 一週間前に、連絡をくれ、というボルドーからの伝言を、共通の知り合いから聞き、ちょうど近くの町にいたので、どうせなら直接会っていこうと考えたのだ。

 しかし、いろんな場所をウロウロしている自分に、手紙を届かすのは難しいとしても、人伝いの伝言とは……。

 もしかしたら、何年も前に出した伝言がようやく自分に届いた、という可能性もある。そうなれば、もう用事は終わっているかもしれない。まぁ、伝言で出すぐらいだ。大した用事でもないのだろう。

 それでも、久しぶりに会うのに調度良かった。たしか、五年ぶりだ。


 道の脇に、ちらほら家や畑など、人の営みが見え始める。もう、ラベンダー村に入ったのだろう。五年前と換わっていなければボルドーの家は、たしか少し高台にある古い家だ。グレイは一直線にボルドーの家に向かった。

 村外の人間で、しかも女ということで珍しいのだろう。見かける村民がチラチラこちらを見てくる。

 うーん、田舎だなあ。


 記憶どおりの場所に家があった。レンガ造りの家で、外壁に苔が結構ついている。

 グレイが戸を叩こうと思うと、家の裏から、木を叩くような音が聞こえる。

 おそらく薪を割る音だろう。ボルドーは裏にいるのか。

 グレイは家の裏に回った。やはり薪の割る音だった。

 しかし、薪を割っているのはボルドーではなかった。

 薄金色の髪が背中まで届いていて、それを後ろで縛っている。

 後ろ姿しか見えないが、たぶん若い、女の子だ。

 ボルドーに、血縁がいないのは聞いたことがあるので、別の人に家が移ったのか。

 そんなことを考えていると、女の子が、ゆっくりと振り返った。

 その動きだけでグレイは、その女の子が、ある程度の武術の心得があることが分かった。

 歳は、十代の中ごろあたりか。

 しかし容姿は、かわいいというより美人、といった方がいいかもしれない。

 表情は、どこか哀しさが滲み出ているように、グレイには見えた。

 薄い、透き通るような碧い瞳をしている。

 その瞳がグレイに向いた。


「あっ、ええと……、この家ってボルドーって人が住んでなかった?」

「住んでいます」

 子供の愛嬌も何もない。冷めた話し方だ。

「えと、じゃあ君は?」

「私は、ボルドーおじいさんの孫です」


 え?

 あれっ?

 孫ですと!!??


「おう、グレイ。来ていたのか」

 後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 振り返ると、家の窓からボルドーのじじいが顔を出していた。

「あー……、えーと、聞きたいことがいろいろありすぎるんだけど……」

 白い髭を蓄えたボルドーの片方の口角が少し上がった。






「シエラ。ちょっと外してくれないか」

「……じゃあ、私は畑に行ってきます」

「ああ、任せたよ」

 家の中に案内されたら、早々に、シエラという子は出て行った。

「まぁ、座ってくれ。グレイ」

 ボルドーに勧められて、グレイは椅子に腰掛ける。

 家の中を簡単に見回すと、食器など、二人分の生活が見えるものが所々にあった。

「知らなかったよ。ボルドーさんに、お孫さんがいたなんて」

「グレイ。今、何をやっているんだ?」

「ん?今?ああ、相変わらず」

「そうか……」

 そう言って黙るボルドー。


「ちなみに、何のようだったの?私が連絡を受け取ったのは一週間前だったんだけど、いつごろ出した連絡だったの?」

「ああ、一ヶ月ぐらい前だな」

「ふーん、じゃあ結構早く届いたんだね。で、何のよう?」

「……」

「?」

 難しい顔をして再び黙るボルドー。


 何か様子がおかしい……。


「グレイ。これから言う話を、覚悟を持って聞いてほしい」

 ボルドーは、姿勢を正して真っ直ぐにグレイを見つめた。

 思わずグレイも姿勢が伸びた。昔から、ボルドーの真剣な話をするときの動作だ。

 軽い気持ちで来たのに。まいったな……。


「まず、ワシは三年間、誰と連絡を取ればいいのか、なかなか判断がつかなかった。一応全ての人間を疑ったほうがいいと思ったからだ。しかし、三年間何もなかったので、軍や政府とは関係がなく、本人の性格もある程度知っている者と連絡を取ることにしたのだ」

「は……?」

「カラトと最後に会ったのはいつだ?グレイ」

「カラト?あー、えっと、四年前かな。オレンジの町で。……そこで別れたっきり。カラトがどうかしたの?」

「三年前。雨の日に、びしょ濡れになった女の子が一人、突然この家を訪ねてきた。さっきの女の子、シエラだ。シエラは、カラトを助けてほしいと、ワシに言ってきた」

 そこで、少しボルドーは間を置く。


「……彼女の話を聞く限り、カラトは死んだ可能性が高い」


 ……?

 グレイは一瞬真っ白になる。

 その後、グレイはおもわず笑ってしまう。

「え?いやいや、なんの冗談?ボルドーさん。あのカラトが、どうやったら死ぬっていうの?そんな話聞いたこともないし」

「当然、ワシもそう思った。だがシエラが、カラトが大事にしていた首飾りを持っていたということで本当じゃないかと思うようになった」

「持っていたの……?あの首飾りを?本物?」

「おそらく」

 いつのまにか自分が、身を乗り出しているのにグレイは気がついた。

「始めから順番に話していこう……」

 改めてボルドーが姿勢を正した。


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